ep3 人を食う家

「幽霊物件の幽霊を祓ってほしい?」

「じゃあ只の物件じゃないですか!!」


 依頼を受けたのは昼のことだ。夕方、私は青黒いL字型マンションの中庭で、急速に冷えた秋空へ中指を立てる助手を見ていた。


 にいいいいいい……


 所定の部屋に入ると、洋間から猫の唸る音がした。ペットOKだがペット先住霊はNGらしい。

 落夢がズカズカと洋間に入り、動物除霊器ドリームキャッチャーを設置する。猫の好む芳香、光度、幅を用意されたこの一方通行の檻は、内部に霊を感知すると、猫語に翻訳した般若心経を延々と再生、猫霊がやがて己の死を悟り昇天する仕組みだ。


「動物霊は楽で良いですね」

「あと一部屋ね」


 すぐ上階なので私が「階段で行こう」と言うと、落夢は足に根を生やしたゴリラのような顔で一歩も動かなくなった。無視して階段を昇ると、落夢はL字型通路の真反対にあるエレベーターまで歩いて行った。阿呆な助手。


 階段を歩いて踊り場に出て、もう一度階段を登ると踊り場があった。階層表記は『ヲパケ2し』とあって夕空は不自然に渦巻いていた。


「ああ、閉じ込められた」


 死角から男児の笑う声がし始めたので、”今宵の月のように”を歌いつつ、階段の隔壁を破壊する。知り合いの女除霊師いわく、普通この手の空間に入った場合、それがどういう類の結界であるかを判別しないといけないらしい。人の身でよくそんな商売をやるものだ。


 壁の中に潜んでいた三名の男女霊を吸引し、肺に閉じ込めた状態でタバコを吸った。胸のあたりがスゥーと軽くなったので息を吐く。

 息を吐ききると、私は上階に居て、落夢が階段の前で胡坐をかいていた。


「終わりました?」

「待ってないで手伝え」


 いかにも心外だ、という顔で落夢が依頼の部屋を指差す。ドアが開け放たれていて、部屋の奥のベランダの物干し竿に、無数の死霊を継ぎ接ぎにした化け物が吊るされていた。


「三十人は死んでましたよ、この部屋。どういうもみ消し方をしたら運営ができるんですかね?」


 話の途中、件の部屋を除く住居のドアから、射るような視線を感じていた。視力を高めてみると、閉じた十枚のドアの向こう、覗き窓からこちらを視る十の眼が見えた。荒い息遣い。


「ははーん。住民もグルなのか」

「普通の物件を装った食人部屋ってとこスかね。そりゃ幽霊が出て、立ち行かなくなるでしょうね」

「潰すか。物件ごと」


 私たちの前にあるドアが一斉に開く。同時に上階、下階、それぞれのドアが次々と開いてマンション全体が物凄い音を立てた。獰猛な殺意と食欲を混交した感情を向けられて気分が悪い。


「耳塞いどきな」

「はいな」


 指を鳴らす。

 鼓膜の弾ける音。

 人々の倒れる音。


 鼓膜を再生した私は落夢の肩を叩いた。


「始められる?」

「手伝わなくてもいいですよ」


――


 夜。


「おい、びっくらポンOFFにしとけっつったろ! イラつくんだよ!」

「ダメですよー。ニバ助は一杯食べるんですから、景品もらい放題ですよ」

「ころしてください!ころしてください!ころしてください!ころしてください!」


 食人集団の霊を継ぎ接ぎにした化け物を動物除霊器ドリームキャッチャーに格納し、『カニバルの助』と名付けた落夢は、その口にホタテ貝柱二巻を突っ込んで黙らせた。落夢の両手により激しく上下される歪なアゴが、無茶苦茶に寿司を咀嚼する。


「好き嫌いはダメでちゅよー?」

「たすけて!たすけて!たすけて!たすけて!」


「で、奢るかこれになるか、アンタどっちがいいの?」

「口座を差し上げますので絶縁させてください」

「いーよ」

 

 依頼主から多額の報酬を得たおかげで、私たちはしばらく食う飯に困らなくなった。例のマンションは解体されたらしいが、ニバ助はまだ、落夢の部屋に囚われている。

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