第二章

ep8 ファミレス、店内、テロリズム


「世界ビックリ人間コンテスト?」

「今日はその予選、国内大会の決勝です」


 鉄板焼きパスタをフォークで巻き取りながら、私は資料に目を通した。落夢は紙エプロンを胸まで持ち上げ、大量の油を跳ね飛ばすハンバーグと対峙しているが、目だけをこちらに向けてきた。


「どうして当日まで見ないんですか? 依頼」

「そらお前……休日は休む日だからだろ……」

 

 肉汁にまみれた資料を読んでいくと、オリンピックほどではないが、この大会はかなり大規模な国際的プロジェクトらしい。

 既に二か月に及ぶ予選トーナメントが済んでおり、最後に残った歴戦の『ビックリ人間』5名が激突、たった一つの世界出場を賭けて争うようだ。

 その会場となるのが、国内最大規模の多目的ホール『国立カタストロフィ会館』


 私と落夢は、その警備に雇われたようだ。

 メインの仕事は観客の案内、会場の整備だが、緊急時にはビックリ人間たちの抑止力となることが契約されている。

 そんな面倒なことはやりたくないので断りたいが、過去の私がハンコをしっかり捺印しているので、そればかりは仕方がない。

 

「ハァ~あ。ダル~」

「凶さんはアホですねぇ。私が居るのでまだ良いですが」

「パスタうめっ!」


 あっという間に平らげてコーヒーを啜っていると、妙なことに気づいた。


「おい、落夢お前、なんでまだエプロンを持ち上げてるんだ?」

「見て分からないんですか?」


 言われて私は、落夢の眼下でいまだに熱い飛沫を上げ続けているハンバーグを見た。鉄板の上で音を立てている状態をハンバーグの『せい』とするなら、ファミレスのハンバーグは1~2分でその生涯を終える。

 しかし、落夢のハンバーグは5分を経過してもまだ『死』んでいないのだった。


「すげ~ハンバーグだなあ」

「違いますよ。私がハンバーグ周囲の時間を遅滞させたんです。お望みなら、あと24時間ほどジュージュー言わせられますが?」

「コイツ、ほんまアッホやなあ」


 落夢は能力のコントロールが下手で、一度洛臓を動かすと周囲20mの時間をほぼ無作為に遅滞させていた。今、それを克服しつつあるという事だろう。達者なアホだ。


「いつ食べれるようになるかなあ……」

「ハァ~あ。ダル~」


 その時チリンチリーン。と店のドアが開く。

 気の無い『いらっしゃいませ~』が店内に響くよりも前に、銃の発砲音が店内に木霊していた。ロングコートを着たマッチョマンの、なにやら勇ましい声。


「全員動くな。動かなければ命は保証してやる!」

「おお……」


 絵に描いたようなテロリストに感動していると、男は妙な事を言い出した。


「今日、ビックリ人間コンテストを見に来た奴……全員、今ここでチケットを見せろ! 俺が返金してやる!」

「ん?」

「何言ってんスかね、あの人」


 パンパン!

 さらに銃弾が二発、天井にめり込むと、どこかの席で子どもが泣き始めた。


「俺はこのコンテストを中止するためにここに来た――。いいか! 参加者に石弓ボウガンざか啜蠅すすりばえというイカれたジジイが居る! 82のヨボヨボのジジイだ……見た目はな! あいつは裏社会じゃ有名な殺人狂だ! 観戦なんぞしてみろ……何人が死ぬか分からんぞ!」


 そんな意味分からん名前あってたまるか。と思い参加者リストを見ると、確かに5人目としてその名前が挙がっている。身長185センチ、体重66キロ。プロモーションは"全身凶器"。

 落夢が、一枚の再生紙を渡してくる。


「これ、データです」

「ふむ」


 紙面によれば、石弓坂ボウガンざかは暗殺武術の達人。仕事、試合、野試合問わずルール無用で、殺した人数は四桁に届くとされている。

 

「こんなやつ表に出しちゃだめだろ」

「このコンテストは表と裏の協賛なんですよ。裏社会ですら目に余るような連中を釣り上げて、まとめて抹殺するのが目的なので」


 なんと刺激的な話だ、と感動してやる気が出てきた。


「俺はジジイの弟子で唯一の生き残りだ……見ろ!」


 男がロングコートを広げると、その下にはシャツも何も着ておらず、ただ鍛え抜かれた肉だけがあった。変質者的技法で露わになった肌には、無数の古傷が見てとれる。それは武器を使った鋭利な傷ではない。

 手で、歯で、指で、えぐり取られたかのような――


「もう一度言う、金ならくれてやる、今すぐ家に帰れッ!!」

「どうします?」

「願ったり叶ったりだよ」


 パスタのカロリーを消費――私は瞬く間に男の四肢を脱臼させ、その身体を店外の草むらに背負い投げた。


「そんな面白いモンが見れるならよ~~!」

「行くしかないっスよね~~!!」


 その時、私を含むすべての時間が遅滞され、次の瞬間にはハンバーグを食べて代金を置いた落夢が店を出てきた。


「じゃ、行きましょか」

「私を殺せるとしたらお前だね、やっぱ」

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