ep.18 謎の美少年、マエダ参上!
『糸』は坑道を出て、川を昇り、島の中心である湖へと繋がっていた。
「はて……」
何か違和感がある。
「島の大きさにしては『湖がデカすぎる』、でしょ。お姉さん」
鬱蒼と茂るマングローブ林から、ふと少年の声がした。
「誰だ? テメ~は」
呼びかけに応じ現れたのは、まるで見たこともないほどに凛々しい、灯色の瞳を持つ美少年であった。土にまみれたブロンドの髪は、石か何かで痛々しくカットされている。
「僕は
そんな三密もあるのか、と感心する。
「僕は『愛の国』と接触することなくここで暮らしている……だから、僕にバミューダ・マンドラゴラは憑りついてないよ。安心して」
「気が合うな――名前のセンスが良い。ところで、私はもう5匹に取りつかれていて限界だ。悪いが急がせてもらうぜ」
こちとらビキニなのでそのまま潜水し、糸を追おうとしたのだが、マエダは私の肩を掴んだ。
「待って。そいつの核を叩くには、そっちじゃない」
「お前…………物知りだな」
「あれを見て」
マエダが指差したのは、一体どうやってこの湖面に来たのかも分からない、一隻のガレオン船である。風雨に朽ち果て、もはや幽霊も住まないようなボロ
「バミューダ・マンドラゴラ、愛の国、湖……それらを紐解く答えは、すべてあの船の中にある」
「乗りな」
落夢をマングローブに横たえ、私は少年を背負って
「わっぷ。平泳ぎの方が乗りやすいよっ、お姉さんっ」
「クロールのが早いぜ」
船に着いた。船腹の脇が抉れており、そこから忍び込めるようだ。
「まるでトレジャーハントだな」
「そんな暇は無いよ。あ、そこの階段は腐ってて登れない。そこのマストから甲板によじ昇ろう」
「決めた、国に帰ったらオマエを真っ先に雇用するぞ」
「ありがたいお言葉だね」
ところどころ腐り落ちたマストから甲板へ。少年に言われるがままドアを蹴破って船室に入ると、非常に分かりやすいデザインの宝箱が置いてあった。
「こりゃまた……。不用心な」
「ここからが肝心だよ、お姉さん」
「見りゃ分かる――普通の宝箱に、根は生えてない」
宝箱の下部から、ヒゲのごとく生え出すのは無数の『絹の糸』である。生体ドラッグ『愛』により密かに蔓延するバミューダ・マンドラゴラは、元をたどれば一つの箱へと繋がっていた!
「この中に核が?」
「うん……でも普通に開けるのは無理、あ、忠告させてよ」
善は急げ。
私はすぐさま開封を試みたが、宝箱は異常な力で密閉されている。
「どうすればいい?」
「鍵穴があるでしょ。そこを強く刺激すれば――「オラッ!」あ、ちょっとっ!」
躊躇なく殴りつけたあと、私は目を疑った。
サビサビの鍵穴から、ちょうどアサリの目のように先端の黒い管がニョクニョク生えてきて、辺りの様子を窺うように旋回し始めたのである。
「……なんだこれ」
「うん。これは宝箱じゃない……仮称すればタカラバコガイ。外宇宙に存在した二枚貝めいた存在だよ」
「んなアホな!!」
フシュルルルルルッ!!
そのアサリ――タカラバコガイは私の存在に気づき、猛然と唸りを上げた。その暑苦しい吐息が、私の腹部を突く。
煮えたぎる岩の塊のような呼気だった、と後になり思う。
直後、私の身体はスコールの雷鳴が浮き立つ
「ぐえっぶっえっ、げええっ、えほっ、げっ……」
「タカラバコガイは嫌気性の生命体なんだ。あの器官は貝がら内の空気を排出するためのパイプで……」
「御託はいいんだよっ、対処法を教えろっ!」
煉獄野マエダはさも当然のように水面に腰を下ろし、私を見下ろした。
「あのパイプを千切れれば、タカラバコガイはすぐに絶命する……お姉さんなら十分に可能だったと思うけど……ね」
「けど、なんだ?」
「時間切れってことさ」
マエダは興味なさげに水中を指した。
その先には私の腹部がある。
ふと見れば、私の腹はゲーミングデバイスめいたグラデーションに変色しながら、猛スピードで爛れ始めている!
「な、何じゃあこりゃあ」
「タカラバコガイは外宇宙の……まあここで言うウイルスと似た微小物質を多数保有している。一度でも触れたり、息を浴びれば、感染する」
「ハハハ。私を舐めるなよ」
泳ぎ出そうとした両手を見て――自分の手であるはずのそれを見て、私は動きを止めた。手の表皮すべてが、樹皮へと置き換わっている。
「な、に」
「終わりだね……」
全身から力が抜け、水分の抜けた体が水に浮く。
ギリギリのところで保たれていた私の意識は、ミュイ、だの、にゃぬにょ、だのと泣く声に圧倒されて、暗黒へと弾き飛ばされる。
「は、はは! はは! はははははは! はははミュイははミュイはミュイミュイミュイミュイミュイミュイミュイミュイミュイミュイミュイミュイミュイミュイミュイミュイ――――――」
「あーあ。逸材だけど、ハナシ聞かないんだもん……このままじゃタカラバコガイに滅ぼされちゃうなあ、この星」
――そうはならねえよボウズ
響く声にマエダは仰天した。
死んだ人間が喋り出すハズはなく、10年来の飼い猫が突如
背後から肩を掴まれたマエダは、そのことそれ自体よりも、肩に乗る人肌の感触にこそ慄いた。
「最初の家にな、置いてあったんだ。これ……」
肩口に置かれた手が、指先で摘まんでいるものは『愛』――四つ葉の♡が刻まれた、バミューダ・マンドラゴラの芽を内蔵するドラッグである。
ガリ。
背後の水面に立つ――立てるはずはないのだが、現にそいつは立っている――女は、その『愛』を喰らい、噛み砕いた。
すると、女を蝕んでいた七色の爛れが、霞のように消えていく。
「な、何を……!」
マエダは女の手首から延びる、六本もの絹糸を見た。
「これで私は、一人で六人ぶんのエネルギーを提供する優良宿主だ。あのアサリは、そんな私を殺したくないらしい」
「ウイルスの抗体を受け取ったのか?! タカラバコガイから……!」
こ、この女――!
狂ってるッ!!
「そ、そんな筈ないっ! 世界には何人の犠牲者が居ると思ってる? たかだか六人やそこらで、生かす理由にはならないっ」
「ああ。そうだったんだろうな」
女――御神籤 凶はそこで、もう片方の手を掲げた。
――雷鳴。
横殴りの雨に揺られ、風前のシラタキのように揺れるのは、無数の絹糸……地球に適応していないタカラバコガイの内蔵へと、人間たちのエネルギーを変換供給するケーブル!
その中途が、黒煙を上げて消失していた!
「吹き飛ばされるとき……命綱代わりに握っておいたんだ――さっき雷で焼き切った」
「な、なっ……」
「もちろん全部じゃない。だがこれだけ一斉にエネルギーを絶たれれば、生命の危機を感じざるを得ないと思った……どうやら賭けに勝ったのは――」
ザバ、ザバッ
泳いでくる。背後から。なにか。
「タ、タカラバコガイっ……なぜ?!」
「私のようだなァーッ!!」
「フシュルルルルルルルルッ!!」
タカラバコガイは、自らの手で天敵を生かしたことについて、脅威を抱いていたに違いない。
だからこそ、マンドラゴラが意識を奪うのを待たず、手ずから御神籤 凶を始末しに来たのだ――!
「これで勝ちだッ!! 消えろッ!!」
御神籤 凶が天へと跳躍し、繰り出した、イナズマの如き手刀は――
その速度、殺意、正確性、どれも比類なき一撃であったが……
「ぐ……」
生物としての『スケール』、ただその一点に於いて圧倒的な差を誇るタカラバコガイの下へと、届くことは無かった。
「あ……っ」
タカラバコガイの放つ空気弾が、音速を超えて両肺に風穴を開ける。
その穴を、すぐにバミューダ・マンドラゴラの根が閉じ塞ぐが、御神籤 凶の意識は――完全に消えた。
「フシュルルルルルルルルルウウゥゥゥゥッ!!!」
遥か上空に打ちあがった御神籤 凶が、力なく水中に没する。今度こそ――終わった。
「はぁ、はぁ、な、なんだったんだコイツは……。み、見誤っていた……この星に棲息する人間の、意味不明さを……っ!」
ゴギャベリィッ!!
気炎を上げるタカラバコガイが、嫌な音を立てて視界の外まで吹っ飛んでいく。
「は……?」
「もっぱーつっ」
ビュゴウッ!!!
衝撃波と共に水を切って飛んでくるのは、何の変哲もない川原の石ころである。
『水切り』だ。
その『速度』が異常なのだ。
マッハ3で飛来する平石が、タカラバコガイを撃ち抜き、その身を岩壁へとめり込ませる。
膨大なしぶきの向こうで、湖畔に立つモコモコの服を着た人間が、まったくデタラメなフォームで石を投げてくる。
「きばってこーーっ!」
三投目で、いずれ世界を掌握するはずだったタカラバコガイの肉体は、粉々になり砕け散った。マエダは、信じられぬ顔でそれを見ていた。
――
「無事っスか? 凶さん。さっき雷で目が覚めて……」
いつの間にか。
落夢が、時を停滞させた水面に立って私を見ている。
「プラマイ無事だな。傷は塞がったし、マンドラゴラも死んだ――上々だな」
「えへへ」
「お、おかしいっ。調査による人間の限界を、超えすぎているぞッ! お前らっ!」
「知らんがな……私は寝る。あと頼むわ」
水中の浮力に身を任せ、私は気ままに就寝する――!
(つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます