第3話 異変
おじさんと、おばちゃんが見送りに来てくれるというので、一緒に車のところまで戻ってきたのだけど……。
車のエンジンがかからない。
バッテリーが上がっているわけでもないし
セルが回らないわけでもない。
けれどエンジンがかからない。
そんなに古い車というわけでもなくて、
今までそんなことは一度もなかったのに……。
ここにきて急に不安に襲われる。
視線を感じて、ハッと前方の高楼の方で人影をみた気がした。
一瞬だったので勘違いかもしれないけど。
おじさんにそれを話すと。
「もう危険じゃから、このままココにおるより、車は諦めて逃げる方がええかもしれん」という。
「山越えの道を案内するけん。早よう逃げんしゃい」
っと、一緒に逃げるのを手伝ってくれるという。
ボクは覚悟を決めて妹と歩きで山越えをする覚悟を決めた。
まだ陽射しは中天を過ぎた頃で、日暮れまではまだ余裕がある。
山越えの道は、森に陽射しが遮られ、山から染み出た水で濡れていて、
森から緩く吹く風が湧き水に冷やされ、涼やかで心地よく感じる。
ただ山の森は深く、道から逸れれば薄暗く、迷い込めば方角さえも見失うような怖さを感じる。
道沿い山林は、以前はちゃんと手入れされていたのか、木々の間隔も開いていて視界は悪くないけど、ところどころ未整備の山は、広葉樹や草が無造作に生え、とても人が歩けるような状態には見えない。
道から絶対に逸れないように気を付けないと「遭難」という言葉が脳裏をよぎる。
村の中心部は山を越えた向こう側にある。
そこからさらに山を越えてゆくと街の方へ帰れる。
まずは、このあたり一帯の中心となる下の村を目指すことになった。
はじめは普通に平和な道のりだった。
ここの上の村は、そもそも標高500~800m付近の高い位置にあって。
山頂や峰も近いので、山を登る道はそんないキツくなく、早々に峠を越えられた。
空気が変わったのは峠を越えてからだった。
後ろから迫る、表現しがたい不安感が迫ってくる感じがするようになり。
まだ空も辺りも明るいのに、暗く重苦しい空気を感じるようになった。
中の村までは、あとは下る道だけという事だけど、ボクは早く進みたい気持ちに駆られる。
「おちつきんしゃい。焦って道からそれたら、断崖絶壁から転落もある危険な山道じゃけん。気を付けて進まにゃいけんよ」と、おじさんいう。
少し行くと、見晴らしの良い場所に出る。
100m近くある絶壁沿いのカーブ。
確かにおじさんの言う通り危険で落ちたら命はない。
更に行くと、中の村への道が、大きな倒木でふさがれていた。
直径70cmはあろうかという巨木が3本、折れるでもなく、根元から倒されていた。
そんな偶然がある?
何かとてつもない力でなぎ倒されたかのようにしか見えない。
しかしまわりには何者の姿も見当たらない。
静かな山がそこにあるだけなのがかえって不気味さを増してくれる。
おじさんは、なんとか倒木を超えて行ける場所をさがして、ボクらを手を引いてくれる。
下り道の途中で、カラカラという石が転げ落ちる音を聞いて、とっさに避けると落石があり、頭くらいの大きさの石が落ちてきた。
普段道沿いなんかで見かける小さい落石も、実際に落ちてくるのを目にして、自分の身に迫ると考えると、とても脅威に感じる。
この山は、確かに何者かの意志が働いているとしか思えないくらいに、不審な事が続く。
むかし事故が起きたというのも、こういう事なのだろうと理解する。
山の神でもいて、怒っているとかそういう事なのかな……。
でもボクらが何をしたっていうんだ……
「あともうすこしじゃけん。この道を下ってゆけば、すぐに村にたどり着くけん」
「村までつけば車を出してくれる者もおるじゃろう」とっておじさんは言ってくれる。
道なりに進んでゆく。
道の左手側は谷になっていて、何十mか下には渓流が流れているようで。
広葉樹が生い茂り、視界を遮っている。
落ちたら上がってくるのは困難に思えた。
木々の枝と葉のトンネルを抜けて、濡れた下り坂を歩いてゆく。
背後から迫りくる、不安感を伴った気配は、なおも強く感じる。
なんだかずっと何かに視られているような感じだ。
薄暗い森の木々の合間から、時折ちらちらと何かが視界に映るそれは――
“青暗い無貌の何か”
ボクにしか見えていないようだけど、そいつはボクに殺気のような悪意を向けてくる。
しばらく行くと、そいつは、おじさんの姿形をしてボクらの前へ姿を現した。
これは、おじさんにも見えたらしい。
青い影をしたおじさんは、崖の方へと歩いてゆき、崖の下へ姿を消した。
それを見て何かを察したおじさんは、歩いていた崖側から山側へ走り寄って木にしがみついた。
直後、おじさんの体が見えない何かに引っ張られるように足から宙に浮いて引っ張られる。
崖下へ引きずり込もうとする力が働いているようだった。
おじさんがしばらく耐えていると、その力は収まったようで。
あたりは何事もないように静まり返った。
今までボクだけに向けられていた悪意が、おじさんにも向けられるようになったみたいで、
おじさんは「急ごうか」と声をかけてくる。
かなり山を下りてきて、急峻な峠道から、なだらかな傾斜が見えてくる。
その先は再び見通しの良い植林地に戻っている。
その手前に、青い影は再び僕たちの前に立ちはだかった。
そして強力な殺意のようなものを浴びせられ、胸が締め付けられるかのように苦しくなる。
「ぐっ……」と胸を押さえながらうずくまる。
立ち止まるボクたちに、おじさんは「逃げろ!」と叫ぶ。
ボクたちは走った。
村まであともう少し。
林を抜ければ村に着くらしい。
青い影は今は追ってこない。
人の手が入っている山には出て来れないのかもしれない。
村では集会所から連絡を受けた人たちが待ってくれていた。
ボクたちの無事を見て暖かく迎えてくれた。
村の人たちに迎えられ、安堵した瞬間におじさんが倒れた。
息をしていない。
山奥の村に救急病院は無いし、救急車を呼んでも、到着するのは30分以上かかる。
そこから救急病院まで1時間近くかかる。
必至の心臓マッサージと人工呼吸を繰り返すも、結局助けることはできなかった。
村までの道中、たくさんたすけてくれたおじさん。
感謝の言葉すら伝える間もノクらには与えられなかった。
この理不尽な仕打ちに対する悔しさは、怒りは、どこにぶつければいいのか!
こんなことが山の神のすることなのか!?
自分の無力さに打ちひしがれ、おじさんの死を悼みながらも、体力の限界を感じたボクらは、少し休憩をさせてもらった。
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