二章 その④

 壁を駆け上がって屋上に辿り着くと、そこには目を疑う光景が広がっていた。

「わぁお!」

 思わず感嘆の声が漏れちゃうほどに、見惚れてしまう。

 クインの剣舞。そう。まさに舞だ。

 クインが目にも留まらぬ速さであっちからこっちへ、こっちからそっちへ、ひらりひらりと動く度に、魔軍の兵士達がそれはもう見事なまでにスパスパと斬り刻まれていってる。まさかクインがここまで強かったとは……。これ、僕より強くない?

 ──っといけない。クインの活躍をもっと目に、心に、焼き付けておきたいところだけれど、今は命を懸けてくれているアルモニカの方が優先だ。

 どれどれ。うん。流石実力者ばかり集めた決死隊だ。敵中に孤立しながらもまだ戦い続けている。

 砦の外に居る魔軍の数は……っと。まだ七割くらい残ってるな。

 数が当初の想定の倍だから、せめて五割は誘い込まないと。

 流石にそれまで持ち堪える事は難しいだろう。かなり頑張ってはくれているが、既に決死隊の数も半分を切っている。

 徐々に包囲の輪は縮まり、屋上に着いてから三十分と経たずに輪は消えた。

 決死隊は予定通り全滅した。

 アルモニカがどうなったかは、魔軍兵の影に隠れて見る事は出来ないけれど、他の隊員達の様に殺される所は見えなかった。これも想定通りではあるけど、少しホッとした。

 ここからが肝心だ。

 『魔法』で、本来見える筈のない通信の流れを視る。

 決死隊の居た地点から伸びる一本の線。見失わない様にその線に色を付けておく。それは更に魔軍の奥へと伸び、頻繁に通信を送受信している場所へと繋がっている。

 あそこは……違うな。

 あれは指揮官じゃない。仮に指令所としておく。

 確信はないけど、僕の勘がそう告げている。

 指令所には間断なく情報が飛び込み、送り出されいるのが見て取れる。肝心のアルモニカの情報は……まだ指令所に留まっている。

 じっと待つ。今はそれしかない。

 凄く長い時間待った気がするけれど、恐らくはそうでもない。線が繋がった。

 奴か。

 すかさずマーク。これでもう逃しはしない。

 魔軍の流入はまだ六割に達しない。敵の指揮官は掴んだし、大分予定より早いがアルモニカを助けに行こうか? だけど、それで敵の行動パターンが変わってしまっては、決死隊の犠牲が無駄になってしまうかもしれない。それだけは絶対に許されない。ここはまだ、待ちだ。

 ただ、じっと待つ。

 早く、早く、早く!

 焦り、はやる心を、頭脳あたまで無視し続ける。

 僕の背後ではクインが休む事無く剣を振り続けている。間断なく屋上に上がって来る魔軍兵を斬って、斬って、斬捨て続けている。既に魔軍兵の残骸を片付ける暇もなく、屋上は斃れた魔軍兵で溢れ返っている。邪魔な分は屋上の外に蹴り飛ばしてスペースを確保しながら、片時も止まる事無く正確無比な剣を振るい続ける。

 一切クインを疲れさせない祈法も凄いが、集中を切らす事なく戦い続けられるクインも凄まじい。あれは僕には出来ない芸当だ。

 それから一時間、二時間が経った。

 魔軍の流入は四割を超え、目標の五割に近付きつつあるが、目に見えて速度が落ちて来ていた。砦内に魔軍が増えすぎて中々入って来れない様だ。

 クインも屋上で既に万を超す魔軍兵を倒している。一人の戦果としてはありえない程の戦果ではあるけれど、それでもまだ足りない。

 だけどここらが限界か。

 今のペースが更に鈍化していく事を考えると、目標に達する頃には日が暮れている。それに、こちらの被害が想定を超えてしまうだろう。

 僕の気配が変わった事に気付いたのか、クインから声が掛かる。

「いってらっしゃいませ!」

 はは! 流石僕の相棒だ。随分と余裕じゃないか!

 僕はクインの声に手を挙げて応える。クインが微笑んでくれた気配がする。

 うん。勇気元気百倍だ!

 ドン! と屋上の壁を蹴って一気に加速。

 行きがけの駄賃に、屋上に散らばっている魔軍兵の残骸ゴミを纏めて持って行ってあげよう!

 そんでもってこうだ!

 『魔法』で音速の数倍にまで加速させた魔軍兵の残骸を、敵の後方部隊に向けて流星の様に降らせてやった。

 一つ一つの残骸が爆発したかの様な被害をもたらし、小さなクレーターが幾つも出来上がっていた。魔軍の後方部隊に壊滅的打撃を与える事に成功。うん。予定には無かったけど、結果オーライ。地形も荒れて、地上部隊は下りにくくなっただろう。

 アルモニカの位置は当然ずっと把握してる。一直線にアルモニカの許へ。

 アルモニカは拘束された状態でぐったりとしている。意識が無いようだけど、まだ生きている!

 着地する間も惜しんでアルモニカを拘束している魔軍兵を薙ぎ払い、解放されたアルモニカをキャッチしてそのまま着地。ズザザザーと地面を滑りながらの減速。ついでに魔軍兵も蹴散らしておく。

 アルモニカの状態を素早くチェック。うん。至る所に怪我や打撲の跡があるけど、命に別状はなさそうだ。

 群がる魔軍兵を軽くあしらいながら、さてどうしようかと思案。

 背中に負うか抱き上げるか。『魔法』で近くに浮かせておく……のは守るのが二度手間感あるな。うん。ここは──

「よっと」

 お姫様抱っこに決めた。

 両手でアルモニカを抱き上げる。重さに関してはノーコメントという事でよろしく。

 武器が持てないけど、まあこいつらを相手にするくらいは問題ない。

 一度戻っても良いのだけど、それもやっぱり二度手間だ。

 という訳で。

「とうっ!」

 真上に高く飛び上がって指揮官の位置を確認。続いてくうを蹴って方向転換。魔軍の指揮官に向かって一直線だ。

 突き出した右脚に『魔法』で破壊力の向上を付与し、突っ込む。

 馬鹿正直に真っ直ぐ突っ込んでいるもんだから、敵からの集中砲火が凄い凄い。だけど、無駄、無駄、無駄ぁ! そんなものは全部破壊、破壊、破壊!

 そして僕のキックが敵の指揮官を捉えた。

 僕の脚が触れた部分が消滅する様に破壊。貫く。着地とほぼ同時に、魔軍の指揮官は倒れ、爆発した。うはは。特撮物の止めみたいに決まった。爆発は少しやり過ぎだったかもしれないな。

「う……ん……」

「お目覚めですか。お姫様」

 爆発音で意識が戻ったアルモニカが、全身を襲う痛みに苦鳴を漏らしながら目を開いて周囲の様子を窺っている。

 見渡す限り、敵、敵、敵。魔軍の後方ど真ん中ですから。

「やったのか……?」

「当然」

「そうか……」

「だから、まだ寝てていいよ」

「くっ……。いや、このまま見させてくれ。私達が、勝利するところを」

「分かった。アルモニカ達のお陰でこの戦い──いや、この大陸は救われる。その第一歩だからね」

「結希殿……」

「少なくとも僕は本気でそう思っているよ」

 指揮官を喪った魔軍は、それまでの一糸乱れぬ統制の取れた動きが幻だったかのように、てんでバラバラに行動を起こし始めていた。各個体が独自の判断で動き始めたせいだろう。予定通りだ。

「さあ、殲滅の時間だ!」

 僕は空に向かって『魔法』による特大の花火を打ち上げた。


          ◇


「花火……? ──ハッ!」

 屋上で魔軍兵を斬る作業に没頭していた所に、突然空からのドンッ! というお腹の底にまで響く重低音が、ビリビリと全身を震わせます。

 まだ空は明るいので花火の光は目立っていませんが、間違いありません。

 そして同時に気付きました。

 魔軍兵の動きが明らかに変わっています。それまでの秩序だった動きから、全くの無秩序へ。祈法への反応は変わっていませんが、今の彼等は只の烏合の衆と化しています。

 これが「その時」ですね。

「反撃の時来たれり! 今より魔軍殲滅作戦へ移行します!」

「では、手筈通りに!」

「頼みました!」

 私の宣言を合図に、屋上に陣取っていた私を含む全祈法士が砦から身を投げました。


          ◇


「副長! やっこさんらの動きが!」

「みりゃあ分かる! それにさっきの音と振動……あいつが言ってた『その時』って奴か……?」

『敵指揮官を撃破。作戦を次の段階に移行する。速やかに砦から撤退せよ。繰り返す。敵指揮官を撃破。作戦を次の段階に移行する。速やかに砦から撤退せよ』

 砦の全兵士に祈法による緊急連絡が届く。

「うおおおおおおおお!」「まじか!」「勝てるぞ!」

「馬鹿ども! 騒いでねぇでとっととずらかるぞ!」

「「「「「へい!」」」」」


          ◇


「さてと、仕上げの準備が整うまで、もう一暴れしておくとしようかな」

「これ以上何を──きゃあっ!」

 アルモニカの可愛い悲鳴を聞きながら跳躍。

 次の標的は司令部(仮)だ。敵の情報網を徹底的に破壊する。

 司令部(仮)は指揮官とは違い、複数の個体で構成されている。勿論全てチェック済みだ。司令部(仮)と情報をやり取りしていた個体も全数マークしてある。大きな犠牲を支払った以上、抜かりは一切ない。

 ここで、徹底的に、完膚なきまでに、


 叩き潰す!


 地上を駆ける一陣の流星の様に疾駆。

 スピードを一切落とす事なく流れる様に蹴り、倒す。その結果を確認する事なく次の標的へ。蹴る、倒す。蹴る、倒す。

 司令部(仮)を完全に沈黙させるまでに要した時間は僅かに一分。

 ここからは数が多いから、時間との勝負かな。まあ全部倒す必要もないだろうけど、出来るだけやっておくに越した事はない。

 それから大体十五分程。戦場を駆けずり回りながら隊長クラスの魔軍兵を狩りまくってやった。


          ◇


 砦の南側に飛び降りた私達は手筈通りに次の準備に入りました。

 南側の扉を全開放。撤退してくる砦内の兵士を援護します。

「出入り口付近で立ち止まらずに駆け抜けて下さい! 後から来る人達の邪魔になります! 出入口から離れて下さい!」

 味方の兵士に釣られて出て来た魔軍兵を適宜排除しつつ、祈法士隊全員で声を掛け続けます。

 撤退を開始してから十分ほど経過した所で、クラビス様が一隊を引連れて姿を見せました。クラビス様が想定していた時間内ではありましたが、この巨大で複雑な構造の砦からこんな短時間で全軍撤退が可能なのかと、素直に感心してしまいます。きっとこれまでの訓練の賜物なのでしょう。

「俺達で最後だ! 派手にやってくれや!」

「はい!」

 クラビス様達が通り過ぎるのを待って、全祈法士によって障壁が展開されます。

 アルモニカ様からお預かりした祈法式遠隔制御装置スイッチを取り出し、祈力を流し込み装置を起動。装置の表示を起爆にセットして、承認を選択します。

 直後──

 始まりは静かに。そして終わりは急速に。

 障壁で防げない地揺れと轟音が一帯に襲い掛かって来ました。

 激しい地揺れで周囲の皆は立っている事も出来ず、地面に這い蹲って揺れが収まるのをじっと待っています。立っていられたのは私だけでした。

 祈法士達も地面に手や膝を着きながら障壁を維持しています。

 崩れ行く砦の破片と爆風から皆を守る為に、祈法士達も命懸けです。

 揺れと音が収まるまでは僅かに数十秒でしたが、ここまで生きた心地のしなかった数十秒は今までの人生でも初めてでした。

 もうもうと舞上る砂煙で正面の視界は皆無に等しいですが、もうそこに、あの威容を誇った無敵の要塞の姿を見る事は出来ないでしょう。十万弱の魔軍兵と共に、その永い役目を終えました。

「野郎共! まだ気ぃ抜くんじゃねぇぞ! ここからがお楽しみの時間だぞ!」

 クラビス様がすかさず兵士達を鼓舞します。

「まだ動く元気のある奴は今直ぐ立ちやがれっ!」

 クラビス様の命令で、千人程が立ち上がってくれました。

「よし! てめぇらはこの『天剣』様の指揮下に入れ! 残った魔軍を徹底的にぶちのめしてやれ!」

「「「「「はっ!」」」」」

「残った役立たずどもぉ!」

「「「「「へぇーい」」」」」

「瓦礫の下でまだ生きてやがるかもしれねぇクソ共の後始末だ! 指揮は俺様だ! 分かったらさっさと準備しろ!」

 クラビス様の号令一下、私は千の兵士を引連れ、砦の残骸を乗り越えて残敵の掃討に向かいました。


          ◇


「派手に逝ったねぇ」

「ああ……」

 計画通りとはいえ、やはり僕とは違って思う所があるのだろう。アルモニカは言葉少なに崩れ去った砦の方を眺めている。このまま気が済むまで心の整理をさせてあげたい所ではあるけれど、状況はまだ終わってはいない。

「感傷は後回しだよ。さ、仕上げに入ろう」

「ああ……。そうだな」

「あたしらも準備は出来てるよ!」

 そう言って僕らの周りで各々武器を手に取り魔軍の退路を塞いでいるのは、先に砦から離れていた、非戦闘員の人達だ。その数およそ一万。

 彼等がどこから現れたのか。

 それは、砦の秘密通路にある。

 砦の秘密通路は接する両山脈の中にも通じていて、元々攻めて来た敵に対して横から、背後から攻撃するために掘られていた物をそのまま利用させてもらった。

 アコルディオン砦において、非戦闘員とは戦闘を主任務にしていない者の事を指すらしく、戦闘訓練は十二分。統制のなくなった魔軍の退路を塞いでもらうには十分すぎる戦力だ。

「アルモニカはここの指揮をお願い」

「任された」

「任しておきな!」「おうともさ! 魔軍の奴らなんざ、一匹たりとも逃がしゃぁしねぇよ!」

「あまり無理はしないで下さいね」

「そりゃぁ無理な相談だぜ! 救世主様よぉ!」「ああ! ここでやらなきゃ男が廃るってもんよ!」「おやおや。ここに居るのは男だけじゃないんだけどねぇ!」

 はは。賑やかいね。

 余計な気負いも、無駄な緊張もない。それでいて油断はない。これで非戦闘員だって言うんだから参ってしまう。

「それじゃあ、ちゃちゃっと片付けて来ますか!」

 僕の視界の遥か向こうには、多くの兵を引連れ、その先頭で剣を振るい続ける頼もしい相棒の姿があった。

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