四章 その④
それから僕はどうしていたんだろう。
機能を停止したマザーと
何もする気が起きなかった。
心が空っぽになったような喪失感。
ムー大陸の外だっていうのに、ここは無だ。
何にも、何にもない。
何も見えない。何も見たくない。
何も聞こえない。何も聞きたくない。
何も感じない。何も感じたくない。
でも、クインが成し遂げた事だけは伝えないといけない。
その思いだけが、微かに残っていた。
気付けば僕は、涙で頬を濡らしたアルモニカに、強く、強く抱締められていた。
どうやって戻って来たのか、まるで記憶にない。
でも、確かにここはムー大陸だ。
アルモニカも居るし、クラビスさんや開拓団の仲間達の姿もある。
でも、ここには──ここにも、どこにも、クインは居ない。
「あんな馬鹿みてぇに強かった救世主様も、こうなっちゃお終いだな」
「僕は! 救世主なんかじゃない! クインが! 世界を救ったんだ!」
救世主という言葉に血が頭に昇った僕は、クラビスさんの胸倉を掴み上げていた。
「じゃあお前さんは、何しにここに来たんだ? 役立たずの救世主様? そのクイン様が救ってくれた世界で、そうやってこの世の終わりみてぇに、いつまでもメソメソうじうじしてるつもりか?」
「……っ! 僕は……。僕が……」
「はっ! 僕が代わりに死ねば良かったってか。
カッとなった。
気付けば、クラビスさんを殴り飛ばそうとしていた。
でも、地面に倒れていたのは僕の方だった。
右の頬が熱を帯び、じんじんと痛む。
そういえば、『魔法』のバリアを張るのを忘れていた。こんな事、今までなかったのに。
「今のお前みたいな気の抜けた拳が、俺に当たるかよ。悔しかったらホレ。当ててみろよ。どうした? 世界で一番不幸ですってな顔しやがって……。これまでの戦いで、大切な人を喪ったのが、お前だけだとでも思ってんのか!」
「止めろクラビス!」
「お嬢……」
「無理に嫌われ役をやろうとするな。お前の悪い癖だ」
アルモニカが、立ち上がる気力もない僕の顔を覗き込んで来る。
「結希……。今はそれでも良い。取り敢えず今日の所はゆっくり休め。それに──」
アルモニカは少し意地悪気にニヤリと笑みを浮かべていた。
「諦めるのは、まだ早いかもしれん」
どういう意味かは教えてくれず、無理矢理持ち運び式の簡素なベッドに押し込まれた。
とても寝られるわけないと思っていたのに、気付けば朝になっていた。
「ふわぁ~……ぁ。おはよう。結希。目が覚めたか」
「うん……。心配かけてごめん……」
「謝る必要などない。結希の気持ちは、皆分かっている。結希にはもう、その怒りをぶつける相手が自分しか居ない事も。はふ……」
「眠そうだね」
「ああ……。済まない。久しぶりに徹夜をしたものでな。だが、その甲斐はあったぞ! 朗報だ! 結希が起きたら一番に教えてやろうと待って……ふわぁ~~……スマン……」
特大の欠伸が出てしまい、恥ずかしそうに俯くアルモニカ。
「それで? 朗報って?」
「ああ。それだ。クインを蘇生、出来る可能性がある」
「本当かっ!?」
ゴツン!
「「つぅぅぅぅ……!」」
アルモニカに飛び付いた勢いでおでこがぶつかり、額を押さえて二人して座り込んでいると、
「おいおい。すげぇ音がしたが何事だ? ……って、本当に何してんだ?」
クラビスさんがそんな僕達の様子を見て呆れていた。
ふぅー……ふぅー……。少し落ち着いた。
「さっきのは、本当に?」
「昨晩祈法士達やアコルディオン砦の建築に関わった者達を集めて話し合った結果だ。理屈の上では可能だという結論に達した」
「クインの奴が祈法人間? だっけか。それが逆に幸いしたって事らしい」
「それで僕は何をしたらいい!」
「おうおう。元気が出て来たじゃねぇか。だがよ、まだ生き返ると決まったわけじゃねぇ」
そうだ。クラビスさんの言う通りだ。でも、その可能性があるだけでも、僕はまだ生きていられる。いや、絶対に死ぬ訳にはいかなくなった。
「クインを蘇生させるのに、幾つか必要な物がある。
一つは、祈力を貯蔵するための核だ。これは私達が用意する。砦の資材を作っていた技術を応用する。もしかしたら、クインを作ったのも私達の生き残りかもしれんな。
二つ。クインの──クイン自身の祈力だ。これも不幸中の幸いだ。結希、あなたに掛けられたクインの祈法、そこにクインの祈力が残されている。ただ問題は、祈法から祈力を取り出すと掛けられた祈法が消える。下手をすると開いた傷で死に至る可能性もある」
「大丈夫。絶対に、絶対に死なないから。死んでなんかいられるか」
「結希がそこまで言うなら信じよう。
三つ。クインの体の一部だ。髪の毛とかでも良い。何だったら血の一滴でも構わない。私達も探したのだが見付からなかった。無茶を言う様だが、これは絶対に必要な物だ。心当たりがあればいいのだが……」
つまりはDNAを採取できる物が必要という事か。
何かあったか……あっ……。
「ん? 何か思い出したのか?」
僕の変化を、目敏いクラビスさんに気付かれた。気付かれてしまった。
「何だ? 大事な事だ。隠さず教えてくれ」
アルモニカに真剣な顔で促されると、断ることなど出来ない。
アルモニカも真剣なのだ。僕の為に本気で取り組んでくれている。恥ずかしいから言いたくないなんて言訳が、出来るはずもない。
顔を真っ赤になっているのを自覚しながら、アルモニカに囁く。
(クインの……その……せい……なら……)
マザーとの戦いの前夜、その……うん……まあ、なんだ。
お楽しんだ名残が……お腹の中にまだ……。
ずっと一緒に居るわけで、お互い好き同士なわけだし、まあ当然そういう流れにもなるわけで!
自己弁護完了!
アルモニカも顔真っ赤にしちゃってるし!
(いや、その……何というか、済まない)
僕とアルモニカが小さくなってもにょもにょと小声で囁き合っているところに、クラビスさんが割り込んで来る。
「クインのアレでも残ってたか?」
「デリカシーという物を知らんのか貴様っ!」
ボグゥ! とアルモニカの渾身の一撃が、クラビスさんの顎を打ち抜いていた。
このこのこの! と倒れたクラビスさんにスタンピングで追い打ちまで……。
「ふぅ……。まったく。言葉は慎め。口は災いの許だと知れ」
「どうどう……」
僕よりアルモニカの方がブチ切れていて、僕がアルモニカを宥めるというおかしな構図になってる。
「この馬鹿は放って置いて、運よく三つの材料に目星がついた。これでクインの肉体を蘇生する事が出来るだろう。しかしここからが一番の難題だ」
「というと?」
「クインの人格の再構成だ。手順としてはこうだ。クインの祈力を骨格に、結希の中にあるクインの記憶で肉付けし、出来るだけ多くの人のクインの記憶とクインへの祈りで整える」
「それで本当にクインが……?」
「保証は出来ない。誰もこんな事はやった事がないからな。生き返ったクインが、元のクインと同じかどうか、それだって分からない。結希の事を覚えていないかもしれない。それでも──」
「やる」
僕は即答した。考えるまでもない。
アルモニカの危惧する所は
クインは望まないかもしれない。
クインはクインなりに、満足して死んでいったはずだ。
でも僕は、まだ、まだ、まだまだまだまだまだまだまだまだ……まだ!
い─────────────っぱい! クインとやり残した事があるんだ!
クインが僕を忘れてしまっていたって、また僕を好きにさせてみせる。
「全てが成功してもいつクインが目覚めるかは分からない。クインが目覚めるその時まで、
「もちろん」
「そう言うと思った」
嬉しそうにアルモニカは笑った。
「だが、記憶と祈りを集めるのは容易ではないぞ。特に数が必要だからな。何か考えはあるのか?」
「うん。それなんだけど、こんなのはどうかな──」
「──なるほど。良いんじゃないか。私も是非協力させてくれ」
「ありがとう。アルモニカ。本当に……ありがとう」
「それは私──いや。私達ムーシカの民全員の台詞だ」
そして二年の月日が流れた。
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