ep13 皮シまと後日談

 ドクターの落とした拳銃を拾い、ライターで絨毯に火を放つ。

 闇の中に、その化け物の姿が浮かび上がった。


「なんなんだ、その髪は……」


 そいつの全身は、異常な量の毛髪につつまれていた。その長さたるや、何百年も伸ばしっぱなしかのようだ。

 その中心にいる本体は、ひからびた人間である。怨念など信じないが、そいつにはなにか、樹齢数千年のイトスギと似た威圧感があった。


「これと戦わせて、生き残った奴を選ぶ……? 誰にも不可能だろ。私と落夢以外には……」

「か、か」


 そいつの口がひらく。その喉奥に見えた背骨をめがけ、私は二発の銃弾を撃ち込むが、どうも効いていない。

 ついで、スプリンクラーに一発ブチ込んで、消火を止める。


「やるな……だが予告するぜ――お前は重力によって、死ぬ!」


 燃え広がる火が、そいつの髪に引火する。ブスブスと白い煙が上がり、非常に息苦しい。マガジンを抜いて弾を確かめると、あと8発。十分だ。


「安心しろよ、私は幽霊を解剖したし、妖怪を焼いて食ったこともある。お前はきちんと殺す」

「皮シまです」

「知るかっ!」

 

 飛びかかった怪異をかわし、さらに三発。回転する銃弾は、赤々と燃える毛を巻き込んで後方に消えた。


「あと5発……あ、待てなんか踏んだ」


 足元の感触は、しなしなのDr.アドレナリンだ。火の手から遠いとこに投げておく。


「か、か皮……」


 皮シまの全身に、火の手が回る。その乾ききった体が燃え尽きるまで、おそらく数分もかかるまい。

 

「せっかくだから、『かわしまです』で出来る辞世の句を教えてやる。うーんと……『デカデカ寿司、まわします。でわ』でどう?」


 皮シまは悲鳴を上げ、後方を向いて窓に突っ込んだ。同時に、私は残弾をすべて撃ち尽くす。


「シ……」


 皮シまの動きが止まる。まるで、後ろ髪をすさまじい力で掴まれているかのようだ。

 それもそう――銃弾に巻き込まれた髪は、その先で床のシャンデリアへと絡みつき、現在いま、皮シまは、100キロを超す荷重を頭皮にかけられている! 


「ヘアサロンでも行ってこい!!」

 

 そいつの燃えさかる髪を掴み、そのまま後方にぶん投げる。


「か、皮ぁ~~~!」

「落夢っ!」

「あいよっ!」


 途端、部屋のドアが開き、大量のお札で装飾デコられたAK-47ライフルを構えた落夢がそれを乱射した。


「ダァァラララララララララララララララァッ!!」

「シ、シま~~~~~~!」


 爆散。皮シまは跡形もなく消失。


「よし。このまま火を広げて、コンテスト開催をうやむやにするぞッ! どうやったって開催なんて出来ないからな」

「OKっス。さっきからお腹痛いんすけど、何なんスかね?」

「それはβツチノコガスだよ。すぐ治療できる」


 起き上がったDr.アドレナリンが、テクテクと歩いてくる。


「生きてたんだ」「私はね。彼は……」


 火の中心で何か、悲鳴のようなものが聞こえる――だがまあ、大量殺人鬼の悲鳴だろうし、置いておこう。


「じゃあ治療して、会場に連絡しよう」「あいっス」


 ――こうして、ビックリ人間コンテストの国内大会、その決勝戦はまたべつの機会へと持ちこされた。

 後日、Dr.アドレナリンが辞退したことで、世界出場はピュアマンとなったのだが、彼もまた、その直後に消息不明となった。


 コンテスト最中に急死したワームガールの死因は明かされていない。


 裏方のスタッフ達は、みな何らかの理由で、コンテスト前後の記憶を失った。


 そして石弓坂は本当に、ビックリ人間を想定した武装警備兵たちを、素手で殺したのだろうか。


 御神籤凶の知らない場所で、いったい何が起こっていたのか。それはまだ、知る由はない。


「落夢。お前……」

「はい?」

「…………いや、なんでもない」

「??」


「(あの状況下で動くことのできた人間は、限られている。それだけは、確かなことだ……)」


(第2章、終わり)

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