三章 その②
「まず
「流れ星に祈りを捧げるんじゃなくて?」
僕が日本の風習を思い出して疑問を呈すると、アルモニカとクイン、二人とも不思議そうな顔をしていた。
「流れ星に祈って何になる。というか時間が短すぎて祈りが終わる前に消えてしまうだろ」
「うん。まあそうだね」
「世界が違うとそういう常識もやはり違って来るのか。興味深いな。まあいい。星降祭では願い事を書いた紙を、出来るだけ高い所に吊るして流れ星が流れるように祈るのが一般的だ。願い事の作法に関しては地方地方で違っていたりはするが、お祈りはどこも共通だ。これには理由があって、星が一つ流れる度に、誰かの願い事が一つ叶うとされているからだ。この日の願い事の数は凄いからな。自分のお願い事を叶えてもらうためには、それだけ多くの流れ星が必要になる。だから皆一生懸命お祈りする事になる。纏めると、星降祭とは願いを叶える星降りを祈願する祭という事だ」
「それはお祈りのし甲斐があるね」
「ああ。そして星降祭は毎年の祭りではなかったようでな、調べられた範囲では、かなり不定期に行われていた祭りの様なのだ。諸説はあるのだが、どれもいまいちピンと来なくてな」
「流れ星が、多い年を選んでやってた……とか?」
これも日本で得た知識だが、テレビのニュースでなんちゃら流星群とか言ってたのが脳裏を
「それだ!」「それです!」
アルモニカとクインが凄い喰い付いて来た。
「そうか! 天文か! 何故気付かなかったのか……。いや、しかし……」
「祭りと天文は切っても切れない関係。それは天体の動きには必ず周期があるからです。原始の祭りとは即ち、天への祈りの儀式。だからこそ星降祭が不定期に行われる理由から除外してしまっていました」
「うむ。つまり星降祭は不定期に行っていたんじゃない。不定期にせざるを得なかったのだ。何らかの理由でな。その理由も今なら
「はい。きっとそうでしょう」
「「最も星降りが見える年」」
二人が同じ結論に達した事に会心の笑みを浮かべ、再び固い握手を交わしている。
「特に大きく影響したのが気象条件ではないでしょうか」
「私もそう思う。おそらくだが、大陸全土で星降りが見られる事が絶対条件としてあったのではないだろうか」
「そうですね。それならここまで不定期かつ、祭りと祭りの間隔が非常に長いのも頷けます。中々大陸全土が晴天に恵まれるというのは難しいですからね」
「お二人さん。また話が逸れてるよ」
「はっ。いかんな。クインと話しているとつい、な」
「申し訳ありません結希様」
「いいよ。それで、その星降祭をやろうって事だけど、どうなの? 実際」
流星群の時期とか天気とかね。
「年は不定期だが時期は過去の記録から三つある。最も近い時期が来月の初旬だ。これは王都の天文部に調べてもらえば、具体的な日時が掴めるだろう」
「協力してくれるかな?」
「結希殿の御助力があれば必ずや」
「王国を挙げて盛大にやりましょう!」
クインもやる気満々だ。これは僕も身命を賭して助力せねばなるまい。
「問題は……」
「ですね……」
天気ばっかりは中々どうして、どうしようもないからね。
普通であれば運を天に任せるしかないところだろうけど、いま、この大陸には普通ではない僕が居る!
「天気に関しては僕が何とかしよう」
「本当かっ!?」
「ああ。大船に乗った
ドンと胸を叩いて請け負った。僕の『魔法』ならば、何とかできる、ハズ!
今までそんな事一回もやった事ないけど。不思議と自信がある。必ず成功させてやるぞーと決意を
「安請け合いして大丈夫ですか?」
「大丈夫。何とかする」
「できる、じゃなくて、するんですね」
それにコクリと一つ頷くと、「分かりました」と言ってクインはそっと離れて行った。けど、さっきまでよりちょっと近い位置に座り直していた。
「いける……。行けるぞっ!」
「何処に行くんですかい?」
「ひゃっ!」
ほとぼりが冷めるのを待って資料を取って戻って来たクラビスに急に声を掛けられ、アルモニカが可愛らしい悲鳴を上げていた。
「驚かすな!」
「ただ声を掛けただけでしょうが。周りの気配が分からなくなる程話が弾んでいたんでしょ。祭の話になると直ぐ周りが見えなくなるのは、お嬢の悪い癖ですな」
「うるさい! 資料を置いたらとっとと何処かに行け!」
「御礼もなしに失せろとは、酷い上司を持ったもんだ。ねえ? 救世主殿」
「いい加減その救世主殿は止めてくれ。結希って呼んで欲しいんだけど」
「ははっ! 分かりました救世主殿!」
僕が嫌がってるの分かっててやってるんだからタチが悪い。
「お・ま・え・は! 直ぐそうやって邪魔したがるから、どっかに行けと言っているんだ!」
アルモニカの雷が落ちたところで、ここらが頃合いと、
「全く……。よし。それじゃあ資料を基に細部を詰めて行こう」
僕達三人は夜遅くまで星降祭について話し合ったのだった。
翌朝から早速僕らは、星降祭実行の為の活動を開始した。
星降祭は昨日も話した通り、元から滅多に開催されていなかった祭だ。それが魔軍の侵攻もあって、この半世紀ほど真面に出来ていなかったらしい。そのせいで星降祭という名前は知っていても、実際どういった祭なのか知らない人が割と居たのだ。これは今日、まずは僕達と一緒に活動している開拓団からと星降祭の話をしたところ、「いいですね!」という肯定的反応が半分、「どんな祭でしたっけ?」というのが四割、そして何と一割も「何ですそれ?」と、星降祭そのものを知らない人が居たのだ。
これを由々しき事態と捉えたのは、言うまでもないだろうけど、クインとアルモニカだ。
僕としては、半世紀もやってなかった祭の事を知らない人が一割『しか』居ないって凄いな。っていうのが本音だ。それをそのままあの二人に言ったら、それはもう、凄い顔で睨まれました。あれを鬼の形相と言わずして何が鬼だろうか。ただその後、思わず涙目になった僕を見て、二人が慌てて謝って来たのは少し可笑しかった。二人にとっては知っているのが当然で、一割『も』知らない人が居た事が衝撃だったそうだ。
そこで改めて今日の僕らの活動は、開拓事業の合間を縫って星降祭の由来と内容を分かり易く簡潔に纏めた看板を作成する事だ。まあ元々単純な祭なので、難しい事は何もない。だというのに、看板が完成したのは何と陽が沈むころだった。
時間が無かったわけではない。むしろ僕ら、というか僕は暇な方だ。現場作業は兵士達や力自慢の連中が中心で進めていて、手伝おうとすると、
「結希様にこんな事はさせられねぇ。あちらの涼しい所で座って眺めていてください」
と丁重に追い払われる。
アルモニカはそんな現場仕事に汗を流す部下達や男衆に留まらず、彼等を世話する炊事係、洗濯係に救護係といった裏方の女衆まで差配。また、進捗を確認し遅れている所の様子を視察し、激励や発破やらを掛けたり、明日の作業予定を策定したりと忙しそうにしている。これらを毎日見事にこなして見せているところを見ると、やっぱり元司令官だけの事はあるなあと素直に感心する。開拓団の皆も、アルモニカの指示には良く従って行動している。それだけ信頼が厚いという事だろう。こればっかりは僕の『魔法』でも真似出来ない事だ。本当にアルモニカは凄い。流石にこれは手伝える事はない。
クインはというと、祈法で強化した身体能力で、中でも屈強な男が数人から十人以上は必要とされる様な力仕事──地球でだと、重機でやる様な作業だ──をテキパキとこなしていた。それもたった一人で。手伝おうとすると却って危険なため、完全に任せきりになっている。そういった重作業──重量的な意味で──が無い時は、資材の運搬といった、やっぱり力仕事に精を出していた。それも尋常じゃない量を運んでいた!
おまけに癒しの祈法が得意なクインは、それらの作業の合間合間や、救護係からお呼びが掛かると怪我人の治療にも当たっていた。
あんまりにもあんまりなので、手伝おうかと言うと、
「結希様はあちらの涼しい所でお休みになっていてください。そこで見ていて下さるだけで百人力です」
と言われ、丁重に追い払われた。あれ?
という訳で僕が開拓団で何をしているかと言うと、基本的には拠点の見回りをしている。意外と野生動物は沢山いて、危険なものも結構いるのだ。それらを見つけ次第追い払ったり、団のメンバー同士の
という訳で、最近は日がな一日拠点をブラブラと歩いているだけという、何とも手持ち豚さん……じゃない、手持ち無沙汰な状況だった訳で。
つまり、看板を作っているような時間に余裕のある奴が僕しか居なかったのが原因──ではなかったのだ。いや、むしろそんな理由ならどれだけ良かったか。
クインとアルモニカはそんな忙しく働いてる合間を縫って、結構頻繁に看板を作っている僕の所に来ていた。偶然か必然か、二人が同時に来る事はなく、そしてそれが看板製作が遅れに遅れた原因だった。
看板の材料となる木材は幾らでもあるので、クラビスさんに事情を説明して分けて貰った。鋸や釘などの工具も借りてきて、準備は万端だ。『魔法』でやってもいいけど、このくらいの事は手作業でやった方が楽しい。普段やらない事だからね。
看板自体の製作は順調に進み、作業開始から一時間程で完成した。完成した看板は、ここに星降祭の説明を絵にして描くという事で、少し大きめに作ってある。日本の規格で言うと大体B2くらいのサイズだ。形は至ってシンプルに何枚かの板を張り合わせて作った四角い板面と、目線の高さで自立できるように備え付けた脚が四本。以上だ。
「まあとりあえず、こんなもんだろう」
と完成した看板を、満更でもない表情で眺めている所にクインが来た。
「あ、形出来たんですね。流石結希様です」
「まあね。それほどでもないよ」
何でも褒めてくれるクイン。好き。
「あ、でもそうですね。ちょっと屋根みたいなの付けたらお洒落じゃないですか?」
と、そんな提案をして来た。
まだ時刻はお昼前。時間には大いに余裕があったので、軽い調子で請け負ったのが、後になって思い返せば失敗の始まりだった。
その後に来たアルモニカも、
「板面を黑くした方が、絵や文字が見やすくなるんじゃないか?」
と改善案を出してくれたので、その通りに加工した。
その後も、来る度来る度あーだこーだ言って来るお陰で、いつまで経っても完成しなかったのだ。
結局、二人が今日の作業を終えて合流するまで、ひたすら看板を修正し続けるだけという、何とも心労の溜まる作業だった。まあお陰で、看板は随分立派な仕上がりにはなった。それはもう、不必要な程に。
二人に仕上げの絵と解説の描き込みを任せ、僕はそれを眺めているのが最後の仕事だ。それというのも、何を描くかは昨日決めてあったので、二人が合流する前に僕なりに絵も描いておいたのだけど、何故か二人の手によって闇に葬られてしまった。力作だったのに……。
「画伯はあちらでお休みを。仕上げは私達にお任せ下さい」
と丁重に追い払われてしまった。僕が一体何をした。
一堂が会する夕食後に、早速看板を使っての星降祭の説明会を開き、皆から概ね理解と賛同が得られた。積極七割、消極三割といった雰囲気。「アルモニカさんが言うなら」という、ここでもアルモニカの人徳が役に立った。
手応えを得た僕達は次の行動へ移る。他の開拓団への呼び掛けと、南部地域への広報だ。北部地域をクインにお願いし、僕は南部を担当する。アルモニカはこの開拓団の指揮官なので、流石に離れる訳にはいかない。それに、祭の準備もして貰わないと、だ。
旧来の星降祭は各自各家が静かに星降りを祈る、静かな祭りだ。しかし今回は、戦後の復興の祈願も兼ねている。これからの明るい未来を象徴する様な、賑やかで楽しい祭りにしたいという、アルモニカの願いも篭められている。
その為にはそれなりに、人を集める必要がある。そして集まった人たちが楽しめる様な催し物等も必要になって来る。食事や寝床を提供する事なども必要だろうし、そして何よりも欠かせないのが酒だ。お祭りには絶対に付き物であると確信する。
飲んで歌って踊る。それが祭の醍醐味だとはクラビスさんの言だ。
僕は翌日、早速王都へと飛んだ。
それまで梨の礫だった僕が突如戻って来たので、この機を逃してなるものかと、王様が「よし! 直ぐに祝賀会の準備だ!」と謁見の間で叫ぶもんだから、止めるのが大変だった。その場に居並ぶお歴々も乗り気なモンだから困る。
「では、此度の訪問は何用か?」
という王様の質問に、
「近々コレをやります」
一枚の紙を王様に見える様に広げてみせた。昨晩三人でこさえました。
「ふむ。星降祭か」
星降祭という言葉に、周囲もざわつきます。流石、ここに知らない人は居ない様だ。
「言うは簡単だが、条件は厳しいぞ」
「お任せ下さい。必ず成功させます」
「そうか。結希殿がそうまで言われるなら、私も出来る限りの協力を約束しよう。しかし、星降祭か……。ふふ。思い出すと童心に帰ってしまうな。盛大に執り行う様、早速触れを出す事にしよう」
「ありがとうございます。つきましては、早速一つお願いがあります」
「何かな?」
「日取りを決める為の天体観測を」
「あい分かった。今晩から直ぐに取り掛からせよう」
王様の協力を取り付けてからはトントン拍子に進み、日取りは一か月後と決まった。
「随分と賑やかになりましたね」
僕の隣でクインが、会場に集まった人の多さに驚きと、喜びの篭った眼差しを向けている。クインの言った通り、北部地域の星降祭の中心地、アルモニカ率いる開拓団の拠点には、万を超す人が集まっていた。夜本番に向けて最後の準備に追われている。
呼び掛けに応えて集まってくれた各開拓団の面々はもとより、何と
嬉しい誤算ではあったけど、想定していた人数の、実に倍以上にも膨れ上がってしまったおかげで、色々と不足する物が出て来る事になった。
食べ物と、酒だ。
寝床も直ぐに足りなくなってしまったのだけど、そこは
しかし寝床と違って食べ物と酒は、パッパと作れる物じゃない。
作れる物じゃない以上は、どこかから調達して来るより他はない。どこかってそれは、食糧が沢山ある所、つまりは王都だ。
てんやわんやの現場を取仕切っているのは勿論アルモニカだ。ひっきりなしに飛び込んで来る相談に、素早くかつ的確に指示を飛ばし続けている。出来ればアルモニカにも祭を楽しんで欲しいけど、この調子だと無理かもしれないな……。
そんなアルモニカにとってもやはりこの二つの不足は致命的で、頭を悩ませていた。
「僕とクインで王都までひとっ走りしてくるよ」
僕の提案に一も二もなくアルモニカが飛び付いたのは言うまでもない。
今の拠点から王都までは直線で凡そ一千七百キロ強。山を迂回しなければいけないので、正味の距離だと二千キロを超す。でも今回は時間を掛けていられない。何せ夜まで──出来れば陽が沈む前までには戻って来たい。しかも帰りは大量の荷物付きでだ。
「間に合いますか?」
「間に合わせるしかない」
作戦はこうだ。
別に隠していた訳ではないけど、僕の『魔法』でなら空間転移が可能だ。
だけどここでは出来て精々一回が限度だと思う。こういうのは何となく感覚で分かる。なので、行きか帰り、どちらかは実際に二千キロ強を移動する必要がある。
となれば勿論、実際に移動するのは行きだ。どう考えても帰りの方が時間が掛かる。ショートカットするなら当然こっちだろう。
出来れば行きで体力を消耗するのも避けたい。という事で──
「では結希様、行きますよ。しっかり掴まっててくださいね」
僕は今、クインにお姫様抱っこされていた。
背中に負ってくれれば良いという、僕の主張は敢無く却下された。
クイン曰く、
「万が一落としてしまった場合、気付くのが遅れる可能性があります」
という事だ。
「大丈夫。絶対落ちないから!」
と主張するも、クインは頑として首を縦に振らなかった。
そしていつまで出発しない僕達を見て怒りを爆発させたのは、アルモニカだ。
「どっちでも良いからさっさと行け!」
「「はいっ!!」」
僕を抱えたままクインは、王都までの道程を二時間と駆けずに奔り抜け、食糧と酒を無事調達し終えた僕らは、荷運びの人達と共に夕刻には戻って来たのだった。
そして僕とクインは、ぶっ倒れる様に寝てしまっていた。
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