ep.17 恐怖!バミューダ・マンドラゴラ!
ぴちょん。
いや――ぴちゃん?
どっち?
奥深い闇のなかから響いてくるのだ。水のはじける音が……
「――さん!」
「――」
「凶さん!」
落夢の声。
ガバリと身を起こす必要はなかった。両手に巻きついた頑丈なツタで、私は吊るされているのだ。
ここは独房じみて湿った小部屋である。
床は畳葺き、天井はむき出しの岩。壁には本棚があって、小さなすり鉢とすりこぎが転がっている。
畳中央にはオイルランタンが置いてあり、まるで統一性がない。
「眠ってたのか――」
拘束をちぎって床へと降りる。
そこで気がついたが、この部屋にはドアがない。周囲は乱雑に張り付けた何枚ものベニヤで覆われていた。
「ふんっ」
手近な板をタックルで砕くと、勢いあまって洞窟に飛び出た。向こうに、ほんのりと明るい十字路が見える。
ここは『ゲストルーム』と呼ばれていた分岐路の末端らしい。
相当な騒ぎを起こしたが、誰も出てこない。
その代わり、絹を擦るように妙に艶っぽい女の喘ぎが、遠くから微かに響いていた。
声の中に――
「……凶さん」
「落夢!」
十字路に差し掛かると、真向かいの通路から、何重もの卑猥な音声がきこえてきた。
――なるほど、『愛の国』。
ドラッグの製造コミューンでありながら、一個のセックスカルトでもあるのか? 騒ぐ胸を押さえつけながら近づく。
通路の壁にドア代わりのボロ板が立てかけられ、音はそこから鳴っている。
景気づけに顔をはたき、
「オラッ!!」
ドアを破り突入すると、そこには落夢が居た。
落夢はモコモコの服を着て、湯気の立つココアを呑みながら、真向かいのベッドで阿呆みたいにまぐわう人々を見て「わはは」と笑っていた。
「あ、凶さんどこ居たんスか。めっちゃ面白いスよこれ」
「は?」
「見ててくださいね。今から速度を0.25倍から2倍にします! ハッ!!!」
「は?」
円形の巨大ベッドの上で、全裸の人々が慌ただしく性交をし始めた。まるでチャップリンを見ているようなスピード感だ。
段々、彼らがホールケーキ上で踊る小人のように見えてくる。不思議な感覚である。
「ケタケタケタ」
「おまはん、何しとん」
「なんでしょう。『愛』っての飲んだ影響スかね。時を加速できるようになって……」
「違う違う違う! ……まあ無事ならいいか」
私はベッドの足を掴んで転覆させ、6名の男女を下敷きにした。
「おいカスども、良いかよく聞け。『次に舐めたマネしたら』って言葉があるが私は一度たりとも許容しないぞ。今からする質問に迅速に答えろよ」
「みゅい~」
変な返事だ。成人男性の声帯とは思えぬ。
「おい」
今しがたうつぶせで返事をしたアジア人の顔を持ち上げる。
「みゅい~」
それは奇妙な生命体だった。
白目をむいた男の喉から、ひょっこりと、奇形のダイコン……あるいはマンドラゴラめいた樹皮のカタマリが顔を出し、そのつぶらな目で私を見ている。
「なにこれ?」
まったく失策であった。
そいつは私が『口を開く瞬間』を待っていたのだ。目にも止まらぬ速度で男の口内を飛び出したそいつは、私の咽喉へと急速に侵入。声帯の辺りで固着して、まんじりとも動かなくなった。
「ゲエエエッ! な、なんだこいつはッ!」
「わはは。タイノエみたい」
「何だよそれも」
「え、タイの口内によくいる寄生虫ですよ……」
絶対に今はどうでもいいだろ。
指を突っ込んでみるが、そいつは優良物件に引っ越したての地蔵のようにびくともしない。そのうちに嘔吐感が来て、私はゲエゲエと吐いた。
これも失策だった。残り5名の口から飛び出たマンドラゴラが私の喉に突入して営巣した。
「あっ……かはっ……」
「うわ、大丈夫ですか。流石に」
「ひゅ、し、ひゅ、死ぬ、」
私の思考回路に妙なノイズが走った。
対処法を考える思考の隙間に、『みゅい~』だの『にょにょみ~』だの、こいつらが発する電波かなにかが混線してくる。
「(『こいつ』は本格的にマズいっ!! みゅい~)」
思考そのものを、みにょぷ、乗っ取られたらお終いだ。
「ら、落夢っ、今すぐこいつらの弱点を探れっ……早みゅ!」
「今の例を見ると、宿主が攻撃されると飛び出すみたいですが……まあ良いんじゃミュイですか」
「……は?」
「なんミュイか?」
そのとき私は確かに見た。
落夢の喉の奥から、こちらを見つめる二つの瞳を。
そして直感する。
こいつは、『愛』というドラッグを介して繁殖する、未知の寄生生物――ッ!
「(そいつが、みゅお~ん。落夢に1匹、私には5匹……?!)」
完全みゅにマズい。
コイツらに頭をジャックされれば、いずれ私は性交を始め、コイツらと共に子孫繁栄みゅる羽目になる。
そうなみゅ前に、手を打つ。
思い出せ、みにょぷ、事ここに至るまでに――気になることはなかったか?
ありすぎる!
だが最も気になるのは……
「凶さん。見てくださいこれ。愛の『繋がり』です」
落夢はズボンをずり下げ、恥骨の辺りに生じた『カサブタ』を見せつけてくる。その樹皮からは一本、『絹のような糸』が、元来た道へと伸びていた。
「(これはどこに繋がってる?)」
生物がどこかに向けて管を伸ばす場合、何らか、生存に必要な物質を輸送しているものと考えられる。
こいつは、人に寄生するだけでは栄養をカバーできない……?
また
どちらにしろ、この先を探ることに、打倒の手がかりは『必ずある』。
「オラッ!」
落夢のこめかみを殴り、即座に昏倒させる。
倒れた落夢を抱えて、私は糸の先へと駆けだした――!
(つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます