三章 その④
「急にどうしたんですか!」
「クイン! 良い案を思い付いたんだ!」
僕とクインは今、アコルディオン山脈を遥か眼下に見る高さにまで上がって来ていた。
「それは良かったですけど、どうして突然空に?」
「勿論、それが必要だからに決まってる!」
「落ち着いて下さい結希。説明を要求します」
「ああ! そうか! 説明ね。説明。うんうん。それは大事だ!」
自分の閃きに興奮しすぎてるのは多少自覚はある! でも抑えられないんだ!
「星を落として、奴らを叩き潰す!」
フゥーッ!
ゲームでも割と最強クラスの魔法みたいな事を、実際に自分でやる事になるとはね!
興奮度マックスだよ!
「星を……落とす?」
僕の異様なテンションにクインは困惑気味だ。でも止められないゼ。
「そう! 星降祭で降らせた星を、そのまま奴ら目掛けて叩き付ける!」
「──っ!? そんな事が出来るんですかっ!?」
「やった事はないけど、今の僕には出来る気しかしない!」
僕の『魔法』にはこの出来る気が大事だ。物理の法則やら何やらは全て無視して効果を発揮する僕の『魔法』は、僕の意志が全てを決める。僕が簡単そう、出来そうだと思ってる事は何でもできるし、逆に無理そう、難しそうだと思ってる事は、他の人なら簡単にできるような事でも何度やっても失敗する。
そして今の僕は、降って来た星をあの魔軍の船団にぶつけるのは簡単だと、そう思っている。ならば、それは僕の『魔法』で出来てしまうという事だ。
問題があったのは二つ。
一つは星を降らせる事は僕には出来ないという事。
もう一つは着弾した星の衝撃波だ。
「という訳でクイン。祈法で星を、流れ星の元──流星物質を集めて欲しい」
「待って下さい! 私にはそんな凄い祈法は使えません!」
「クイン一人じゃ確かに無理かもしれない。けど、今、この大陸の上には、おあつらえ向きにこれだけの数の祈法の卵があるじゃないか。しかも篭められている祈りは僕達の目的に合致している」
僕達の眼下には、数えきる事など到底出来ない程の、莫大な数の祈法の卵が──大陸中の人々の、星降りへの願いがある。
「──結希。あなたは、本当に……凄い事を思い付く人ですね」
「出来そう?」
「分かりません。が、やって見せます」
クインならきっとやってくれる。これで問題の一つはクリアした。
残る問題はあと一つ。
「では早速始めましょう」
「あ、ちょっと待って」
「何ですか。人がやる気を出しているのに」
「星を落として魔軍を倒すのは良いんだけど、その時に凄い爆発が起きるはずなんだ。その衝撃波がどれ程になるかがちょっと想像つかなくてね。ムー大陸もだけど、余所様にあまり迷惑を掛けるのもね」
それどころじゃないと言えばそれどころじゃないんだけど、自分達が助かるために何万、何億という犠牲が出ても気にしない。という訳にもいかない。今からどこにどんな大陸や島があって、どのくらいの人間が居るかなんてことを調べて、被害予想なんか立てていられない。
採れる選択は二つ。
他は見捨てるか、被害を全て防ぐか、だ。
出来れば全て防ぎたいけど、それをどうやってやるかも問題だ。
流星物質が大気圏で燃え尽きない様に『魔法』で保護しながら、魔軍に当たる様に操作もしなければいけないから、流石に爆発の衝撃波全てを消し去る様な余力はない。力の問題だけではなく、僕の頭はそんなに賢くもなければ器用でもない。
「相手の攻撃を正面から受け止められない時は、避けるか受け流すかしますが、爆発の余波となると……」
「──! いいねクイン! それで行こう!」
そうだ。真面に受け止める必要なんかなかった。
「何だか良く分かりませんが、お任せします!」
クインが大きく息を吸い、吐き、深い集中状態に入ったのが分かる。
幾億の願いの力がクインに集まって行く。
クインはそれを取り込むでもなく、制御するでもなく、混然一体とした一つの塊として纏め上げているようだ。
周囲を覆い尽くす程に成長した願いの塊の中、クインは願いに寄り添うように静かに佇んでいる。
星を降らせる祈法など存在しないだろうに、どうする心算だろうかと見守っていると、
「御出で ませ 御出 でませ」
クインは静かに紡ぎ始めた。独特の祈法の呪言だ。
「空より 高き空 の神 我等 の祈り を捧げ 叶え給う 其は無限 の 星の嵐!」
クインの紡ぐ言葉が、人々の願いを祈力に変えて、人々の願いを祈法に篭めて、解き放たれた!
クインから放たれた光の柱は、地上から天上までを貫く一本の巨大な柱となっている。
光の柱は、次々と地上から生まれる続ける祈法の卵を取り込んでいる。
そうして集めた祈法の卵を自身の力に取り込んで天上──宇宙へと送り届けている。ように見える。
この祈法は、いま、ここで、クインが創り出した祈法に違いない。
上手く行く保障なんてなかったけれど、僕は何も心配なんてしていなかった。
ほら。見てみなよ、この空を。
空を埋め尽くすほどの大、大流星群を!
さあ、次は僕の番だ。
流星物質の中から一定以上のサイズの物だけを選別。
『魔法』でそれらをコーティングする事で、大気圏での空気の圧縮による熱エネルギーを保ちつつも燃え尽きさせない。
最大にエネルギーを蓄えたまま魔軍に叩き付ける!
かなりの集中力を要する『魔法』にじっとりと全身に汗が滲む。気にしている余裕もない。
クインの頑張りで弾は幾らでもある。
全部を掴み切る事は到底出来ないけれど、それでも十分に過ぎる量だ。
狙いすました流星嵐は、莫大なエネルギーを保ったまま魔軍の艦隊へと降り注いだ。
生まれる爆発。
爆発に次ぐ爆発で、さながら花火の水上自爆が乱舞している様だ。
流石にこの距離では音は伝わって来ない。
爆発が生み出した衝撃は、三角錐を逆さまにした形で展開している『魔法』の障壁に沿って、上空へと拡散している。
全てが順調、じゅん……ちょう……っ!
今までした事もないほどの『魔法』の並行使用に、頭が焼き切れそうだった。
流れ出た汗で、全身が雨に打たれたみたいな有様だ。
「ぐうう……ぅぅぅ……」
辛い! キツい! 死にそう!
でもまだだ。まだ残ってる!
感知している魔軍の反応は、まだ半分を切ったくらい。
疲労で段々狙いが粗くなってるせいで、効率が落ちて行ってる。このままじゃ……。
「結希!」
「──っ!?」
気が付けば、クインの顔が僕の目の前にあった。
目の前というか、触れる程というか、唇同士が触れ合っているという……かかかかか!?
これって、キ──
「クイン!」
慌てて顔を離すと、クインは少し照れながらもしっかり僕を見つめていた。
クインとの初めての口付けはロマンチックの欠片もなく、自分の汗でしょっぱい味がした。
「元気、出ましたか?」
「ああ!」
さっきまでの疲労が嘘の様に、頭はクリアになり、やばいくらい流れ出ていた汗も止まっていた。なんだったら、普段より調子が良いくらいだ。
これはきっと、クインとの愛のちか──
「良かったです。直接疲労回復の祈法を流し込む方法がこれしか思い浮かばず……。すみません」
「……」
「外から掛けるよりこうして中に直接送り込んだ方が効果がってあれ? どうしたんです結希。何か急に元気が……。やっぱり私では……」
「違う! それは違う! ただちょっと僕が思ってた事と違ってちょっとショックだっただけで、クインとの……その……キ、キ、キス……は、よかったです」
最後はもう消え入りそうな声になってた。
「そ……そう、ですか……」
僕が殊更恥ずかしそうにしているものだから、クインも意識してしまったようだ。
「と、とにかく! このまま一気に片付ける!」
照れ隠しにしては随分と豪快な事だと自分でも思う。
元気を取り戻した事で狙いが正確になると、弾数は変わっていないため、敵の数が減るに従って殲滅の速度が上がって行く。
魔軍の反応が全てなくなったのは、クインとキスをしてから僅か数分後の事だった。
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