ep.19 旅の終わりと創世神話
地球からバカバカしいくらい遠い惑星で、タカラバコガイは生まれた。
タカラバコガイは神であり、星に住まうすべてを造り出した。
命を造り、獣を造り、意思を造り、水を造り、鳥を造り、高所得者用のマンションを造って広大な庭で囲ったが、あまりにも広く造りすぎてなにを置けばいいのか分からなくなった。
セレブが住むので、ナンセンスな物は置かれない。
しかし、神から見た被造物のセンスなど短絡的かつ卑俗にすぎ、何を置いてもダメに思えた。
ある不動産コンサルタントが、
「あ、じゃあこの星のコアから突き出している、あの樹。の枝を植えてみるのはどうでしょ?」
と言った。
そいつの人相は邪悪そのもので、狡猾と悪意に満ち、神を侮辱する気ムンムンであったが、タカラバコガイはもう思考に疲れていた。
「あ、いいねー、それ。というかさあ、僕は神だけどこの星自体は造ってないんだよねえ。じゃあ星を造ったのは、いったい誰なんだろうねータハハ」
とかいって船団を造り、荒れ狂う海の果てにたたずむ、神とか世界そのものみたいな木の枝を、巨大なノコで切り落とした。
その切断面からしみ出た一滴の樹液に、タカラバコガイと船団は飲み込まれ、樹液は重力圏外まで流れおちて隕石となった。
――なる歴史ある隕石が、バミューダトライアングル中央の島に落ちた。
極めつけに巨大なクレーターが生まれ、おびただしい海水が流れこんで湖となった。衝撃で、船はとくべつ頑丈に造られた一隻を除きコナゴナになった。
「僕が最後のクルーなんだ」
「めちゃくちゃ興味ねえな。面接じゃねんだから……これからどうすんの?」
「ここで死ぬよ。この星は君たちのものだ」
私と落夢は顔を見合わせた。
死ぬと言ってる人を置いておくのは、ちょっと寝覚めが悪い。
「え、死ぬってさ。どうする」
「『死ぬな~』とか言います?」
「"死"ってワードはマズいんじゃない? 死のうとしてんだから」
そんなん言うてる間に、マエダはタカラバコガイの亡骸を拾い集め、何らかの機序に基づいて並べた後、ウンウン唸った。
「何してんスか?」
「タカラバコガイは星に帰還するためのエネルギーを集めていた。それを利用して、お姉さんたちを元来た場所に帰すのさ」
そりゃ有り難い……と思ったが、気懸かりな点がある。
「待て待て、『愛の国』の連中はどうなる?」
「彼らも帰すよ」
「いや、ここで生まれた奴らも居るだろ。あんな感じなら、たぶん親だってバラバラだぞ」
「……そうか、考えてなかったな」
マエダは違う調子で唸り始めた。あと一押しだ。
「こうしよう。私がここに支援金を寄付するから、お前はクリーンな麻薬製造会社を運営しろ」
「何で僕がそんなことしなくちゃいけないの?」
私は裏声を駆使してむちゃくちゃな金切り声をあげた。
「きぇぇぇぇぇえ!!! 黙れ貴様っ!! 世界中の人間からエネルギーを吸い取ってたんだぞ!! そんくらいしても罰は当たらないんだよっ!!」
マエダは「なるほど……」と呟いて、「やってみよう」決意を新たにした。
「よし! そうと決まれば用はねえ。さっそく家に送ってくれ」
「嬢ちゃんら、そうは行かネーゼ」
ガサゴソと樹上から現れたのは、銃で武装した十数名のグラサンマッチョだ。
「お、ステレオタイプの密輸業者っスねぇ~」
「マエダよ。これがクリーンな経営ってやつだッ!!」
――
グラサンをボコして家に帰ると、クリスマスも異常気象も終わり、日本はすっかり新年のムードになっている。クリスマスの惰性めいたテンションに彩られた町は、なんだか漠然としていた。
常夏とスコールが織りなす力強い島の原色は、もはや遠く。海の向こうにあった。
「終わっちゃいましたね。バカンス……」
「ぜんぜん休めてないんだが」
「あの麻薬ココア、おいしかったですよ」
「私は飲んでないけどね。水もね。一滴もね」
「何しに行ったんスか??」
――ああ、無意義な休日。
(3章 終わり)
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