ep7 山並みは燃えて
「うひゃあ~、あんた誰っすか? 幽霊? それかテケテケ?」
落夢の口元には昂奮の笑みが浮かんでいた。自らを睨む謎の男を前にして、無造作な手つきでぼりぼりと耳を掻く。
「お、みく、じきょう」
頭部を欠いたその男は、四つん這いで、血と泥にまみれた金髪を地面に垂らしながら、咥えたなにかを咀嚼していた。
「その食べ物、なんだか臭いますねえ。お肉かな、雑食性だ。でもなんだかケミカルな香り……ははあ、人肉! でも残念、それくらいでビビる私じゃ有りません」
落夢は背負った三脚バッグのジッパーを、後ろ手で一挙に引き下げた。音持たぬ真空の膜を裂いたように、バッグから人々の苦悶が漏れ始める。
「「殺してください!」「殺してください!」「殺してください!」」
「お、みく、じきょう――」
「あはは、デュエットしてら! あれ、御神籤凶って言ってる?」
落夢の飼育するニバ助は、かつて某マンションを占拠していた食人集団の肉と魂を縫い合わせて造られた化け物だ。その全身は人皮に覆われており、内部はスライム状に溶けあった不定形の腐肉で出来ている。
スライムの中で、彼ら食人集団の自我は統一されず、それぞれが痛みに悶えながら、互いを憎悪しあう。
そんな彼らが結託する場面が、二つだけある。
すなわち落夢へと死を懇願する時。そして、生前に渇望していた人の死肉が、目の前に転がった時だ。
「「「!!肉肉肉肉肉!!」」」」
「あ、ちょい、タンマタンマ」
落夢の静止を振り切ると、ニバ助は全長10メートルの肉筒となってバッグから噴出、人間の上顎を輪状に組み合わせた口腔を開き、直上から、男ごと人肉を噛みしだいた。土砂と枯葉を音を立てて咀嚼しながら、ニバ助は更なる臭気に導かれ、男が這ってきた地点――ダンボールの残骸が折り重なる奇妙な一角へと多脚を動かす。
「ちょ、瞬殺かい。おーい、どこ行くんだいっ」
ニバ助は何本かの手を使って、どこで作られたか分からぬほど巨大なダンボールの残骸を除けていった。落夢もそれに追いつく。
「なにこれ、バランス釜? タケノコ? 子牛? どういう生活様式? あっ」
ニバ助が
「「「ぐるる」」」
「こいつ誰だ? 死因は失血? 傷の位置は……あ、え?」
死体にはとある一カ所を除き、目立った外傷はなかった。
右の腹腔――ちょうど大腸と小腸が接続する辺りを盲腸と呼ぶが、そこから大腸とは別に伸びた、
赤黒く脈動するその臓器は、まるで自立した生き物のように、腸に入り込んだ食事を奪い、取り込む性質がある。
その臓器こそ、御神籤凶と加速童落夢を超人たらしめる、洛臓と呼ばれる超自然器官なのである。有事の際、洛臓で圧縮されたエネルギーが全身に行き渡ることで、両名の超能力が発揮されるのだ。
そして検死中の女――儘痲マミの右腹腔には、何者かにより食い千切られた、洛臓の痕跡があった!
「ニバ助。さっきの奴、ペッして」
「「「うる?」」」
「早く!」
ニバ助の体の一部が、極薄のスライスハムのように切れて、落ちて、風に舞った。つづけて一枚、二枚。見えないシュレッダーに掛けたように、ニバ助の全身がペラペラの肉片となって崩れ、
「マミの洛臓がもたらすのは、現実に妄想を形づくる能力」
肉片の隙間から、黄金に輝く指先が、にゅうと伸びた。
「私は御神籤凶を殺さねばなりません。それがマミの望み」
「に、ニバ助……嘘……」
マミの洛臓を食った男は、その五体を完全に癒やした状態で、黄金の光輝を身に纏い姿を現した。落夢の目に、それは現世に降臨した神の如く映る。
「(こ……殺される!!)」
「必要ならば貴女も殺しますよ、ふふふ」
「――れを」
落夢と男は、はるか遠くから微かに響く謎の声を聞く。
「……今なんか言いました?」
「私ではありませんよ」
『 誰を殺すってェー?! この脳無しがァ~~~!!! 』
シューンッ!!
轟音とともに夜空を一筋の赤で切り裂いたのは、アメリカ海軍戦闘機『
ド……オ……オオンッ!!
弾着ッ!! 搭載されたMk83弾頭が、寂れた山奥の半径16メートルを焦土と化した。
「つかまれ、落夢っ!」
時間遅滞により爆風を凌いでいた落夢へと、空中から何者かが呼びかける。
「凶さん!」
御神籤凶は高度30メートルから生身で降下すると、落夢の手を取りざまに着陸。再度、すさまじい土砂を巻き上げながら跳躍したかと思うと、直後そこに暴走したホーネットが墜落、天を衝く大爆発が起きた。
爆轟――。儘痲マミの妄想が生み出したダンボールハウスとカンガルーの騎士が消し炭となり、跡形もなく消え去った。
赫々たる山景を背にした御神籤凶が、落夢を姫君の如く抱えて着地する。
「か、かっけー……いや、流石にやり過ぎじゃないですか!」
「そうでもないよ」
抱えた落夢を降ろし、御神籤凶は指を鳴らした。指先から、樹林を引き裂くような風圧が放たれると、その風が過ぎ去った跡に火の手は残っていなかった。
「帰るけど、飯食う?」
「私いま、ペットロスで食欲無いです」
「じゃあニバ助の分まで食ってやろうぜ」
二人が、満月の下へと消えていく。
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