ep4 狂気のオバハン マミ1
「これね、岩塩の結晶。盛り塩ってあるでしょ、その結晶。今からこのステッキを振りますとね、ええ。霊が結晶の中に閉じ込められます。それをこのスムージーの中に降ろしますから、すぐ飲んでください。霊力が逃げてしまいます。すぐ飲んでっ!」
嘘みたいに小さな眼鏡を掛けた女が、先端に岩塩の付いたファンシーな棒を振り、もう片手に紙パックのグリーンスムージーを握って騒いでいる。
「盛り塩は海水塩だろ」
「あああっ、来ますよっ!!」
寺の池のほとりで踊り狂う女がおり、警察に通報したところ意味の分からない詐術で警官をも追い返したので退治してほしい、と住職からの依頼だ。
確かに、髪を振り乱した猫背の女が狂乱している。年の頃は三、四十か。どうも詐術を取り扱う精神状態には見えない。
「霊というのは普通は見えないですが降りてきますとホラ、水面が波打ちますでしょ。これは霊界のエーテルが物質界に作用しているの。霊が居る証拠よ。ね! ほらっ! 霊界スムージー飲んだげてっ!!」
頭から尻までを波打つようにクニャクニャさせて女が言う。ぴったりと合わされた両掌は天を突いて頭上に掲げられていた。
その眉間をライターで炙ると「ぢぃやっ!」とウルトラマンみたく鳴いて転倒。それでなお「これしきぃっ!」と騒いでクニャクニャする所などは何らかの敬虔な信仰を感じさせるが、彼女の語り口には神仏の名は一切出てこない。自分の持つ観念そのものを狂信しているのだろうか。
「おばちゃん、名前は?」
「私は
「胡散臭いなあ……」
「あなたはまだ目と目の間に仕切りがあるだけっ。でもそれも無理ないわ」
「とりあえずここ、お寺だから出てくれる?」
いやんいやんと身を揺すぶる女の腹を担ぎ、山門を通って金剛力士像の前に放り投げる。裏返ったゲジゲジみたいな動きで地を這い始めたので、その胸倉を掴み上げた。
「おいオバン、おまえ一人で帰れんのか?」
「あら貴方、
「質問してんだよ」
「貴方、私の家に来ませんこと? その背後霊をすべて、霊界に送り返して差し上げますから付き人になりなさい」
「断る、とっとと帰んな。私は家でストレンジャーシングス見るの」
すると女――儘痲マミはどっかりと胡坐をかいて自分の膝を握りしめ、
「絶対。どきません。貴方が首を縦に振るまでは動きません。これは運命の出会いですよ」
と言ってのけた。その
「殴ろうとしても無駄です。これは決まったことだから」
無言で繰りだした拳が、マミの顔面に向かうにつれて脱力していく。拳から手首、手首から腕、やがて全身が脱力して、私はいつの間にか平伏するような形で、儘痲マミに頭を垂れていた。
「宜しい。家に来なさいっ」
「はいよろこんで」
なんだこれは?
私は幼少期の親を除けば誰にも恭順したことなどない。無論このオバンに従う訳もないが、意志とは無関係に体と口が動いているのだ。いまや私の足は、目の前を鈍重に進むオバハンの背を勝手に追っていた。
面白い。
幽霊狩りにも飽きてきた折、私はこのオバンの
(つづく)
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