二章 その③

 そしてその日が来た。

 砦中に響き渡る祈法による警報音に、砦内は一気に慌ただしくなった。

 限られた時間の中で出来る限りの準備は整えてある。それぞれの兵士がそれぞれの場所に配置に着き、敵を待ち受ける。

 僕とアルモニカは北側出入口の扉の後ろで、出撃のタイミングを待っている。

 クインとクラビスさんは出入口から最も遠い屋上に今は居る筈だ。クラビスさんは全体の指揮を執るためにあちこち移動する事になっている。そのための抜け道は幾つも用意されている。これは元から砦に在ったもので、砦が巨大化するにつれて砦内でのゲリラ戦すら想定していたらしい。

 クインは砦の祈法士全員と共に屋上にそのまま待機するって聞いている。砦の祈法士は百人程いるらしく、クインは「任せて下さい!」と自信満々だった。

 想定されている魔軍の数は凡そ五万から十万。前回が大体五万だったらしい。その頃はまだ大陸南部の東部戦線にも大量の魔軍が居たのだけど、その多くがこちらに回ってきているはずで、今回は倍の十万まで想定していた。

 ひるがえってこちらの戦力は、戦闘員が凡そ一万。非戦闘員が同じく一万と言ったことろだ。魔軍と人間の兵士の強さは、僕の見立てだと大体魔軍兵一に対して人間の兵士は五から十くらいの戦力差だ。相手が十万だとすると、実に最大で百倍の戦力差だ。

 この砦の堅固さを加味しても、良く前回まで持ち堪えられてたなあと感心する。

 正に絶望的な戦力差にも関わらず、僕の後ろに並ぶ兵士達の顔に絶望の色は微塵もない。強い闘志と覚悟。本当に凄い。

「──来てるね」

「その様だ。よし。傾注! これより救世主結希殿より再度本作戦の流れを話して頂く! 既に頭に叩き込んでいる事とは思うが、改めて体の隅々にまで刻み込み、一寸の遅れもなく行動に移す様に! 良いか!」

 響き渡るアルモニカの声に、居並ぶ兵士達は姿勢を正す。

『ハッ!』

 一糸乱れぬ敬礼。思わず拍手しそうになってしまう。いけない、いけない。

「では改めて説明します──」

 アルモニカ囮作戦の流れはこうだ。

 砦から打って出る兵は全部で一千。内、決死隊が百、準決死隊がもう百。

 僕を先頭に敵陣に突撃を敢行する。

 大体敵陣の半ばほどまで来たところで、停止。ここで決死隊以外の八百は速やかに撤退。残る二百は敵陣に残り、包囲を待つ。

 包囲を確認次第、僕が反転し再び先頭に立って準決死隊を引連れ敵中突破の撤退戦を開始する。この際、アルモニカと決死隊の百は殿しんがりとしてゆっくり下りつつ交戦。

 準決死隊はそのまま砦内部まで撤退。決死隊は敵内部で孤立しそのまま全滅。

 これが大まかな流れとなる。

 改めて説明すると、我ながら本当に酷い作戦だと思う。

 一連の流れを改めて共有したところで、祈法による砦内全域への魔軍到来の報せが入った。いよいよ来たか。

『魔軍来ました! 数は……数は推定二十万! 数は二十万です!』

 この報せに砦全体がどよめいた様に錯覚した。

 突撃部隊の面々にも動揺が走っている。想定の二倍~四倍だ。元の想定ですら敗北が必至の状況でコレとは。敵も容赦がない。

 だけど僕らのやる事に変わりは無い。

「恐れる事はない! 今更敵がどれだけ増えようが、我等の勝利は揺るがない!」

 アルモニカの一喝で、突撃部隊の落ち着きを取り戻した。

「そうだ」「そうだ!」「そうだ!!」

 アルモニカの言葉に応えるように、皆から声が上がる。

「我等の下には救世主結希殿が居る! 結希殿ある限り我等の勝利は絶対だ! 我等人間の強さを、魔軍の奴らに見せ付けてやろうぞ!」

「「「おおお!!!!」」」

 兵士達の雄たけびは、この巨大な砦を震わせる程だった。

 兵士達の意気や良し。士気も上々だ。

 アルモニカが僕を一瞥し、僕はそれに頷く。

「出撃っ!」

 アルモニカの号令一下。閉じられていた門を開き、僕らは一気呵成に魔軍へと襲い掛かった。


          ◇


「始まったか」

「ええ。こちらも始めましょう」

 私とクラビス様は今、砦の屋上から魔軍に突撃していく結希様達を見ていました。

 一時も止まる事無く魔軍を斬り裂いて行くその姿。流石結希様です。見ていて惚れ惚れします。

 本当はずっとその雄姿を眺めて居たいところですが、結希様から託された任務があるのでそうもいきません。結希様の期待を裏切るような真似は絶対にしたくありませんから。

 今この屋上には、私とクラビス様、そして私の指示で集めて貰った砦の全祈法士、凡そ百余名が居ます。クラビス様はこの後砦内でのゲリラ戦を行うために、砦内を走り回る事になっています。御苦労様です。

 この屋上で敵と戦うのは、この砦の全祈法士と私だけ、という事です。

 そしてここが今回の作戦の最重要地点となります。ここを時間まで支えるのが私の任務という事になります。但し、その時間というのがいつになるかは分かりません。分かりませんが、結希様が「その時になれば分かる」とおっしゃった以上、その時が来るまでここを死守するのみです。

「では計画通りに」

 私が祈法士達に合図を送ると、三分の一の祈法士が私に肉体強化の祈法を、もう三分の一は疲労を取り除く祈法を、残りは今はお休みです。

 長時間の戦闘を前提とした三交代制にすることで、祈法を切らす事なく戦い続ける事が可能です。

「しかし、まさかお前があのクインだとはな」

「私は私です。今は結希様の相棒のクインです」

「史上最年少で剣聖を打ち倒した当代の剣聖。天に愛されし剣の化身。てっきりもっとごつい奴かと思ってたぜ」

「ガッカリしましたか?」

「正直言うと拍子抜けした。が、今そうして剣を手に取ったお前さんを見れば、全くもって納得するしかねぇわ」

「結希様には内緒ですよ」

「なんだアイツ。んな事も知らねぇでお前さんを相棒にしたのか。お前も言えば良いだろうに」

「隠している訳ではないんですが、恥ずかしいじゃないですか。それに……」

「それに? 何だ?」

「肩書ではなく、私自身の力であの方に好かれたいのです……」

「だっはっはっはっは! 天剣様も年頃って事か!」

「笑わないで下さい! 真剣なんですからっ!」

「はっはっは! すまんすまん。いや、実にいい話を聞かせて貰った。こりゃあ……益々負けられねぇな」

 クラビス様が戦士の顔に変わっていました。

「そんじゃあ行って来るぜ」

「御武運を」

「お前こそ、な。ここが一番の死地だ。死ぬんじゃねぇぞ」

「勿論です。結希様に褒めてもらうためにも、必ず」

 クラビス様は秘密の通路を使って屋上から姿を消しました。

 こちらの祈法に気付いた魔軍達が、砦内に突入を始めたと報告が来ています。直にここまで駆け上がって来るでしょう。ここに誘き寄せるのが目的の作戦なのですから当然です。そしてここが、彼等魔軍の兵士たちの終着点です。

 剣を握った私は、ちょっと強いですよ?


 都合六十人以上による祈法は、結希様の目論み通り魔軍を引き寄せる餌として大いに貢献しています。

 開戦から一時間ほど経過し、砦に入り込んだ敵の数は五万を超えています。凄い勢いですが、まだまだ砦の外にはワラワラと魔軍の群れが。もっと頑張らないといけません。

「フッ……!」

 屋上に上がって来た最後の一兵を斬捨て、取り敢えず一段落。

 この一時間余の間に倒した魔軍の数は、大体五千から六千といった所でしょうか。

 一分単位で百体程度屋上に上げる様にして貰っていますので、多分そのくらいは倒したはずです。一回の量があまり多いと、倒す効率が下がってしまうので、百体くらいが丁度いい数です。斬り頃っていうやつです。魔軍百体くらいでしたら、倒すのに十秒もあれば十分。後の五十秒は倒した魔軍の片付け──地上に捨ててます──のお時間です。

 結希様の動向が気になりますが、まだ砦に戻られたという報せは届いていません。

 不測の事態という事はないでしょうが、とても気になります。

 とてもとても気になります。居ても立っても居られないくらいですが、持ち場を離れる訳にも行きません。

 うー……駄目だ駄目だ。集中集中。

 ほら。そうこうしてる内に次が来た。

 砦の床も天井も、外壁と同じ祈法を特殊な技法で文字として刻み込み強化された素材で造られているそうで、抜かれる心配はないそうです。更には屋上を覆うドーム状の祈法結界も展開されています。数日は祈力の補充なしで展開し続けられるそうで、空からの襲撃の心配もありません。元々、砦を飛び越えられる程の飛行兵はあまり数が居ない様です。なので敵は必ず決まった、こちらが用意した出入り口から現れます。

 そこを一息に斬り捨ててしまいます。

 三十以上の祈法士による肉体強化は伊達じゃないですね。魔軍の兵は私に反応する事さえ出来ていません。更に疲労回復の祈法も掛け続けているので、全く疲れ知らずです。このペースならいつまでだって戦い続けて見せましょう。

 精神疲労は祈法でも取り除けませんが、一日や二日程度剣を振り続けるくらいの事はへっちゃらです。

 皆が少しでも楽できるように、もっと頑張らないといけません。

 うーん。

 三十秒にペースを上げましょうか。


          ◇


「ふぅー。よし。この辺りは良さそうだな」

「ハァハァ。予定よりかなり奥まで来たな」

「まさかクインがあそこまで敵を惹き付けてくれるとはね。少し誤算だった」

 今僕たちが立っている地点は、魔軍全体の後方、魔軍の展開距離を十とするなら、七か八といった辺り。予定では四か五の辺りで撤退するはずだったので、かなり奥の方まで来てしまっている。と言うのも、周囲の魔軍の兵達がこちらに殆ど見向きもしなかったせいだ。

 お陰で祈法の影響の少ない地点まで進まなければ行けなくなった結果、こんな後方まで来る羽目になってしまった。僕は兎も角、帰還部隊の皆は体力が残っているだろうか。

 足を止めた僕たちに群がって来る魔軍の兵達を、一瞥すらする事なく斬り飛ばしながら兵士さん達の様子を窺う。

 予定通り後方の部隊は撤退を開始している。大分辛そうだけど、走るスピードは落ちてない。周囲の魔軍の兵達は、撤退するこちらの兵士には目もくれず、一目散に砦を目指している。

 後方部隊が撤退した事で出来た隙間に魔軍の兵士が雪崩れ込み、瞬く間に包囲網が出来上がった。よしよし。ちゃんとここに人間側の指揮官が居る事を把握しているな。

 アルモニカと視線を一瞬交わらせる。ここまで来て別れの言葉は必要ない。後はアルモニカの運に任せるしかない。最前線を決死隊の面々に譲り後方へ下がる。さあて、もうひと走りと行きますか。

「これより敵陣を突破して砦へ撤退する! 遅れるなよ!」

 人間の言葉を解しているかどうかは分からないけど、しているという前提で一応撤退するぞとアピールしておく。

 立ち塞がる魔軍の兵士を来た時同様、鎧袖一触がいしゅういっしょくで蹴散らしながら撤退開始だ。

 準決死隊を引連れ駆け抜ける。

 駆ける、駆ける、駆ける。

 準決死隊は中でも足の速い連中を選んだ。

 先に撤退した後方部隊に追い付く必要があるからだ。

 北の砦門は、当然殺到する魔軍で溢れ返っている。これを突破して砦の中まで帰還してやっと一区切りだ。それを為すのも僕の仕事だ。

 後方まで突き進んだのも悪い事ばかりじゃない。お陰で砦のかなり手前で追いつく事が出来た。そのまま準決死隊の面々は帰還部隊の後方に、僕はスピードを上げて一気に部隊の先頭へと躍り出る。

 そのままの勢いで雲霞うんかの如く砦に群がる魔軍を、後方から急襲。

 あまりの密集具合に、剣を振る時間が惜しい。

 武器をランスに創り変え、弾き飛ばす様にチャージを仕掛ける。穂先に突き刺さった魔軍兵の身体ごと敵にぶつかって行く。ぐぅぅぅ。重い……。

「ううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……」

 疾駆、衝突、弾き飛ばす。

「りゃああああああああああああああああああ!」

 門の手前まで突き進んだ所で、ランスを大きく振り上げ力一杯地面に叩き付けてやった。

 ドコォン! という爆発音にも似た轟音と共に、衝撃波が魔軍の兵士を薙ぎ払ってくれる。うん。スッキリしたね。僕の『魔法』で後方への衝撃波は防いだから、後続の帰還部隊に影響はないはず。さあこの機に一気に砦内に……って、あれ? 来ないな。

 不信に思い振り返ると、ポカンとした様子で立ち止まっていた。

「呆けてないでさっさと走る!」

 慌てて再び走り出した帰還部隊が、全員砦内に駆け込むのを見送った、さあここからが本番だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る