間章 その①

「ねえねえおばーちゃん! ゆーしゃさまのおはなしがききたい!」

「あ! わたしもわたしもー!」

「あ……ぼくも……」

 長女のアルモニカ、次女のピエッサ、それと長男のカントが暖炉の前の椅子に腰掛けている祖母にせがんでいると、奥から次男のムジカを抱えた父親が子供達を叱ります。

「勇者様のお話なら絵本があるだろ。おばあちゃんはお休みしてるんだから邪魔しない」

「えーやだー! おばあちゃんのおはなしのほうがおもしろいモン。ねー?」

「ねー!」

 アルモニカとピエッサは聞く耳持ちません。

「おばあちゃんのじゃまになるなら……」

 一方カントは祖母を気遣う様子を見せていますが、名残惜しそうにしています。

「私は別に構わないよ。孫達にこんなに頼まれて断ったとあっちゃ、このババアの名が廃るってもんだ」

「母さん」

 直ぐそう言って子供達を甘やかすんだからと、父親が苦言を呈しますが全く響いた様子はありません。

「ホレ。こっち来な。この国を救った勇者様達の話だったね」

「「「やったー!」」」

 子供たちが目をキラキラと輝かせ、喜んだのも束の間──

「はいはい。料理が出来ましたよー。お手伝い出来ない子の分はありませんからねー」

 奥にあるキッチンから母親の声が響きます。

 どちらかと言えばおっとりとした雰囲気の母親の声でしたが、子供たちは機敏に反応しました。子供たちは知っています。母親を怒らせると怖い事を。

「じゃあわたしおりょうりをよそうー!」

 とアルモニカが言うと、

「わたしはー」

「ピエッサはテーブルにお皿を並べてくれるかしら?」

「はい!」と母親の指示に元気良く従います。

 残されたカントは、

「じゃあ、おじいちゃん呼んで来るね……」

 と、冬の寒空の下、一人薪割に精を出している祖父を呼びに行きます。その背中に、

「流石お兄ちゃん! 気が利くわね!」

 母親が声を掛けると、カントは頬を赤らめ嬉しそうに、少し駆け足で祖父の許へ向かいました。

 全員がテーブルに着き食前の祈りを捧げた後、祖父の「では頂きましょう」という合図があって初めて皆料理に手を付けます。

 賑やかな夕食を済ませると、さっそく子供たちは祖母に「はやくはやく」と急かします。

「おや? いつも以上に人気だねぇ」

「勇者様の話を聞きたがってるんですよ」

 不思議そうにする祖父に、祖母が答えます。

「ああ。懐かしいねぇ。私も聞いて構わないかい?」

「ええどうぞ」

「あ! じゃあわたしおじいちゃんのとなりにすわる!」

 とアルモニカが宣言して、ささっと祖父の隣に陣取ります。

「ずるい! じゃあ……」

 ピエッサが思案していると祖父が、「膝の上に座るかい?」とピエッサを手招きします。

「やったー!」

 ピョンっと元気よく祖父の膝に飛び乗ります。

 最後に残ったカントは祖母の隣にそっと座ります。

 全員の準備が整ったのを見て、祖母が口を開きます。

「じゃあ、どこから話そうかねぇ……」

「はいはいはーい! ゆうしゃさまがおひめさまをたすけるはなしがいい!」

 と一番に主張したのはアルモニカです。

「あいぼーのおんなせんしとのこいばなし!」

 二番手はピエッサです。

「おやおや二人はおませさんだねぇ。カントは、何か希望はあるかい?」

「ふたりがてきのボスをやっつけるはなし……」

「カントもしっかり男の子だねぇ。それなら──」

「あ、私は二人の出会いの場面の話が聞きたいな」

「おじいさんの希望は受け付けてません」

 バッサリと斬られた祖父がしょんぼりしているのを見て、祖母が「フフ」と笑っています。

「冗談ですよ。私がおじいさんの頼みを断った事がありましたか?」

「んー? そうじゃなあ……あれは──」

「じゃあ! 今日は! おばあちゃんチョイスで最初から話をしようかね!」

 何やら都合の悪い過去を思い出そうとしている祖父を牽制するように、祖母は大きな声で開始の宣言をすると、間髪入れずに話し始めました。

「目を開けるとそこは見た事のない世界じゃった……」

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