第17話 最初のミッション


 高い買い物をしたあと、また再びファミレスに集合する。

 今度は荷物いっぱいになった。


「よし!これで準備は万全だ!亮は絵を描けるようになった」

「あの。一応、僕はこれを使うのは初めてなんで、後で教えてください」

「その辺はサボテンから教わって来い、彼女も同じタップペンを使っている」


 クラウスの助言を聞くと、サボテンに顔を向けると、彼女は満面な笑みを浮かべていた。


「タップペンの使い方なら、私におまかせください!」

「おお。頼もしい!」


 亮は感謝な気持ちを送ると、サボテンは「えへん」と胸を張る。

 隣にいる咲良先輩はコーヒーを啜ると、初めて口を開く。


「……本当にうまくいくのかしら?」


 など、空気を一段に重苦しくする。


「どういうことだ」

「さっきから、ずっと黙っていたけど。新人が出来るはずもないわ。タップペンも慣れていないし、フルカラーCGの経験もない。木曜日までに完成するって、本気で考えているの?」


 そして、論理的に問題を指摘する。

 痛い、指摘でもあった。亮は今まで、デッサンか落書きで絵を描いてきた。それをいきなり、綺麗な絵を10枚、描くなんて業務は到底無理があった。

 亮は心の底では、厳しいとわかっていた。

 だが、チャレンジしたい気持ちが優先する。

 自らの手で新刊を完成し、またあの即売会にいくんだ。


「はい。僕が……」

「無理よ」


亮が口を開く前に、拒絶された。


「ここはサークル副代表として、今回の新刊は諦めた方がいいと考えているわ。成功する根拠がない今、ここで中断した方が痛手を減るわ」

 全員が顔を俯く。咲良先輩の指摘は正しい。

 クラウスが考えている新刊2つを出すのは、かなり厳しいのは事実だ。

 だが、クラウスは諦めたくはなかった。咲良先輩に説得を試してみる。


「そ、そりゃ根性と努力で……」

「……理論的じゃないわよ。それ」

「そ、そうだな」

「初心者がフルC G10枚描くのは難しいわ。彼はずっと落書きで描いていたのよ?締め切り4日間で描くのは、正直に言って、狂気の企画よ」

「う、そ、そうだな」


 クラウスは顔を引き攣る。

 確かに、冷静に考えて見たら彼女のいう通り。初心者にいきなりフルC G10枚を描くのは難しい。なぜならば、亮の絵は落書きでしかない。いきなり芸術点の高いフルC Gの絵を描くのは、厳しい。

 それに、枚数を減らすわけにはいけない。なぜなら枚数を減らせれば、本のページ数が減る。

 それは……


「それに、10枚より減ったら、私たち、サークルエターナルの本のクオリティが落ちた。客が逃げるわ」

 ……エターナルの本、クオリティーが下がる。そうすれば、客離れが発生すると、咲良先輩は指摘した。

 妥協ができないラインでもあった。


「この企画、無理があったのか?俺は亮のチャレンジに賭けて見たい」

「これはサークルの存亡に関わることよ?下手な10枚の絵を描かれたら、サークル『エターナル』の汚名になるわ」

「なら、お前はどうして最初に止めなかった?どうして、この話をまとめるときに止める?」

「……」


 クラウスはここの奥底で叫ぶ。

 周囲が一瞬だけ、亮たちの口論に向ける。

 ……少し恥ずかしい。


「心の奥底で、お前だって、クラウスの可能性を信じているのだろ?」

 クラウスは渋い顔で考え始める。

 新刊はクラウスの1冊。それがこのサークルエターナルの限界。それ以上を出すことはできないと、みんながそう思い始めた。


「いいわ。私の負けよ」


 そう、彼女は諦める。

 そして、取り乱す自分を制圧する。


「けど、条件があるわ」

「条件……ですか?」

「ええ。これもサークル『エターナル』の存亡のためだ」

「その条件とは?」


 亮はゴクリと唾を飲み、隣にいる咲良先輩の条件を黙って聴く。

 すると、彼女はこう告げる。


「もしも、木曜日までに10枚完成しなかったら、亮の新刊をなしよ。その代わり、もしも、僕が10枚完成したら、どうか僕の10枚を新刊としてください」

「それって……」


 亮は一瞬だけ息を途切れる。

 彼女はその困難と主張している10枚の絵を許可したのだ。


「だから、頑張りなさい。10枚を完成させるのよ」

「は、はい」


 亮は心の中でガッツポーズをとる。

 サークル副代表に、許可を取れた。

 次は自分の能力との戦いだ。今度は自分の新刊を作るのだ。自分が描いたものを出したい。10枚の絵を完成させるのだ。

 手が震え出すのは自分の渇望が湧いてきたからだ。

 隣に座っている、咲良先輩を見つめる、彼女は眉間に皺を寄せる。


「本当に出来ると思っているの?」

「正直に言って。わかりません。けど、僕はクラウスさんのように自分の本を作りたいのです」


 亮は彼女に負けず、心の思いを告げる。


「前回の即売会……僕が同人誌を販売した時、楽しかったのです。クラウスさんの同人誌がみんなの喜んでくれると、思いも知りませんでした。同人即売会がこんなに楽しいなんて、知りませんでした。だから、僕も、クラウスのように、自分の本を作って、来客に喜んでいけたいです」

「……あなたの意見は支離滅裂だわ。そもそも、クラウスの同人誌で人が喜ぶのは、クラウスにそれほどの能力がある、神絵師、だからよ」

「っ!?」


 亮は開けた口が閉まらなかった。

 矛盾に気づいたのだ。

あの時、即売会で人が喜んでいたのは、クラウスの作品。自分の作品ではない。

 サークル『エターナル』のイラストレーターの実力を持って、人の心を動かせたからこそ、客は喜んでいた。人はクラウスの実力……神絵師の絵……を購入した。

決して、亮が接客したせいではない。誰かが接客しても、その本は完売する。

……亮の実力は関係なかった。


「まあ、待ってくださいよ。咲良先生」


 そこで横槍に入ってきたのは、サークル代表のクラウスだ。


「こいつは神絵師になれる。神絵師の俺が保証する。こいつの絵はすごい。才能が眠っているだけなんだ。この10枚の絵も描き出せると、俺は信じている」


 クラウスは屈託のない笑みを浮かべ、向席に座っている咲良先輩の方を見つめる。

 お互い、5秒間の沈黙が走る。お互い、誰かが先に折れる火を待っていた。

 そして、最初に音を上げたのは、咲良先輩だった。彼女は「はあ、男はバカばっか」とディスってから語る。


「いいでしょう。でも、条件があります。木曜日に10枚の絵を完成すること。あと、クラウスの目を通すこと。テキトウな絵を送られても困る。品質管理はサークル代表に頼むわ。そこで間に合わなかったら、新刊の話はなしね?」

「ああ。それでいい」


 咲良先輩がまとめると、クラウスは頷く。

 これで、方針が決まった。亮の戦いがここから始まる。


「亮さん!がんばってくださいね!10枚のフルカラー!期待していますよ」

「ありがとう。サボテンちゃん。僕はこのタブペンで10枚頑張るよ」


 サボテンの励みに、亮は爽やかな笑顔で返す。


「亮よ。一応訊くが、絵の構図は思い浮かべたか?10枚の構図」

「実は全然できていなくて、アニメをもう一度鑑賞しようかなと思って」

「なるほど、なるほど」


 亮の答えにクラウスはうんうんと頷く。

 少し、様子がおかしい。と、亮が思っているとクラウスは続けて訪ねる。


「もしも、魔法少女アイリのモデルになる人がいたら、構図を思い浮かべれるか?」

「はい?」


 クラウスの言葉に亮は目を丸くする。


「いや、どうせ。魔法少女アイリを描くのだから、実在する魔法少女アイリを見た方がいいと思って」

「まさか……」


 クラウスの言葉で咲良先輩は顔を引き攣る。

 だけど、サボテンと亮は何か何だかわからない状態でいた。


「今からスタジオ借りているんだよね。ここから徒歩で10分の場所にね」

「やらないわよ!私!コスプレなんて絶対にやらないから!」


 咲良先輩は怒鳴り上げると、周囲の目線を浴びる。

 照れ隠しに、ごほんと咳払いをして、席に着く。


「おいおい。遊びでコスプレするではないだぞ?新人くんのためじゃないか」

「や、やらないわよ。何考えているのよ。私に似合う訳ないじゃない」

「えー。それは似合いますよ。咲良先輩美人ですし」

「サボテンちゃんまで何を行っているのよ。私に似合う訳ないじゃない。ほら、亮。あなたからも何か言ってあげたらどうなの」

「……正直。咲良先輩がコスプレは見てみたいと思います」

「……殺すわよ!あのスケッチブックを広めるわよ」


 四面楚歌された咲良先輩はものすごい形相でクラウスを見つめる。

 だが、クラウスはそんな形相は脅しでも、なんでもない。悪戯な笑みを浮かんでいた。


「よし!咲良先生よ、お前には重要なミッションを与える。コスプレせよ!そして、何枚かポーズをして、新人の構図絵の標本になれ!」

「っつ!覚えて置きなさいよ!」

「こいつは俺の借一つとして借りだ」


 クラウスが満面な笑みをすると、咲良先輩は悔しがるように、唇を噛んだ。

 ……どうやら、そんなにコスプレのことをしたくもないようだ。

 確かに、僕が変な格好してカメラ越しにされたら、嫌な気持ちになる。

 だけど、亮は咲良先輩が魔法少女アイリの姿は見たい、と欲望が勝つ。

 ……すいません!


「大丈夫ですよ!私がメイクしてあげますから。咲良先生なら、完全に魔法少女アイリになれますよ」

「私の拒否権は……」

「「ない」(です)」

「っつ!?」


 今度は咲良先輩の顔が真っ青になる。

 そして、物を急いで片付ける。


「私、帰る……」

「ん?良いのかな、ここで逃げるのは」

「どういうことよ?」


 咲良先輩が準備をまとめ終えて、こちらを睨み付けると、クラウスはニット笑って、小さくつぶやく。


「もし、やってくれたなら、新規作品の絵師紹介の件を白紙に戻すぞ?」

「意地悪……」


 クラウスは不敵の笑みを浮かぶと、彼女は悔しそうに唇を噛む。


「よし、決まったなら行こうか。ここのお会計は俺が払う!」

「良いのですか?またも、奢ってもらって」

「いいさ。まあ、おまえが正式にサークルエターナルの参加祝いだ」


 またも太っ腹にもクラウスはここの支払いを済ませた。全員は荷物を持ち、退店していった。

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