第6話
『最後に確認するけど、本当にやるのね?』
「もちろんだ」
無線越しの声に即答する。
路地裏を移動して見つけた、放棄されたビルの三階の一室。薄汚れたブラインドの間から例のショベルカーの所在を確認しつつ、俺は言う。
「一発勝負だ。駄目だと判断したら逃げる。いけそうだな?」
『調べた感じ、古いタイプだから大丈夫よ』
これから俺達はドローンに搭載された切り札を使う。
あのドローンには、通信機能が搭載された敵対的AIに攻撃を行うソフトがインストールされている。
通信妨害やウイルス、無限ループで計算させるコマンドなど、少しでも攻撃として通りそうなことを全力で行うのだ。
一般向けの機械に収まっているAIなら、一時的に停止させることができる……はずだ。
俺の作戦はこうだ。
まず、ドローンの攻撃でショベルカーを一時停止。そして、コントロールの中枢があカメラ周辺にとりつく。
そしてそこにあるメンテナンス用のカバーを開けてスタンガンで攻撃。
やることは配膳ロボットの時と同じだ。
勝算はそれなりにある。あいつはカメラからの情報に頼って稼働しているので、想定外の挙動をすることはない……はずだ。あと、ドローンの攻撃が効かなければ撤退する。
「よし、善は急げだ。ピザが冷めちまう」
『ピザ屋に行くだけで命がけなんて、嫌な時代ね』
その感想に答えることなく、俺は外に出た。
路地裏を抜けて、ショベルカーのカメラに気づかれないよう、上空のドローンを確認しつつ、ゆっくりと対象に近づいていく。
かなり近寄れた辺りでカメラがこちらを向いた。重機の巨体がモーター音を立てて、こちらに振り向いた。
ショベルカーまでの距離は10メートル以下。これなら飛び移れる。
「……やれ」
『了解』
短いやりとりと、ショベルカーが前進してきたのは同時だった。
巨体が俺目掛けて突撃してくる。
対して上空のドローンは機体をふってから静止。攻撃開始の合図だ。
轟音と共に迫ってきたショベルカーが、徐々に速度を落とし、目の前で停止した。
成功だ。上手くいくとあっけないもんだ。
『急いで! パネルはカメラの下よ!』
「わかった!」
のんびりしている暇はない。俺は履帯とボディを足場に、素速く目的の場所に飛びついた。
本来なら人間の乗る場所に取り付けられた専用の演算装置。そして頂上にあるカメラ。それらが収まる細長い箱へはすぐに辿り着いた。
そして、調べた通り、その下面にあるパネルに目を向け……。
「やべぇぞ、溶接されてる……」
『なんですって!』
直後、ショベルカーが再起動した。全身を震わせ、ゆっくりとアームが動く。まるで眠りから覚めた後、背伸びをするように。
もう再起動した? いや、そういえばこいつは「死んだふり」をしていた。
俺を近づけるため、あえて停止したふりをしたのか。たしかに、上に乗せちまえば逃がさず料理できる。
『速く逃げて!』
「…………!」
指示に応えようとした瞬間だった。
ショベルカーの上部分がゆっくりと旋回を始めた。
「うおおお!」
バランスを崩しかける。旋回速度が少し上がれば、振り落とされて終わりだ。
『ダメ。ネットワークを遮断してる!』
悲鳴じみた声が届く。ドローンの攻撃も、ネットワークをオフにされたら通用しない。ゆえの一発勝負だった。
どうにかして生き残らないと……。
目標を撃破から生存へと素速く切り替えた瞬間だった。
耳の通信装置に、新しい声が響いた。
『カメラだ。そこを塞げば、時間を稼げる』
体が勝手に動いた。不安定な足場で、驚くほど早く背負ったリュックを外し、その口を開けてカメラにかぶせた。
単純な行動の結果はすぐに現れて、ショベルカーの旋回は停止。
装置がちょうどいい高さで助かった。カメラが三メートル上とかにあったら詰んでた。
『次だ。カメラは防水だが、取り付けはそれほど頑丈じゃない。無理矢理回せば壊れる』
「うおおおお!」
リュックを被ったカメラを両手で掴んで強引に回した。
メキメキメキという景気のいい破壊音と手応えが伝わってくる。
『そのまま回し続けると、基部から外れる。ケーブル接続部にスタンガンを当てるといい。カメラが止まるとサスペンドするようになっているからね』
「うおおおおおおおお!」
俺はさらにカメラを回す。手応えが無くなるまで続けると、手の中の物が浮かぶ感触があった。
そっとリュックの中を見ると、カメラが基部から外れてケーブルが露出していた。指示通り、スタンガンを取り出し、金属部品が露出しているケーブル基部に押し当てる。
バチバチという短い閃光が走って、ショベルカーは二度と動かなくなった。
『お疲れ様。もう大丈夫だ』
「あんた何者だ? どうやって通信に割り込んだ」
聞こえるのは男性の穏やかな声。さっきまで話してた案内役とは逆だ。一体なにがあった。
『簡単な話だよ。大事なお客様をお迎えしただけさ』
「…………!」
その言葉で俺は全てを理解した。
「まさか、AIのやってるピザ屋だったのか」
『共存型AIのね。さあ、早く店に来てくれ。熱々のピザが待っている』
相手は命の恩人だ。疑う余地はない。
俺は今度こそ死んだショベルカーから降りて、目的地へと歩みを進めた。
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