四章 その③
そうだな。仮に、星を消すのに比べると、凄く、すごーーーーーーく難しいんだけど、マザーのナノマシンだけを『魔法』で消す事が出来るとしよう。マザーのナノマシンはこの星のあらゆる所に、そしてあらゆる生命の細胞にまで侵食している。それらを消滅させた時、この星が、生命が、具体的に言えば、ムーシカの人達が生きている保障はない。取り敢えずで試してみる事も出来ない。
どうしても『魔法』でやるとするなら、「マザーのナノマシンだけを、一切他に影響を与えずに全て同時に消滅させる」という方法しかない。ただ、そんな事は出来ない。ナノマシンをただ消滅させるだけの事すら、実際の所出来はしない。
僕の『魔法』は対象が増えれば増える程、一度にやる事が増えれば増える程、結果のレベルが落ちていく。意志の力が分散してしまうからだ。
正直僕は敵を侮っていたと言わざるを得ない。
僕の勝手な想像で、今目の前にあるようなおっきな機械をぶっ壊すか、最悪でもこの国の全電力を喪失させるくらいで何とかなるだろうと踏んでいた。
大誤算なのは僕の方だ。
何が救世主だ。
目の前にラスボスがいるというのに、ただ手を
こうなったらもう、こっちに残って僕が寿命で死ぬまで、徹底的にロボとその製造工場を壊して回るか? それで何十年か分からないけど時間稼ぎは出来るかもしれない。何となく、それにも対応したより厄介な物に進化してしまう気しかしないけど。
「異郷の友人達。他に私に聞きたい事はありますか?」
「さっきから……いや、最初から気になってはいたんだけど、その異郷の友人『たち』とはどういう意味だ?」
僕はマザーを倒す事を半ば諦め、そんな肌に棘が刺さった程度にしか気にしていなかった、割とどうでもいい事を聞いていた。
「そのままの意味です。あなた達はムー大陸の先住民でも、このドクトリナ共和国の人間でもない、私が敵対する必要のない人達だという事です」
んん? どういう事だ?
急におかしな事を言い始めたぞ。
僕は確かにマザーの言う通りだ。そもそも、真面な人間ですらない。
でも、クインは違うはずだ。
ムーシカで生まれ、育ち、今ここにこうして居る……。祈力だってあるし、祈法だって使いこなしている。生粋のムーシカの民だ。決して『異郷』のなんて言われる必要のない人間のはずだ。
そう。そのは……ず……。
いや、そうだったか?
初めてベッドで一緒に眠った時の事を思い出した。
『十年ほど昔に、王様に拾われて育てていただいたのです。それ以前の記憶は曖昧で、思い出せません』
そんな様な事を確か言っていた。
それを僕は、魔軍との戦争で孤児になったものだとばかりに思っていた。両親を亡くした辛い記憶を掘り起こす事はないと思って、その事を深く追求する事もして来なかった。
僕は気付けばクインを見ていた。
クインは少し困った様な、何かを諦めた様な表情を浮かべながら、笑っていた。
でも僕にはクインが泣いている様に見えた。
「クイン──」
思わず声が出、自分でもどうしたいのか分からないまま伸びた手が──
空を切った。
「クイン?」
「結希……すみません……」
僕の手を避ける様に立ち上がったクインは、マザーへと歩み寄って行く。
目の前の巨大な装置は確かにマザーだけど、所詮はマザーを構成する要素の一つでしかない。あれを壊した所で、何の意味もない。
「騙す心算はなかった事だけは信じて下さい。私も本当に記憶が無かったのです。マザーと名乗るコレに出会うまでは」
クインは巨大装置に触れながら、泣きそうな笑顔を向けて来る。僕はクインのそんな顔は見たくない。もっと楽しく笑っていて欲しい。そんな顔をされたら、僕の方が泣きたくなってくるじゃないか。
「
クインが短く呪文を発すると、クインの体に薄っすらと文字の様な物が浮かび上がり始めた。
何かが
そんな予感だけが募り、焦燥に駆られているのに、何故か僕の体は動いてくれない。
ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ!
そうしてる間にも、クインの体をびっしりと埋め尽くすムーシカの文字が淡い光を放ち始めている。祈法の卵に似た光を放つ文字が、次第に強く輝き出し、クインを覆い尽くして行く。
何だ!?
一体何が起きてる!?
あれは祈法なのか?
『警戒レベル黒の祈法を検知。
それまでのマザーとは思えないほど機械的な音声が部屋に流れると、一斉にクインを狙って銃のような形をした武器が、部屋の至る所からせりだして来た。
クインをあのままにしておいちゃダメだと、僕の勘が告げている。でも、今はこの銃を何とかするのが先だ。
「クソっ! この時間が惜しい時にっ!」
それまで金縛りにあった様に動かなかった体が、クインを護るためにはスムーズに動いた。
剣で斬っているのでは遅い。『魔法』で無数の短剣を生み出し、射出。せり出して来た銃を全て破壊する。
「ありがとうございます。今の私は動けないので、助かりました。どうしても今は邪魔される訳にはいきませんので」
「クイン! 何をしてるんだ! こんな事は聞いてない!」
マザーによる攻撃はこの程度では終わらず、次々と銃が壁から、床から、天井からせり出して来る。一体どれだけあるんだ!
その度に全ての銃を破壊していく。
「すみません。何も話せなくて」
「そんな事、気にしてない!」
「私は……私も、結希と同じです。真面な人間じゃ、無かったんです」
「それが何だって言うんだ!」
『射撃武器での排除は困難と判定。
音声と同時に部屋のドアがスライドし、一機の人型ロボットが入って来るや、凄まじい速さでクインに向かって剣で斬り付けようとしている。
「邪魔だ!」
『魔法』で生み出した剣を一振りして、一瞬で決戦機とやらを両断して沈黙させる。
「これから私がする事を言ってしまうと、結希が絶対に止めると思ったからです。そして私は、結希に止められたら、きっと果たせなくなってしまうから。だから……」
クインの目から、一筋、涙が流れていた。
「クイン!」
『戦闘情報の修正を実行します。それに伴い、戦闘空間の解放を実行します』
マザーの宣告と同時に、部屋の壁が全て消え去った。そして壁の向こうに元から待機していたんだろう、大量の人型ロボットが群れを成して襲い掛かって来た。
「鬱陶しい!」
一番最初に近付いて来た奴に向かって剣を振るう。
バヂィィィィィィ!
防がれたっ!?
何か特殊なフィールドを盾状にした物で、どんな物質でもぶった切れるように『魔法』を掛けてある剣の一撃を受け止めたのか。
反応速度もさっき真っ二つにした決戦機より、速い。
ムーシカに来てた連中と比べると、その強さは桁違いだ。
こいつら全部が上方修正した決戦機と見た方がいいか。
「クソっ!」
クインは……? 拙い!
「させるかっ!」
今にもクインに斬り掛ろうとしていた一機を、強引に間を駆け抜けて横から力一杯蹴り飛ばす。その勢いのまま、クインに向かう決戦機に斬り掛って行く。
一機、二機、三機──。
「結希!」
「ぐっ……」
背中に灼ける様な痛みが
斬られた。だけど、浅い。
常時展開している『魔法』のバリアが易々と突破されていた。
お返しとばかりに剣を振るが、またしても盾で受け止められる。
そうしているとまた別の決戦機がクインを狙う。
クインを狙う決戦機は僕に注意を一切払っていない。お陰で簡単に斬る事が出来るけど──
「づぁ……!」
僕を狙っている奴は、その隙を見逃してはくれないようだ。
ギリギリで身体を捻って致命傷は避けたけど、脇腹を深くやられた。
『魔法』で応急処置をして止血しておく。血を流し過ぎると戦えなくなる。
しっかりと治療したい所だけど、そんなのを待ってくれそうにもないしな。
そうしている間にもどんどんクインを狙って来るし。
クソ! クソ! クソクソクソクソクソクソクソクソ!
斬って、斬って、斬る!
斬る斬る斬る斬る斬る斬る!
敵を一機斬る毎に、敵から一つ斬られている。
こいつら一機一機が、スピードもパワーも今の僕より強く設定されている。やり辛い事この上ない。
だけどそんな事、気にしていられるか!
手は動く。足もまだ付いてる。
なら十分!
とにかくがむしゃらに、クインに向かって行く敵だけを斬っていく。
僕に来る奴は無視だ。空気だ。相手にしている暇も余力もない。
どれだけ斬った?
敵はあと何機残ってる……?
視界が定まらない……。
クインは無事か?
意識が敵から逸れたその一瞬──
「ぐは……っ!」
胸を貫く衝撃に息が詰まった。
下に視線を向けると、尖った金属の棒が、左胸から生えてるじゃないか。
「は……はは……ガフッ……!」
「結希……っ! もう逃げて下さい! あなただけならまだ!」
「はは……冗談……」
胸から生えた金属の棒を無造作に掴んで、握り潰す。
プリンかゼリーでも握り潰すみたいに、グチャっと潰れた。勿論『魔法』の力だ。
「クインを、こんな所に置いて行く……くらいなら、ここで、一緒に、死んだほうがマシだ」
次の一機がまたクインに襲い掛かろうとしている。
くそ。どうした。足が……動かない。
見ると、足はもう、胴体と繋がっていなかった。
笑える。もう痛みも感じなくなってるなんてね。
胸に刺さった剣で支えられている状態か。
そりゃ動ける訳ない……か……。
だからどうした!
僕に剣を突き立てているヤツの頭を、鷲掴みにして引っこ抜いて、クインを狙う一機に向かって投げ付ける。
『魔法』で加速された決戦機の頭部は、狙い通り土手っ腹にめり込んでそのまま奥へと吹き飛んで行った。
「はは……ザマアミロ……」
笑う僕の正面に新たな決戦機が立ち塞がった。
邪魔だ。クインが見えないだろ……。
「結希─────────っ!」
クインの叫ぶ声が、随分遠くに聞こえる。
心配掛けちゃってるなあ……。大丈夫。僕は、まだ戦えるよ。
そいつの剣が、僕の胸の真ん中を、貫いて行くのが分かる。
ゆっくり……ゆっくり……。
何だこいつ。焦らして遊んでいるのか?
はは……。そんな訳ないか。
ゆっくりに見えているだけだ。
これが漫画で良く見た、走馬灯ってやつなのかな。
色も形も区別がつかなくなった僕の視界で、一際強い光が輝いていた。
「我らが
それは祈法の呪文じゃなかった。でもそれは、世界を、運命を、そして未来を決定づける、力ある言葉だった。
光が爆発し、視界の全てがクインの放つ光に包まれた。
僕の死にかけの体を、クインの暖かな光が包んでいる。優しい光だ。でもその光の膜の直ぐ外、世界を包む光からは何も感じない。暖かさも冷たさも、明るさも暗さも、喜びも悲しみも、希望も絶望も……。その事に僕は恐怖を覚え、知らず知らずのうちに体が震えていた。
地獄を煮詰めた様な
恨みも憎しみも、全てがたった一つの、透き通る程に純粋な祈りへと昇華されている。
どれ程の憎悪と絶望が積み重なれば、こんな事になるのか。
僕には想像もつかない。だからこそ、恐怖を感じた。
これがクインの使命……?
こんな負の極致の光で世界を覆うことが、クインの果たすべき役割だったと?
こんなクソみたいな役割を、あのクインに押し付けた連中、全員纏めてぶっ飛ばしてやりたい。
光に包まれていたのはどれくらいの時間だろうか。
一分? 十分? 一時間? それとも──。
気付けば光は失われていた。
長かった様な、短かった様な、時間の流れから切り離されていた様な感覚だ。
多分短かったのだろう。
じゃなければ僕がまだ生きている理由が説明できない。
致命傷を受けていた所に、止めまで刺されている最中だったんだから。
それにしてもさっきから妙に意識がハッキリしている。
視界も良好。気分もスッキリ。
手足もこんなに軽々と動く。……動く?
って、何じゃこりゃああああああああああああ!
足が生えとる!
斬られた足が落ちてた場所を見ると、そこに足は無かった。
なーんだ、くっついただけか……。ふう。ヤレヤレ。驚かすなよ……。
って何でくっついたし!
胸の傷も、完全に消えてる……。
まるでゲームの全回復みたいだ。
「良かった……。何とか間に合ったみたいです……ね……」
クインの、今にも消えてしまいそうな声に、ハッと振り向く。
そこには、それまで眩いばかりに輝いていた文字から光が失われ、まるで力を使い果たしたように──いや、力を使い果たしたのだろう。クインが、立っているのもやっとといった感じで、マザーの巨大装置にもたれ掛っていた。
「結希……もう、大丈夫です……。終わり、ました……」
「クイン……っ!」
だけど何かが劇的に変わった様子はない。
マザーが消えていたりもしない。決戦機達も残ったままだ。
でも、マザーからの攻撃は止んでいる……?
さっきまでと変わった事と言ったらそれだけだ。
クインがした『何か』は、これで成功という事なのか……?
「僕の傷が治ってるのは……」
「言った……でしょう? 私は、癒しの、祈法が……得意だって」
もう立っている事さえ辛そうなクインを、慌てて抱えて支える。
その体は驚くほどに、……軽かった。
まるで抜け殻みたいだ──。
「だからって、当分無茶は……しないで、下さい……。祈法で、無理矢理、塞いだり……くっつけたり、した……だけですから……。今度こそ、本当に、死んでしまい……ますからね……」
クインは満足そうに、そしてどこか寂しそうに笑っている。
「はぁ……何とか、上手く行きました……。これで、私の使命も、果たす事が……できました」
「クイン……僕は……、僕はっ!」
「泣かないでください。最期に見るあなたの顔は、笑っていて欲しい……です」
クインに言われるまで気付きもしなかった。
僕の両の目から止め処なく涙が溢れていた事に。
「何で! どうしてだ!」
「そうですね。あと、どれくらい時間が残されているか、分かりませんが……思い出した事を、お話し……しますね」
そう言ったクインの体が、少しずつ、少しずつ、淡い光となって溶けて消えていく。
何だそれ……。
何だっていうんだ! 何でクインが消えなくちゃいけない!
「私は、マザーによって滅びの道を……辿った、未来から送られた、DNAの一片にまで、祈法を刻み込んだ……いわば、人造祈法人間です。覚えて、いますか……? アコルディオン砦を……。私は、あれと……同じです。ただ、人の形を……している、という違いしか、ありません……。全ての
だったら……だったら僕が!
『魔法』で祈力を作ってクインに送れば……!
「無駄です。結希……。それは僅かばかり、私が消えるのを……先延ばしにする事しか、できません。もう……私には、祈力を維持する事が……できません……。砕けたコップに、水を注いでも……水は溜まらないように……」
「やだ……。嫌だよ……。居なくならないでよ……!」
「私の、使命は、マザーが……未来、永劫に……、人々に……不幸を、ばら撒かない……ように……する事、でした。そして、それは……成功、しました……」
もう、クインの体は透き通るほどに薄くなってしまっている。
必死に繋ぎとめようと祈力を注ぎ込み続けているけど、クインが言う通り効果はない。
「後悔は……ありません……。たった、一つ……。心残りが、あると、すれば……。あなたを、残して……逝ってしまうこと、だけです……」
「ごめん……。ごめんなさい……。僕が……、僕にもっと凄い『
「そんな事は……言わないで、下さい……。あなたは……私が……、私の、選んだ……
最高の……私だけの、救世主様……でした……」
クインの消えかけの手が、僕の頬をそっと撫でた気がした。
そこにはもう、何の感触もない。
でも、僕はその手を、決して離さないと、握り締めた。
例えそれに、クインを引き止める力がないと分かっていても。
「ああ……。やっぱり、あなたの……笑顔は……、素敵……で……」
最後まで言い終える事無く、クインは光の粒となって、虚空に消えた。
僕は、クインが言うように、本当に笑顔でクインを見送れただろうか。
僕は声が枯れるほど、泣いていたから。
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