一章 その④

 僕とクインが駆け付けた先は、僕が召喚された儀式場だ。

 もう解散しているかと思いきや、王様と何やら儀式のあれやこれやについて専門的な話をしているグループと、儀式の後片付けをしているグループで、儀式場には僕が召喚された時よりむしろ人が増えていた。

 警報が鳴っているため、それらの作業は中断され、王様が陣頭指揮を執って非戦闘員を安全な場所へと避難させている。

 敵は何かしらの方法で人が密集している場所を察知しているのか、もしくは王様の位置を特定して狙いに来たのか。

「クイン。何で敵はここを狙ってる?」

「はい。敵は大きな祈法が使われた所を狙って来る習性があります。祈力には反応しないのですが、祈法に対しては優先的に攻撃して来ます」

「召喚の儀式が原因か」

「はい。まず間違いないでしょう。かなり大規模な祈法でしたから、敵も慌てて飛んで来たのではないかと」

 僕が感知している敵の数は全部で十。後続が来ている様子もない。直ぐに出られる者を繰り出して来たに違いないだろう。これが只の偵察か、はたまた威力偵察か。相手の出方を窺ってもいいところだけど、敢えてここは打って出てやろうか。

「見張りからの報告では敵の数は十。後続はなし」

 クインからもたらされる情報が、僕の持っている情報と一致した。これでほぼ敵の戦力に間違いはないだろう。

 敵がここの真上に来るまで馬鹿みたいに待つ必要もない。早々に撃退してやろう。

 そう思って飛び上がる準備をしていたら、儀式場の天井が爆発した。

 石造りの天井の破片が降り注いでくるのを、『魔法』の障壁で全て受け止める。弾き飛ばすと周囲の人に当たるかもしれないので、受け止めた破片は足元に落とす。

 儀式場にもうもうと立ち込める砂煙で視界が塞がれて鬱陶しい。

「クイン!」

「大丈夫です!」

 短く安否を確認すると、やや離れた場所からクインの声が聞こえて来た。

 少し気にはなるが声の感じから怪我を負ったりはしてなさそうだと判断。今は上空の敵を警戒──敵が動いていない?

 嫌な予感。敵の位置との直線上、初撃で開いた天井の穴を塞ぐように『魔法』の盾を展開。直後──

 派手な爆発音と衝撃が盾を襲う。

 それも一度や二度じゃない。次々と襲い来る攻撃の嵐だ。

「チッ! 調子に乗ってるな」

 敵からの攻撃自体は僕の盾で全て防げている。問題はない。

 ただこのままだと反撃するのが難しい。中々に敵の攻撃が強力かつ切れ間がない。その上、高空に位置取っているため距離が遠い。これでは盾を展開しながら有効な反撃をするのは難しい。かといって盾を消してしまうとそれはそれで問題だ。こうして僕が抑えている内に他の祈法衛士さん達が対処してくれると助かるんだけれど……。

 敵からの間断ない攻撃で砂煙は酷くなる一方で、一向に視界は良くならないなか、上空に向かって何か飛ばしている雰囲気は伝わって来る。しかし一向に敵の攻撃の手が緩んで来ない所を見ると、あまりかんばしい成果は上がっていない様だ。

 敵の現在位置は雲よりも更に上。地上から闇雲に撃ったところで当たる筈もない、か。こちらも上空まで飛んで、直接打撃を与えるのが有効ではあるんだけど、そういった様子はなさそうだ。祈法では空を飛んだりは出来ないという事か。

「誰か守りを代われないか!」

 若干の期待を籠めて周囲に問い掛ける。

「無理です!」

「出来るもんならやってる!」

 等々、否定的なお返事が直ぐに返って来ました。

 そんな中、「少し時間を下さい!」

 と前向きな声も聞こえて来た。聞き間違える筈もない、クインの声だ。

「流石相棒! じゃあもう暫く僕が支えよう!」

 そう言って盾を維持しながら油断なく敵の様子を窺う。

 依然敵が動く様子はない。ひたすらこの有利な位置関係から一方的に攻撃し続ける算段の様だ。

 爆発音の合間に、周囲の祈法衛士達が走り回る音が耳に入る。それと時を同じくして、こちらからの攻撃の手が止む。まあ無駄撃ちだったし構わないのだが、一体何をしているのだろうかといぶかしんでいると、

「いきます!」

 とクインの力強い声が。

『祈り 奉げ 顕現す 其は 戦神いくさがみ 砕く事 あたわぬ 守護のとばり!』

 不思議な節回しで詠唱された呪文。その力ある言葉と共に、クインの声がしていた場所が力強く光を放っている。クインから放たれた光の輪が床を伝わり、周囲の祈法衛士達を結ぶ輪となる。

!』

 と、円上の祈法衛士達が唱えると、今度は祈法衛士達を直線に光が繋がって行く。

 成る程。これは陣か。

 光っている祈法衛士達の配置からすると、上から見れば六芒星を描いていることだろう。

 全ての線が結ばれた瞬間、儀式場全体を包み込む結界が張られていた。

 これは……思っていたより、中々……凄いな。

 完成した結界を見た、それが僕の正直な感想だ。

 これなら僕の『魔法』の盾は必要ない。そう確信出来る。それだけの力を、この結界からは容易に感じられる。正直僕でも破壊出来るかどうか……。ちょっと試してみたくなる気持ちもある。まあ今はそんな場合ではないけれど。

 一応盾を消して大丈夫かどうか様子を見る。うん。無用な心配だった。

 結界の中が別空間になったみたいに、敵の攻撃の影響の一切を防いでいる。僕の盾より余程高性能だ。

「じゃあちょっと行って来る」

 安心して任せられる様になったので、さあここからは反撃のお時間だ。

 『魔法』で体を浮き上がらせると、一気に加速して空へと舞い上がる。敵の開けた穴から強引に飛び出し、射線を避けて敵に向かって行く。

 すると、途中で敵と思しき影と、射線を挟んですれ違った。

 数は……五!

 上空からの攻撃も依然止んでいない。

 全く成果が上がっていないのを察知したのだろう。攻撃の妨げになっている要因の排除に、半数を繰り出した。という所か。

 進むか戻るか。

 僕はこのまま進む方を選んだ。

 あの結界は非常に優秀だ。僕が戻るまできっと持ち堪えてくれるはずだ。ここはクインを信じよう。それに、どうせ上の敵を排除するのに、そんなに時間を掛ける心算つもりはない!

 更なる加速で一気に空を駆け上がる。

 雲を突き抜けた先に、敵影を五つ目視で確認した。

「見付けた」

 なるほど。あれがクインの言っていた”人の姿を模した悪魔の如き軍団”か。ヒトではない事は一目瞭然だ。奴らは一様に全くの無表情、無感動。ヒトを殺す事に虫を殺す程の嫌悪も罪悪も感じていないのが一目で分かる。なまじ人間に姿が似ているだけに、その不気味さに拍車が掛かっている。

「醜悪極まりないね」

 ぼそりと呟いた言葉に反応したのかどうか。

 まあ別にどちらでも良い。僕のやる事に変わりは無い。

 地上に向けて攻撃を続けていた五体の敵の内、三体がこっちに向かって攻撃を仕掛けて来た。

 三体による面での集中砲火だが、ここまで接近してしまえば後は簡単だ。

 常時展開している『魔法』のバリアを強化。盾よりは防御力の面で劣るが、全身隈なく防護出来るのがメリットだ。バリアの内側に念の為に盾も展開しておいて、バリア単体で敵の火力を防げているかを確認する。

 ──問題なし。

 盾だけを消し、剣を手に取る。もちろんこれも『魔法』の剣だ。

 属性は切れ味特化。

 この世に斬れぬ物質ものはなし。ってところまで強化済み。まあ、あくまで理論上だけど。

 後は敵に向かって突撃あるのみ。

 音を置き去りにする速度まで刹那の時間で加速した僕は、三体の横をすり抜け先ずは地上を攻撃し続けている残りの二体を斬り刻む。

 電光石火の斬撃は敵に回避する猶予など与えない。斬り刻まれ、ただの物体と化した二体の敵は、そのまま地上へと落下していった。

 僕はそれを確認する事無く、直ぐ様反転。残った三体へと襲い掛かる。

 その三体は今ようやく僕に二体を撃破された事に気付き、こちらに振り返ろうとしていた。

「遅い!」

 振り返るのを待ってやる義理などあるはずもない。隙だらけの背後から、悠々と残りの三体を斬捨てる。これで空の敵は全部倒したはず。一応『魔法』で隠れている奴が居ないか、改めて索敵しておく。よし。敵影はなし。

 急いで救援に向かうべく、浮遊を解除。自由落下に加えて『魔法』で加速し、一気に地上を目指す。再び雲を突き抜け地面が近付いて来た所で加速から減速へ。急停止でも良いのだが、タイミングが僅かでも遅れると地面と激突、即お陀仏だ。余程の緊急事態でもなければそんな愚は避けたい。

 僕が降下する敵とすれ違ってから戻って来るまでに要した時間は五分にも満たない。

 あれ程の結界なら余裕だろうと高を括っていたのだけど、そうでもなかった様だ。

 クイン達結界を張っている祈法衛士達を守るように、王様や他の兵士達が降下した敵と結界の内側で交戦していた。祈法衛士達に被害はない様だけど、彼等を守る兵士達はその身を盾にしているんだろう、既に二桁に及ぼうかという人数が倒れ伏している。

 攻撃は防いでも侵入を防ぐ効果はなかったのか。

 効果を読み違えた事にチラリと後悔の念が過るが、今は奴らを排除するのが先だ。

「クイン!」

 駆け抜け様に一体、経路上に居た敵を屠る。残り四体。

「御無事で何よりです」

「それは僕のセリフだよ」

 真っ先に僕の心配をしてくれるクインが愛おしすぎる。

「上の敵は排除した。結界はもう必要ない」

 それだけ伝えると、残敵の掃討に掛かる。

 背後からは

うん!』

 と唱えるクインの声。それと同時に結界が消える。

 六芒星の頂点に位置していた祈法衛士達は、結界の維持にかなりの祈力を消耗したのだろう、力尽きた様に床にくずおれている。この分だと、結界の中心を担っていたクインの消耗はかなりの物だろう。とても敵の攻撃を防いだり、ましてや躱したりなど出来ない事は明白だ。

 敵も祈法を使っていた祈法衛士達を優先的に狙おうとしている。それを何とか兵士達が身を盾にして防いでいるけれど、それも時間の問題だ。特に今一番危険なのはクインだ。

「傷一つ付けさせない」

 真っ先にクインを狙おうとしていた敵を、何の抵抗も許さず斬り捨てる。ヒトではないこいつらは、両断したくらいでは動くかもしれないから、物理的に攻撃の余地がない程に斬り刻んでおく。

 残りの三体も同じ様にして斬り倒していく。全ての敵を倒すのに然程の時間は掛からなかった。この位の強さと数なら、僕にとっては大した敵じゃない。

「助かりました。救世主殿」

 兵士達の先頭に立って祈法衛士達を守っていた王様は、流石に疲れた様子だ。あまり大きな傷は無いようだけど、あちこち血が滲んでいる。早く治療した方がいい。

 戦闘が終わったのを知り、避難していた救護隊が駆けつけ倒れた兵士達の手当に奔走している。祈法衛士達はただ疲れて倒れ込んでいるだけなので後回しの様だ。それを当人たちも当然の事と受け入れている。

 もちろん、王様にも救護の人が駆け寄って治療をしようとしているのだけど、僕に感謝を伝える方が先だと王様はにべもない。テコでも動きそうにないのを察した救護の人はターゲットを僕に切り替え、「早く王様を解放しろ。そして治療をさせろ」と口よりも雄弁に目で脅して来ている。そんなに睨まなくても分かってますよ。僕だって王様には早く治療を受けて欲しい。

「救世主殿は勘弁して下さい。日ノ守結希。それが僕の名前です」

 そんな思いもあって、つい素で流暢りゅうちょうに返事をしてしまっていた。

「あ……」

 と思った時には遅く、王様は驚いた顔をしていらっしゃりました。というかよく考えたら、戦闘中も結構喋ってたな。視界が殆どなかったから、僕だと気付いていなかったのかもしれないけど、流石にこれは……。あー……どうする。どうする!

「──クインに教わったんです……よ?」

 何とか苦しい言い訳を捻り出してはみた。


 あんな言い訳が通用したとは思えないんだけど、王様はその事について追及はして来なかった。「そういう事」にしておいてくれたのだろう。僕の活躍に湧く兵士達の士気を削ぐような事はしたくなかったのかもしれない。

 少し休んで歩ける程度には回復したクインも、話を合わせてくれた。お陰で他の人達は特に疑問を抱く様子もなく、僕がここの言葉を話せるようになった事を受け入れていた。

 本来の予定では、この後僕の歓迎式典をする予定だったそうで、もうそれどころではないだろうと思っていたのだけど、王様はやる気満々だった。しかも誰もそれに反対しない! どうなってる!

 何とか言い包めて歓迎式典は取り止めて貰えたものの、晩餐会までは流石に断り切れなかった。王様のご家族や、儀式場には居なかった大臣達と囲む食事のまあ味のしない事といったらない。どうもこう「私は偉い」みたいな連中の相手は苦手だ。根掘り葉掘り質問されるのならまだしも、大臣たちの自慢話には辟易へきえきさせられた。何とか乗り切れたのは、僕の給仕係を務めてくれたのがクインだったからに他ならない。ここで僕が中座してはクインが責めを受けるかもと思えば、どんな事でも耐えられるというものだ。

 腹は膨れたが気疲れが酷かった晩餐会を乗り切り、宛がわれた部屋に着くと直ぐにベッドにダイブだ。風呂もあるみたいだけど、とりあえず明日起きてからでいいや……。

 ポイポイっと服を脱ぎ捨て下着だけになり、着替えるのも面倒とそのままベッドに潜り込む。うん。今日は直ぐに寝られそうだ……。

 と思ったら、傍に人の気配がある。

 誰だ? と確認すると、そこにはクインがベッドの横で椅子に腰かけているじゃないか!

 え? 何? 何何? え? どゆこと?

 今、僕、ここでめちゃくちゃ服脱ぎ散らかしてましたけど!?

 確実に見られてるよねぇ!?

 全裸じゃなかったのだけが唯一の救いだ。何にも嬉しくないけど!

「つ……つかぬ事をお伺いしますが……?」

「どうしたんです。そんな改まって」

「……見た?」

 何がとは、何をとは、聞かない。聞けない。

 それにクインはそっと視線を逸らした。

「いえ。何も」

 あー! はい。うっそー! はい。この人今嘘吐きましたー!

 絶対見た! 間違いなく見た反応だよコレ!

 ……うん。まあ別にね。減るもんじゃないしね。相手はクインだしね。見られても別にね。いいんだけどね。うん。ちょっと心の準備が出来てなくて慌ててるだけだから。僕のテンションもおかしな事になってるだけだから。

「今日はお疲れでしょうから、ゆっくりお休みになって下さい」

「クインの方こそ疲れてるだろ。休んで来ていいよ」

 ホント。自分の部屋で休んで来て下さい。そこに居られると緊張して寝られる気がしません。実際、さっきまでの眠気がどこかに吹き飛んじゃってるし。

「結希様が」

「結希」

「……結希がお休みになったらそうさせて貰います」

 お前が居るから落ち着いてお休みになれないんだよ!

 とは言えず、口をモゴモゴさせただけだった。

 ジト目で暫く睨んでやったがまるで効果がない。

 その表情は頑固というか、強い意志を感じさせる。これは何を言ってもダメなやつだ。

 諦めて布団をすっぽりと被り、クインに背中を向けて目を閉じる。

 天井の灯りが消される。部屋の明かりは壁の小さな灯りだけ。クインは……まだそこに居る。動く気配はない。

 それから何分経っただろう。僕にとっては数時間にも、数日にも等しい時間を、じっと息を殺して寝たふりを続けた。いや。寝れるものならもう寝てしまいたかったさ。でも、寝れないんだからしょうがない。ずっと背中にクインの気配を感じているんだから。

「まだ起きていらっしゃいますね?」

「起きてる……」

「少し、お話でもしましょうか」

「うん……」

 クインと暫く他愛無い会話をし、お互いの身の上話などもする事が出来た。

 クインは十年程前に、王都で一人居た所を王様に拾われ、育てられたそうだ。王様の期待に応えるべく、剣と祈法の修練に励み見事その才能を開花させた。今ではこの若さにして祈法衛士の中でも強い方──クイン評──らしい。拾われる前の記憶は曖昧で、殆ど何も覚えていないという事だった。そしてその事を気にしている様子もなかった。

 僕の事もクインに話した。どれだけ理解してもらえるかは分からなかったし、気味悪がられるかもとも思ったけど、これから背中を預けようと言うのだから話せる事は話しておきたかった。

「僕は人間じゃないんだ、実は。肉体の機能とかは人間と同じなんだけどね」

 という僕の暴露に、クインは怪訝な表情を浮かべていた。

「僕には親が居ない。死んだとかじゃなくてね。僕は……どう言ったらいいのかな。そうだな……。気付けばそこに『発生』していた。うん。これが一番しっくり来るか」

「自然現象みたいに言いますね」

「うん。そう。自然現象みたいな物だと思ってくれたらいい。誰の、何の、意志か、意図か。はたまたそんな物は全くなくて、無限の可能性の中から生まれた偶然の奇跡の産物か。まあとにかく、僕は気付けばそこに『発生』していたんだ。そして僕は生まれた瞬間からそれを不思議と理解していた。自分の『魔法』の使い方もね。でなきゃ僕は生まれて直ぐ死んでただろうし」

「どうしてですか?」

 僕のこんな嘘とも冗談ともつかないような話を、クインは真摯しんしに聞いてくれていた。

「僕がその時居た場所。どこだと思う?」

 クインは僕の質問に幾つか常識的な答えをくれた。その次には大人でも死ぬような場所を挙げてくれたが全て不正解。

 僕は天井を指さした。

「この指の先。空のずっとずっと向こう。宇宙、だよ」

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