ep10 御神籤 凶の事件簿

 

 通常では辿りつけない、とあるWEBサイトがある。


 その名は『東条人物商会とうじょうじんぶつしょうかい


 数多の人間の個人情報や盗撮が掲載された同サイトは過去、御神籤凶が原因となった未知のデータ災害により、その莫大な個人情報を消失。データサーバも発火し、物理的に修復不能な状態になった。


 よって以降、熱狂的な窃視癖ユーザーを集めてきた東条人物商会は、惜しまれながらも閉鎖されることになる。


「お、おい」

「どしたんすか。カオ、青いですが」

「俺、今、ランチ配達行って、したら、したら、人が死んでた……」

「あ、ボクんとこもそうでした。ビックリ人間も死ぬんですね! ボク興奮しちゃって! あれっ、叫んで倒れちゃった。担架担架。誰かあ!」


 だが――ビックリ人間コンテストのおよそ一月前、同サイトが秘密裏に再建されていたことはあまり知られていない。


 そしてサイト復活とコンテスト開催には、実に密接な関係がある。

 なぜならば『東条人物商会』は、拘束困難な異常人物のデータを収集、国家指定ハンターに抹殺を促す為の、世界共営ブラックリスト――そのアジア部門だからである。


 コンテスト開催直前。

 同サイトのトップページには、とある文字列が躍り出ていた。


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――


「……つまり、出場者のMxミクス.ヒューモット、ワームガール。この二名が同じ時間帯に別々の楽屋で死んでいたということか?」

「そうです! 僕と先輩が生き証人です」


 興奮したスタッフから話を聞き、私は手近な楽屋に足を運んだ。

 楽屋は十畳ほどの大きさで、壁、床、調度品は白の一点張り。飲み物と昼食の置かれたデスクとパイプ椅子、壁に鏡があるだけの簡素な造りだ。


 ひっくり返ったパイプ椅子の横で、濃紺色のパーカーを着た少女が床に倒れている。ピカピカの床に幾らか血が散っているが、致死量には程遠い。栄養不足の痩せこけた顔は、チアノーゼを起こしてパーカーよりも深い色に染まっていた。


「なるほど……面白い事件だ。でも私は探偵でも警察でもないから、これはお偉いさんに通報しておこう」

「凶さん。それ、無理です」

 

 足早に入室してきた落夢が言った。


「何が?」

「全員殺されました」

「全員?」

「セレモニー参加予定の主催者、共同出資者の8名、取材中のメディア関係者12名。および各部屋の警備員2名ずつ、延べ36名です。死因は外傷性ショック。警察なんて呼んでも殺されます」

「アホなこと言うな」


 洛臓で急加速し、該当する部屋をすべて見て回る。最後の一部屋で急停止した時、体の負荷に喘ぎながら私は真相を悟った。


「なんてこった。全員死んでやがる」


 死因はいずれも頸動脈の切断によるショック死。刃物ではなく歯、爪、握力などを駆使したその殺害法は、石弓坂ボウガンざか啜蠅すすりばえによるものと思われた。


「――で、お前は何やってんだ?」


 私がその部屋で急停止したのは、36人目の犠牲者を見つけたほかに、室内にうずくまる人影を見つけたからだ。それは灰づくめの服を着た、160cmもない小男だった。


「……」

「お前、ただの警備員じゃないな? 参加者リストに載っててまだ会ってないビックリ人間――ピュアマンってのは、ひょっとしてお前?」

「そうだ。そこまでは、答えられる」


 男は探偵小説の主人公くらい素性の知れぬ顔をこちらに向け、存外に太い声を言い放った。落夢のデータによれば、ピュアマンには自我が無い。そんな奴いるか? 

 だがそれを前提とするのならば、男が何故こんなところで蹲っていたかにも理由がつく。

 要は、『雇い主が死んで仕事がキャンセルになり、自我が無いから途方に暮れている』状態なのだ。


「目的は分からないが、お前は警備員になりすまして潜伏する仕事を受け負っていた。そしてリアルタイムで命令を受けて行動していたが……途中で雇い主を殺されたため、行動不能になった。違うか?」

「それには答えない」


 男は死体から素早く何かを抜き取ると、それを胸ポケットにしまい、私の横を通り過ぎようとした。


「このまま通すと思ってんのか?」

「このまま通る。決定事項だ」


 一発、鼻でもブン殴ってその強靭な意志を削いでやるぜ、と息巻いた私は、突如おぞましい吐き気に襲われた。洛臓が熱を纏い、潰瘍でも起こしたかのようにギリギリと痛む。


「ゲエェ……てめえ、何しやがった」

「知らん」


 ピュアマンは本当に素知らぬ顔で部屋を出ていく。いよいよもって本当に、こいつの頭には自我が無いような気がしてきた。

 ああ、アカン、気が遠なる。


 不思議な話だが、私は自分がバタンとぶっ倒れるその音を聞いた。


――


 ピュアマンの脳内は常にクリアだ。

 脳にあるのは二つ、雇用主と任務のことだけ。


 霊長のいただきに座すしわくちゃの中に、この二つしか要素がないのだから驚異だ。

 報酬への期待、危機への恐怖、罪悪の心――そういったものはどこか遠い星にでも置いてきたようだ。


 その爬虫類じみた思考回路は、任務の最短手順を編み出すことにしか使われず、その手順の実現性は、ただ己の強さのみで担保される。

 

 御神籤 凶はピュアマンを、雇い主が死んで途方に暮れていると評したが、それはまったくの誤りだ。

 途方に暮れる心は絶無――ただ顧客が生前に残した任務を遂行する。

 

 報酬がどこから出るのか? 

 目標と接敵して生き残れるか? そういった不安は存在しない。

 

 雇用主が死んだ今となっても、彼の脳にはしか存在しないのだ。

 

 第一の任務、コンテストの保全。

 そして第二の任務、御神籤凶の抹消。

 

 第二任務は第一任務の遂行と共に開始され、それはただ粛々と、激痛に悶える女を殺すだけの任務として終了されるだろう。

 この会場にはβ-ツチノコガスという気体が充満しており、洛臓を持った者が吸いこみ続けると致命的な損傷を負う。そして、その症状は加速度的に悪化するのだ。

 

 度を超えた啜蠅の挑発に、なんらの怒りもなく、ピュアマンは阻む者の消えた通路をひたすらに進んでゆくのだった。

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