そして現在

 コンコンコン。

 星降祭も終わりを迎えるこんな夜分遅くに、玄関の戸を叩く音がします。

「あ、はーい!」

 訪問者に返事をして、パタパタと小走りで母親が戸を開けると、祖母と同年代と見られる女性が一人、立っていました。

「こんな夜分に、急に押し掛けて申し訳ない」

 女性には似つかわしくない固い口調ですが、女性の経歴を知る母親は笑顔で迎え入れます。

「あ! アルモニカのおばあちゃんだ!」

「こんばんは」

 来たのがアルモニカだと逸早く気付いたアルモニアが手を振ります。

 カントは丁寧にお辞儀をして挨拶をしています。

「うむ。こんばんは。皆、元気そうで何よりだ」

 ピエッサは初めて会う──と本人は思っている──アルモニカに驚き、父親の背中に隠れています。でも家族が親しく接っしているのに興味もあるのか、顔を少しだけ覗かせています。

 その反応にアルモニカは苦笑を浮かべながら、寄って来たアルモニアとカントの頭を撫でてやっています。

「ところで、こんな日に来られるなんて、急ぎの用事ですか?」

 と母親が尋ねると、アルモニカは重々しく頷き返します。

「うむ。実はそうなのだ。さる重要人物がこの家に逃げ込んでいるという情報を掴んだのでな。こうして急ぎ駆け付けた訳だ」

「まあ!」

 わざとらしく驚いて見せる母親と、思わず苦笑を浮かべる父親と祖父。

 子供たちは、アルモニカの言葉に目を光らせ、どこだどこだと顔をキョロキョロさせています。

 そしてアルモニカの視線は、ある人物をピタリと捉えて離しません。

 それは今まさに、抜き足差し足で部屋から──いえ、家から逃げ出そうとしていた祖母です。

「おや? こんな夜更けにどこに出かけようというのですか? ゆ・う・き!」

 ギクリ。

「いやね、今日は沢山お話をしたからねぇ。ちょいと外で涼んでこようかと思ってね」

「それならば丁度良い。今から王都に向かうからな、好きなだけ涼むと良い」

「と思ったんだけどね、やっぱり家の中が一番じゃないかな。夜も遅いしね。そうだ、明日にしよう、明日に」

「つべこべ言わずにさっさと来い」

 結希の襟をむんずと掴んで、アルモニカが引っ張って行きます。

「あ、待って、ちょっと待って!」

「既に約束の期日は過ぎている。十分に待たせてもらったが?」

「クイン! 助けて!」

 これは分が悪いと判断した結希はクインに助けを求めましたが、既に懐柔済みだったのか、頼みのクインは厚手の外出着に着替えて準備を整え終えていました。

「う……裏切り者ぉぉぉぉ……!」

「それでは失礼する」

 アルモニカはそのままズルズルと結希を引き摺って出て行きました。

「じゃあちょっと出かけて来ます」

「行ってらっしゃいませ」「気を付けて」

 両親がクインを見送ると、子供たちも、

「「「いってらっしゃーい」」」

 と元気よく祖父を送り出しました。


「もう逃げないから、離してー」

「だったら最初からちゃんと出席しろ」

「だって式典とか苦手なんだよね」

「いい歳して、式典の主役が『苦手だから』でサボれると思うな」

「まあまあ。こうしてアルモニカ様に迎えに来てもらうのを楽しみしてるんですよ。結希は」

「あ、馬鹿! クイン!」

「ほほう……。つまり、いつもいつもいつもいつも……。わざとだった訳だ」

「あ……あはははは……。ごめんなさい」

「ところでアルモニカ様。式典の本番はいつですか?」

「うむ。明後日……いや。もう日付が変わったから明日だな」

「では急がないといけませんね」

「心配するな。移動手段は用意してある」

「いえ。折角ですから走って行くのはどうでしょう?」

「ほう?」

「一番の人はビリの人に、一つ何でも命令できるというのはどうでしょうか?」

「「ほほう」」

 結希とアルモニカがお互い睨み合っています。

「良いのかクイン。一位は僕で決まったような勝負を挑んで」

「はは。笑わせる。未だ現役の私に勝てる心算でいるとは」

 バチバチバチ。

 二人の視線がぶつかり合い、火花を散らしています。

「では行きますよよーいドン」

 早口で言い切ると、二人を置き去りにしてクインが走り出していました。

「あ! ずるいぞ!」

「待て! クイン!」

「ははは! 油断大敵ですよ!」

 ムーの大地を駆ける三人の姿は、今も変わらず昔のままでした。

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ムーシカ英雄伝 はまだない @mayomusou

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