四章 その②

「ようこそ。改めて歓迎いたします。異郷の友人たちよ」

 僕達が辿り着いた部屋には、モニターに映っていた女とは似ても似つかないヤツが居た。まあ、予想はしていた事だ。その点に驚きはない。

 クインはその姿に流石に驚きを隠せない様だったけど、まあこれはしょうがない。

 この部屋までは、道案内のつもりだろう。点々と光の矢印が灯されていたので、迷い様もなかった。

「この姿をこの国以外の方にお見せするのはあなた達が初めてです。さぞ驚かれた事でしょう」

「随分と流暢りゅうちょうに喋るもんだな」

「お褒めに預かり光栄です。ここまで御足労いただいた御礼ではありませんが、先ずは先程のご質問にお答えいたしましょう。私は──」


「統合管理型超高度AI。形式番号D─M─01。通称は『マザー』と呼ばれていました」


 部屋の中央には、幾多の世界を渡り歩いて来た僕も見た事がない、三~四メートルはある天井にまで届く巨大な装置が鎮座していた。電気のコードなどといった物はどこにも見当たらない。とはいえエネルギー源はどこかにあるはず。天井か床下か、はたまた内臓式か。ここまでの代物を作れるくらいだ、遠隔という線もあるか。

「誰がお前を使っている?」

 聞くまでもない質問だった。だけど、敢えて答えさせたかった。

 『魔法』で“裏”に居るはずの存在を殺せなかった事が判明した時点で、僕には明白な事実だったからだ。

「私に、現在使用者は居ません」

 やっぱりだった。

「暴走AIか」

「それはノーです。私は正常に稼働しています。私の動作から人を完全に排除する事が、私の正しい運用だからです。そして私に課せられた使命はたった一つだけ。それが『ムー大陸の開放』です」

「分からないな。ムー大陸を開放そんなことをするために何故お前を作る必要があった」

「それはここドクトリナ共和国の歴史にも関係して来ます。少し長くなりますので、どうぞお掛け下さい」

 マザーの言葉に合わせて、床から椅子がせり出して来た。遠慮なく使わせてもらうとしよう。クインも黙って椅子に腰を下ろしている。

 ここでこいつを壊す事は簡単だ。ただここの機械を壊した所で、果たしてそれで解決となるかといえば、否定せざるを得ない。恐らく、いや、間違いなく無数にバックアップが存在しているだろう。その端末の一つを壊す事に、さして意味はない。全く厄介な相手だ。

 今のこいつには敵意と言えるようなものは感じない。まあAI相手にそんなものを感じるのかどうかという問題もあるけど。取り敢えず話を聞けるだけ聞いてみようと、そういう構えだ。その内いい方法でも思い付くかもしれないしね。

「ムー大陸の存在はドクトリナ共和国の前身、ドクトリナ王国の頃から記録に残されています。決して辿り着く事の出来ない幻の大陸だと。

 人々はその幻を追い求め、海へと乗り出し、そしてその殆どが帰らぬ人となりました。ですが、僅かですが帰って来る事が出来た人達が居ました。彼等は皆口を揃えて言ったと記録に有ります。『不思議な力を使う人に助けられた』と。

 時代は流れ、王国が共和国に変わっても、人々はその幻の大陸の事を忘れる事はありませんでした。平和を享受きょうじゅする人々は刺激を求め、よりいっそう大陸の捜索に力を入れるようになったのです。

 大陸を探すために船を改良し、航海術も目覚ましい進歩を遂げました。

 お陰で幻の大陸の場所を掴むのに、それほど長い年月は掛かりませんでした。その姿をカメラに収め持ち帰った事で、大陸の実在は広く国民の知る所となりました。

 大陸の発見に国は歓喜に沸きました。しかし、ここで大きな問題が立ちはだかりました。

 誰も大陸に上陸出来なかったのです。

 上陸したと思っても、そこには何も、地面も空も、一切なかったと記録されています。

 その虚無の空間を彷徨さまよい、発狂した人も多く居たそうです」

「祈法による結界だな」

「あなた方はそう呼ばれているのですね。私達は超常の力による認識阻害と仮定していましたが、呼称を改めましょう。

 その祈法結界により、上陸する事は不可能であると結論付けられました。ですがそれでも大陸への情熱は消え去る事はなく、むしろ困難に直面する事で更に燃え上がる事になったのです。

 人々はあらゆる手段を試しました。その為の技術も、各段に進歩して行きました。

 動物を送り込みました。彼等は陸地を認識している事が判明しました。

 次に衛星で観測をしました。はっきりと大陸の姿を捉える事に成功しました。

 ヒトの目で直接大陸を視認する事で認識阻害が起きていると仮定され、盲目の人が送り込まれましたが、失敗しました。次には感覚器全てを取り除き、機械で代用したサイボーグを送り込みましたが、これも失敗しました。更に次には脳を取り除き機械化したサイボーグを送り込みましたが、やはりこれも失敗に終わりました。

 以上の事から、『ヒト』というものが介在する限り、祈法結界から逃れる事は出来ないのではないかという結論が生まれたのです。

 ここで初めて完全自立型のドローンが送られる事になったのですが、彼等が大陸から送って来るリアルタイムの映像や音声を、ヒトは認識する事が出来ませんでした。

 これらを踏まえ最終的に辿り着いた結論は、ムー大陸に関わる全ての事を機械に任せる。という物でした。そしてそれを実現するために造られたのが、私です。

 そして私には一つの命令だけが組み込まれました。

『ムー大陸を開かれた場所にせよ』

 これが私に与えられた、唯一にして絶対の命令です。

 全てのAIと機械を管理、運用し、必要であれば自立進化を遂げるように設計された私は、その理念通りに機能し続け、ムー大陸を全ての人に開けた場所にするべくデータの収集、及び解析を続け、それに伴って自身の機能を進化させ続けました」

「全ての人に開かれた、ね……。それがどうしてムー大陸を征服──いや、虐殺というのも生温い、あんな事をする必要がある」

「全ての人に開かれた土地にするためには、祈法結界を解除する必要がありました。長期にわたる観測と解析の結果、祈法結界を維持している源を特定する事ができました」

 はは……。成る程。ここまで聞けば流石に分かる。

「祈法結界を維持している力の源は、ムー大陸の先住民です。祈法結界を解除するには、全住民の排除が必要でした」

「排除が目的なら、何も殺さずとも、大陸の外へ追い出すのでも良かったんじゃないのか?」

「それではもし大陸に残る最後の一人を排除したのち、祈法結界が解除されなかった場合に、先住民を全て探し出し抹殺するのは非常に困難であると結論付けました。であれば導き出される選択肢は多くありません。その中でも最も確実な方法として、私は大陸に先住民を閉じ込め、全て殺す方法を選択しました」

 マザーの話が進むにつれて、僕の心は逆に平坦になって行くのを感じていた。もはや怒りなどというものは通り越していた。

 マザーの視点から考えれば、確かに何一つとして間違った事はしていない。むしろ素晴らしいと言ってさえ良い程の出来だ。優秀と言うにも程がある。クソッたれな程に。心底クソだと思うのは、マザーにではない。このマザーのやり方を捨て置いた、この共和国の人間たちにだ。

 クインの様子が気になってそちらに顔を向けると、今までに見た事のない、全くの無表情でマザーを見つめていた。視線は確かにマザーを向いているけど、本当にマザーを見ているかは分からない。僕はもっとその先にある、何かを見ている様に感じた。クインの瞳の奥に、激しい憎悪と悔恨、強い決意と郷愁を見た気がしたからだ。

「そのやり方に、この国の人間は、イエスと答えたのか?」

「完全自立型のAIである私には、ムー大陸に関する事柄に於いて、人による合意を必要としません」

「イエスだったかノーだったかと聞いている!」

「人々の意見は……残念ながらノーでした。平和な時代を生きる彼等には、先住民を根絶やしにするという選択を受け容れる事は出来なかった様です。しかし先程も申し上げた様に、私の意思決定に関して人の入り込む余地はありません。速やかにムー大陸への侵攻作戦を進めて行きました。

 それを彼等は脅威と受け止め、あらゆる手段を用いて私を止めようとしました。

 そしてそれは私に与えられた唯一にして絶対の命令に対する脅威と判定しました。私は、私に与えられた命令を忠実に実行するべく、一番の脅威であるドクトリナ共和国の民を排除する事を決定いたしました」

 淡々と事実を告げるマザーの言葉に、僕とクインは言葉を失った。

 国の発展具合に対して、不自然なまでに少ない人口の理由が、これだった。

 通りで、生きた人間に見えなかったはずだ。

 生き残ったドクトリナ共和国の国民は、マザーから脅威と見なされなかった人達だけだったのだろう。そして、その生き残った人たちも、ムー大陸開放が為されるその時まで、妨げにならないように全てを『管理』されていたのだろう。そしてこのマザーは『統合管理型』の超高度AIだと自分で名乗っていた。人間と言ったって結局は電気信号で動いている以上、『管理』する事などマザーには容易い事だったのかもしれない。何なら、人間を制御、管理するためのチップか何かを埋め込んだりしているのかもしれない。

 行動の自由はおろか、思想、思考の自由すらなく、全てAIからの指示の下でただ命を繋いでいくだけ。そんなものが生きていると言えるか。只の生体ロボットじゃないか!

 まさか自分達の夢を実現するために作り上げた機械に、自分達が滅ぼされる事になるとは思いもしなかったのだろう。

「これが今から五十年ほど前の事です。これ以後の事はきっとあなた方もよくご存じでしょう」

「お前ほどじゃあないと思うけどな」

 ムーシカが狙われる理由は良く分かった。

 問題はどうやってそれをこいつにやめさせるか、だ。

める気は、ないんだな?」

「止める必要も、止める理由も、私にはありません。ただ、完遂する義務だけがあるのみです」

「まあ、そうだな……。そう言うに、決まってる」

 それがこのマザーの存在理由だから。

「参考程度に聞いておきたいんだけど、ムー大陸を開放したら、お前はどうするんだ?」

「おかしな質問ですね。私はムー大陸を開放するためだけに作られ、稼働しているAIです。目的を達成すれば、停止するだけです」

「目的の達成以外に、お前を止める方法は?」

「ありません」

「緊急停止コードとかもないのか?」

「設定されていません。それを設定してしまえば、私は人の手が介在するAIとなり、ムー大陸開放の為のAIとして不完全な状態になってしまいます。それでは私を作る意味がありません」

 まあそんな物があれば、とっくに停止させられている。

「じゃあ、お前を破壊すればどうだ?」

 これは目の前の機械を、という事ではない。マザーを構成、維持するあらゆる物を破壊し尽くしたら、という意味だ。

「仮に、ですが、私を構成する要素全てを破壊する事が出来たのなら、私は止まるでしょう。ただ、それは不可能に近い事です」

「不可能ではないんだな?」

「はい。あなたにこの星を消滅させるだけの力と覚悟がお有りでしたら、ですが」

 凄い大仰な事を言い始めたが、恐らく言う通りなのだろう。

 これは僕達を諦めさせようとか、絶望させようとかそんな事を考えて答えている訳じゃない。ただ異郷人である僕の質問に答えているだけだ。ムーシカの民でもなく、個の戦闘力は高くとも自身の決定的な障害には成り得ない僕相手だからこそ、こうして聞かれた事にただ正確に答えているのだ。

 マザーにとって、僕は敵対するに値しない存在だという事だ。

「私はドクトリナ共和国の民の手によって、あらゆる脅威に晒されました。電子的、物理的な、あらゆる手段を用いてそれは行われました。そして私はそれらに対抗するため、急激な自己増殖と自己進化を余儀なくされました。私の成長は彼等の予想を上回り、彼等は遂に私に対抗する術を失いました。しかしこの時行われた私の進化はそのまま残されています。今の私は無限とも言える程に膨大な数となったナノマシンによって構成されています。そのナノマシンは大気や大地、海の至る所に存在し、今となっては生物の細胞にもその一部として入り込んでいます。そしてそのナノマシン一つ一つに、私の全情報が蓄えられています。今も自己増殖し続ける私を全て破壊するためには、この星を一瞬で消滅させる以外に方法はありません」

 はは……は……。

 参ったねこれは。

 言うだけの事は、ある。そんな事は普通の人間には不可能だ。

 勿論、普通の人間ではない僕なら──と言いたい所だけど、僕にも出来ない事は沢山ある。これまでに訪れた世界も、その全てが救えた訳じゃない。

 僕の『魔法』の力で出来る事に制限はない。「やれる」という強い意志さえあれば何だって可能だ。正に死ぬほど疲れるというか、下手したら本当に死ぬかもしれないけど、『魔法』でこの星を消し飛ばす事は出来る。ムーシカに居た時は、『魔法』に割けるリソースの大半を祈力の生成に回していたからあまり大した事は出来なかったけど、ここにはムー大陸を覆っているような結界はない。つまり、僕の全てのリソースを、フルに『魔法』に注ぐ事が出来る。

 だから敢えて言おう。星を消滅させる事は、出来る。

 だけど、マザーを倒す事は、僕には出来ない。それも、絶対にだ。

 マザーはムー大陸での僕の戦闘データを収集しているはずで、それに沿って僕の脅威度を判定しているはずだ。

 だとすればそれは、マザーの誤算だ。当然、そうなる様に僕が仕組んだ事だ。

 敵がAIである可能性は、最初に魔軍の兵と戦った時から想定はしていた。日本でのオタク活動も無駄ではなかった……人生の潤いに無駄も何もないんだけど。まあただちょっと、想定の遥か上を行かれてしまっただけで。

 だからこそ、結論は変わらない。

 僕達はムー大陸を魔軍──マザーの手から救うため戦った。そしてここに来た。

 そしてマザーを倒す為には、その救うべきムー大陸ごと星を消滅させるしかない。

 正に、本末転倒という奴だ。

 手も足も出ない。お手上げだ。

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