ムーシカ英雄伝

はまだない

序章

 目が覚めるとそこは、異世界だった……っ!

 見た事のない街並み。

 見た事もない程高い建物が乱立している。

 見た事もない程の数の人々が道を行きかう。

 そんな道の真ん中を、見た事のない乗り物が我が物顔で走り回っている。

 その時僕は思った。

 今度の世界は随分平和そうだと。


          ◇


 目が覚めるとそこは、僕が住んでいる部屋だ。

 それもそのはず。昨日、僕の部屋の僕のベッドで寝たのだから当然だ。

 僕の部屋は何の変哲もないワンルームのマンション。その一室だ。

 家具は備え付けだったので、身一つだった僕でも快適に暮らせている。

「ん~~~……」

 グッと体を伸ばして大きく欠伸をしながら、時計を見ると時刻は九時を少し回っている。

 何をしなければならないという事もないので、起きるのは何時になろうが構わない。が、いつものリズムが狂うのは少し面白くない。とは言え、今更そんな事を言った所で時間は巻戻ってはくれない。

 テレビを点け、報道番組をBGMにしながらパンとコーヒー、あとは冷蔵庫から取り出した昨日の残り物で簡単に朝食を済ます。もうすっかり手慣れたものだ。

 この世界に来て早二年。当初の新鮮な驚きはもう、ない。

 異世界を渡り歩いている僕にとって、異世界の言語を理解するのが最優先。その次がお金、そして文化だ。荒事は得意中の得意なので、身の安全に関しては気にする必要がないのは楽な所だろう。この世界は科学偏重の発展をしてきているから、僕の『魔法』とはすこぶる相性がいい。ここはお金で大体の事が解決するのも悪くない。実に暮らしやすくて気に入っている。今までの世界の中でも一番ではないだろうか。このままこの世界に骨を埋めるのも悪くない。いや、むしろ是非そうしたい。

 何故かって?

 この世界には、いや言い直そう。この国には、僕が訪れたどの世界にもなかった素晴らしい物がある。漫画とアニメだ!

 小説も好きではあるが、これは他の世界にも素晴らしい物が多くあった。

 ゲームも悪くはない。しかし最初にやったゲームが悪かった。動体視力と反射神経、そして先読みが物を言う類のゲーム──要は対戦系のゲームだ──は、僕にとっては非常に退屈な物でしかなかったからだ。色んなジャンルの対戦ゲームをやったが、どれも僕にとっては同じ。誰とやっても同じ。結果も同じ。10─0のワンサイドゲームだ。これでは楽しみようがない。その後はRPGやシミュレーション等にも手を出した。これらは結構楽しめたと思う。自分の能力に左右されないところが良い。

 何の話だったか……。そうだ、漫画だ。今日は新刊の発売日だ。行きつけの書店は十時開店、まあ開店直後に売り切れる様な物でもないので急ぐ必要はないのだけど、早く読みたいので急ぐとしよう。ネットで購入した方がポイント的にはお得ではあるし、電子書籍も場所を取らず持ち運びにも便利だ。だがしかし敢えて言おう! 僕は俄然がぜん書店派だ。やはり本に囲まれた空間というのは良い。あれは実に良いものだ。いずれこの世界に僕だけの漫画屋敷を作りたいものだ。

 ゴホン。また話が逸れてしまった。

 まあとにかく、だ。着替えを済ませて出かけるとしよう。

 

 ガチャリ──


 と玄関のドアを開けると、そこは異空間だった。


          ◇


『ようこそ諸君! ここは楽しいたあああああのしい! 殺し合いの世界だ! 生きて元の世界に帰れるのは、最後に残った一人だけ! さあ! 存分に殺し合ってくれたまえ!』

 僕の周囲には突然の事態に混乱する人々が百人ほど。パニックになっている人や、謎の声にブチ切れている人、反応は様々な様で、いつも通りだ。

 この国に来て、この”デスゲーム”と呼ばれる空間にご招待されるのは、はて何回目だろうか。何十回? いや三桁は行ってるんじゃないか? 因みに今日は水曜だが、今週呼ばれたのはこれで二回目だ。まずまずのペースと言っていい。何故彼等は懲りずに僕を呼ぶのだろうか? 横の繋がりがないせいだろうか? はなはだ疑問だが、まあ僕の知った所ではない。

『でわぁ、まずルールを説明しよう!』

 いつも通りどうでもいい説明をし始めたけど、そんな物は初めての時に聞いて以来、真面に聞く必要もない物だと知った。さっさと帰るとしよう。新刊が僕を待っている……っ!

『この空間は……ん? ぎゃあああああああああああああああああああああ……』

 姿を見せない正体不明の主催者を、正体不明のままサクッと始末してデスゲームを終わらせる。別に正体とか知りたくもないし興味もないし。僕が呼ばれたデスゲームの犠牲者はいつも主催者だけだ。本当。なんで僕を呼ぶのだろうか。自殺志願者なのかな?

 他の招待者達は何が起こったかすら全く分かっていないだろう。元の世界に戻れば夢か幻だったとでも思う事だろう。殺された主催者も何が起こったのか分かってない可能性もある。何をしたかと言えば簡単で、『魔法』で主催者を捕まえて、『魔法』の剣で斬り殺した。それだけの事。トースターでパンを焼くより簡単だ。

 主催者が死んだらいつも通り元の場所に戻された。

 今度はちゃんと部屋の前だ。

 時間は……十時半! 直ぐに済ませた割に時間が経ってるな。

 時間軸が違ってる系の亜空間だったか。ならもっと早く片付けても良かったな。

 気を取り直していざ、愛しの新刊へ!


 一歩を踏み出すとそこは、異世界だった!!


「またかっ!」

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