三章 その①

 アコルディオン砦での戦いからはや三ヵ月。大陸北部に残っていた魔軍の残党を狩り立てるのに一ヵ月を費やしたけど、お陰で大陸は完全にムーシカ王国の手に取り戻す事が出来た。

 避難していた北部の住民達も、徐々に元住んでいた街に戻ろうとしているけど、帰還事業は遅々として進んでいない。

 それもそのはず。戻る街も、戻る家も、残ってはいなかったから。

 アコルディオン以北は魔軍に跡形もなく焼き払われ、只々無人の荒野が広がるばかりとなっていたからだ。畑や田んぼであったろう場所も、丁寧に焼き払われ、潰され、見る影もなくなっていた。逃げ遅れた人の捜索もしたけれど、生き残っていた人はこれまで只の一人も見つかっていない。ムー大陸に人の文明があった名残すら残さないと言わんばかりの徹底振り。話には聞いていたけど、ここまでとは……。何が彼らにそこまでさせたのか。今となっては知るよしもない。

 という訳でこの三ヵ月、ムーシカ王国は北部の開拓に注力したかと言えば、そうでもない。荒れているのは何も北部だけじゃない。南部も魔軍の度重なる襲撃で甚大な被害を被っていたからだ。

 アコルディオン砦があったお陰で、決定的な敗北を喫する事がなかっただけで、ムーシカ王国が復興するには永い時間が必要になるだろう。

 とはいえ、ムーシカ王国も何もしなかったわけじゃない。北部開拓に乗り出す人に対して、食糧と必要な道具一式の支給、更に開拓した土地を百年の間所有する事を認める──ムーシカ王国では全ての土地は王様に帰属し、それを貴族が借り、それを更に領民が借りているという形式になっている──事を決めていた。

 それを受けて、一発逆転を狙う人や元北部住民が開拓に乗り出した。その開拓民達の中には、アコルディオン砦の兵士達の姿も多くあった。流石に現在のムーシカ王国に、アコルディオン砦を再建する様な費用も資材も人員もなく、する事がなくなったアコルディオン砦の兵士達。これを遊ばせておくのは勿体ないと、アルモニカが提案して、クラビスさんが兵士達を焚きつけた。

「おめぇらお嬢の御命令だ! 剣は捨てろ! これまでココで培った土木技術の粋を見せてやろうじゃねぇか!」

「「「「「おうっ!」」」」」

 何と、この時初めて聞いたのだけど、アコルディオン砦は砦の兵士達が普請し、永年に亘って拡張し続けて来たのだそうだ。資材は将軍の私財から調達し、加工や工事は全て兵士達の日常の仕事だったらしい。

 お陰でそこいらの職人よりも腕が立つ、と本人たちは豪語していた。

 砦の兵士達は先の戦いで半数近くがその命を落とした。残った兵士の数は六千ほど。全盛期の五分の一ほどだそうだが、それでも北部開拓の原動力となってくれていた。彼等は司令官の任を解かれたアルモニカに、自らの意思で今も従っている。

 それで僕はというと、まだこの世界でクインと一緒に居る。

 二人で北部地域を転戦デートして、ぐるりと北部を一周してアコルディオン砦跡まで戻って来たのが先月の事だ。今は北部の東海岸付近まで進んでいたアルモニカ達に混じって北部開拓に手を貸している。あんな事があったっていうのに、皆諸手を上げて歓迎してくれた。嬉しくて少し涙が出ちゃったね。

 王様は僕達を王都に呼んで、戦勝祝賀会を大々的に執り行いたいみたいだけど、正直そういう面倒なのは御免こうむりたい。ガラじゃない。

「救世主様ばんざーい! 結希様ばんざーい!」

 みたいな、ね?

 まあ? クインは祈法衛士だし、後からあの時のクインの活躍振りを聞いて回ったら──クインには「めて下さい!」って顔を真っ赤にしながらめられたけど、める筈もなく──天剣とかいう二つ名持ちで当代の剣聖だったりして驚いた。その時の僕の目は、きっとキラキラと輝いていた事だろう。

 クインはそんな国の重要人物だし、式典に出ると言うなら僕もクインを一人で行かせる気はない。正直、心の底から出席したくないけど、クインと離れる事を思えばまあ我慢してもいい。きっと耐えられる筈だ。

 で、実際クインに「これこれこういう書状が王様から来てるんだけど」という話をしてみた。正直に僕は気が進まないという事も伝えた。するとクインの反応は、

「じゃあ私も出ません」

 即答だった。

 逆に僕が、

「え? 良いの?」

 と問質す始末だった。

「はい。私の使命は結希様のお供をする事ですから。結希様を支え、癒し、護り、時に共に武器を手に取って戦う。それが今の私の為すべき事です。それに──」

 フイっとクインが顔を逸らした。

「結希様と離れたくないですから」

 耳が少し赤くなっていた。

 それを笑う気にはならなかった。

 だって、僕の顔もきっと真っ赤だったろうから。


 クインと二人、夕食を終え満天の星を眺めながら──この世界に月はない──これまでの事を取り留めなく話していた。正直かなり良い雰囲気だと思う。思います!

 クインと出会って数か月。実は未だに手の一つも握れて居なかった。手や腕を掴んだり、掴まれたりって事はさ、そりゃあこれだけ旅をしていればあるよ? 相棒だしね? でも違うんだ。そうじゃないんだ。こう、恋人がするようなアレだよアレ。アレアレ。そっとね、キュッとね、優しく指と指を絡ませる。そういう奴だよ! 分かるだろ?

 という訳で、僕はこの雰囲気に乗じ、勇気を振り絞ってソロソロとクインの手を目掛けて、出来るだけそちらを意識しないようにしながら手を移動させていく。

 するとどうだ!

 僕の手に突然、温かい物が触れてきて、キュッと、キュッと握って来た!

 きたああああああああああああああああああああああああああああああ!

 心臓が、心臓がバックンバックン言ってる。

 ああ。もう死んでもいい。でも死にたくない。

 クインの手は、剣を振っているだけあって固い。そして少し湿っぽい。手汗、だろう。緊張してる? 僕はしてる。手汗もやばい。やばい。ああああ! 水溜りでも出来てないかと心配になるほど手汗が出てる気がする。

 心配になり過ぎてチラっと視線を手にやると、手はやはり繋がっていた。……いた! そして水溜りはなかった。良かった。

 ホッとして顔を上げると、クインと目があった。暗くて良かった。真っ赤になった顔を直視されずに済んだ。

 今日はもう、ただこうして居られるだけでいい。そう思っていたら、全く空気を読まない──いや、分かってて来たに違いない。この人はそういう人だ。

「おう! お二人さん。あっちのテントなら大丈夫だぜ?」

 下品な茶々を入れて来た闖入者の正体は、クラビスさんだ。

 クインが慌てて手を放してしまった……。ああ……。このおっさん、殺してしまおう。

 メラ……っと殺意の炎が燃えかかったところで、

「大丈夫って……、何がですか?」

 クインが少し慌てた様子のまま、素朴な疑問を返していた。

「ん? そりゃあおめぇ、ナニがだろ?」

「え? ……あっ!」

 本当にどういう意味か気付いてなかったのか。カワイイ。

 顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。顔が見れないのは残念だけど、今までに見た事ない反応が見られて大変満足です。

 この功績に免じて、罪一等を減じて楽に死なせてあげるとしよう。

 僕の不穏な気配を察知したのか、クラビスさんは「ほいじゃ、邪魔したな!」と言い残してさっさと別のグループの所へ行ってしまった。チッ。勘の良いおっさんはヤダヤダ。本当に邪魔しに来ただけだしな!

 改めてイチャつくって雰囲気でもなくなってしまったし、さてどうしようか。

 まあ星空は綺麗だし、このまま眺めてるだけでも良いか。機会はこれからいくらだってある。いや、作っていけばいいんだ。

 地面に寝転がりながらうんうんと頷いていると、頭の上に人の気配が。

「何やら楽しそうだな」

「わっ!」

 思ったより顔が近くてビックリした。

「クラビスにはもう邪魔はさせんから安心してくれ。因みに私のお薦めはあそこのテントだ」

「アルモニカまで!」

「フフ……。フフフフフフ!」

 明るく笑うアルモニカに、僕は怒ったフリを止める。

「それで? 何の用?」

「フフ……。ああ、いや、済まない。こういうのも楽しいものだな」

 アルモニカは周囲を見渡して、皆が火を囲んで楽しそうに談笑しているのを眺めていた。

「砦ではどうしても司令官としての立場がな。皆家族みたいなものだったが、こうしてみると砦が無くなってしまって、案外良かったのかもしれん」

 そう言ったアルモニカの顔は晴れやかだった。

「とは言え、だ。いつまでも我々も宿無しという訳にも行かん。北部の開拓が一段落した暁には、私は砦を再建しようと考えている」

「アルモニカがそうしたいんだったら、良いんじゃないか」

「うん。結希殿ならそう言ってくれると思っていた。が、まあ決意はあるのだが、先立つ物がな。北部開拓の将来に期待といったところだ」

「まあ確かに。あの規模の砦をもう一度作ろうとなると、国家予算何年分要る事やら。……で? そんな事を言いに来た訳じゃないだろ?」

「うむ……。まあ、その、なんだ……」

 いざ本題に入ろうとすると妙に歯切れが悪い。

「ガラではないというのは分かっているのだが、そのだな、一応この北部開拓団を纏める者としては、やはり皆の士気を高め、心を一つにするのは大事な事だと考えている訳で、この北部開拓団には軍人、民間人、それも北部と南部の人間がごちゃ混ぜだ。これを一つにするにはやはり、あれをするのが一番であろうという結論に私の中で達した訳であって、決して私がそのあれが好きでやりたがっている訳ではないという事は、先ず理解しておいて欲しい。ここまでは良いか?」

 その上、喋り始めたと思ったら前置きが長い。そして凄い早口だ。

「うんうん。それで?」

 若干面倒臭くなってきた僕の相槌が、テキトウな感じになってしまったのも致し方ない。

「……星降祭せいこうさいだ……」

 やっと漏れ出た本題に、ピクリとクインが反応した気配を察知。

「アルモニカがお祭り好きだって話か」

「ちぎゃう! じゃなくて、違う! 何を聞いていたんだ! 断じて違う!」

 動揺のあまり噛むアルモニカも可愛い。

「別に良いじゃないか。アルモニカだって年頃の乙女なんだ。今までは魔軍との戦いでそんな暇もなかったろうけど、これからは全力でお祭りを楽しんで良いんだ。正に平和の象徴って奴だね」

「だから違うと言っている! 結希殿はとんだ勘違いをしている! 私は断じてお祭り好きなどではない!」

「え? そりゃ初耳ですな。本棚が壊れる程各地の祭りの資料を溜め込んでいらっしゃったのに。お嬢の荷物の大半を占めてるあの大量の星降祭の資料はどう説明するつもりで?」

 再びひょっこり顔を出したクラビスさんの茶々に、アルモニカが猛然と抗議している。

「あれは必要な資料だから持って来ただけだ!」

「ほほう。では私室の分はどう説明されるおつもりで?」

「ぐっ……。えぇい! うるさいうるさい! 上官命令だ! 今直ぐ私の資料を取って来い!」

 言葉に詰まったアルモニカが、苦し紛れに命令の形で追っ払おうとしてる。

「アイアイ。プリンセス」

「うるさい! さっさと行け!」

 ホント、こうしてると茶目っ気があると言えば聞こえは良いが、良い歳したおっさんのやる事かと、正直鬱陶しくもある。まあ心底は憎めないんだけど。

「ふう。全くあいつは……」

「で、どうなんです? お祭り担当大臣」

「誰がお祭り担当大臣だ!」

 声を荒げ過ぎて、ゼハゼハと肩で息をしている。

「あーもうっ! 話が進まん! 黙って聞け!」

「あいさー」

 揶揄うのはこのくらいにしておこう。

「ふう……。あー何の話だったっけ? ──そうだ、星降祭だ」

「さっきもチラっと聞いたね。何か特別な祭りなの?」

「「よくぞ聞いてくれました!」」

 僕の質問に何故か、前後からステレオで返事が来た。

 それまでそっぽを向きながら聞き耳を立てていたクインが、ガバっと起き上がって話に乗って来た。目付きが真剣過ぎてちょっと怖い。ここにもお祭り人間が居ましたが。

 アルモニカとクインが見つめ合って、それだけで何かを察したらしい。やはり祭り好き同士通じるものがあるのだろうか。うーむ。これは僕もお祭り人間になるしかないかもしれない。

「コホン。では不詳私アコルディオン砦の元司令官であり、祭史さいし研究の第一人者であるこのアルモニカから、ご説明いたしましょう!」

 突然アルモニカが何かの発表会みたいなノリで喋り始めた。

「はい! さいし って何ですか!」

 手を上げて質問してみた。折角だし、盛り上げていこう。

「はい。結城君。良い質問だね。祭史とはその名の通り、お祭りの歴史だね。各地の様々なお祭りの成り立ちや現在に至るまでの変遷を、当時の文化や風習といった背景を交えて理解し、より一層お祭りを楽しもうという研究だ。因みに祭史と命名したのは私だ」

「アルモニカ様はお祭り好き界隈で、その人ありと言われている有名人なんですよ。私も実はそのお祭りに対する造詣の深さには感銘を受けるばかりです」

 あ、お祭り好き界隈とか言っちゃってる……。

「そんなに持ち上げられると照れてしまうではないか。それにクイン殿も、聞いてますよ」

 そしてアルモニカはお祭り好きを否定するのも忘れるくらい興奮してるし。

「えっ? もしかして……」

「昨年発表された『祈法的観点から見る各地の祭り』。読ませていただきました。私になかった新たな視点。実に興味深い内容でした」

「いえいえいえいえ。私などまだまだです」

「お互い頑張りましょう!」「はい!」

 ガシッ。固い握手を交わしている二人。

「はい! 先生!」

「何でしょう。結城君」

「話が進んでません!」

 僕の指摘に「あっ……!」と可愛らしい声が漏らすアルモニカ。

「す……済まない。──えー、ゴホン。では星降祭について話をしよう」

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