第7話「全てのひとは愛につつまれており、愛によって生かされている」

 其の二



 善きにしろ、悪しきにしろ、ヴェローナ・ビーチは活気に満ちている。

 その街は、ジャンクヤードのような混沌が溢れていたが、裏返せば剥き出しの生命力に満たされているとも言えた。

 しかし、その教会の中は、静寂が支配している。

 森の奥深い場所であるかのような、しんとして澄んだ空気が漂っていた。

 そして、黄昏のような薄闇が、全ての音を飲み込んでいるようだ。

 その静かな場所に、ひとりのおとこが踏み込んでくる。

 白いジャケットを身に付け、腰にツーハンデット・ソードのように大きな拳銃を吊るしたおとこであった。


「これは、珍しい」


 祭壇の下に居た、黒衣の神父が声をかける。


「ロミオではないですか。まさかわたしの話を聞きに来たわけでは、ないでしょうね」


 ロミオはベンチのひとつに腰をおろすと、神父を見る。


「あなたにお願いがあって来た、ロレンツ神父」


 ロレンツは、驚いた顔でロミオを見る。

 しかし、その顔に笑みを取り戻した。


「わたしにできることであれば、なんなりと力になりましょう、ロミオ」


 ロミオは、大きく頷く。

 その眼差しに、真剣なものを読み取ったロレンツは、真摯な眼差しでロミオを見つめ返す。

 ロミオは、ゆっくりと語り始めた。


「おれは、結婚しようと思っている」


 ロレンツは、再び驚いた顔となった。


「まさか、ロザラインとですか?」


 ロミオは、苦笑する。


「あのおんなには、ふられたよ」


 ロレンツは、ため息をついた。


「相手の名を、聞かせてもらえますか、ロミオ」


 ロミオは、ひと呼吸おくと、思いきった口調でその名を語った。


「ジュリエットだ、ロレンツ神父」


 ロレンツは、頬を張り飛ばされたように、息をとめる。

 しばらくして、その顔を笑みで崩れさせた。


「ロミオ、ロミオ。全く君には驚かされる。君はキャピュレットのひとり娘と、結婚するというのですか」


 ロミオは、少し苛立った顔で、頷いた。


「キャピュレットだのモンタギューだのというものは、おれにとってもう、どうでもいいんだ」


 ロミオは、真っ直ぐにロレンツを見る。


「おれは、ひとりのおとことして、ひとりのおんなを愛した。だから結婚する。何か間違っているのか? おれは」


 ロレンツは優しく微笑むと、首をふった。


「君は、この街の誰より正しい決断をくだしたと思いますね、ロミオ」


 ロミオは、当然だと言うように、頷いた。


「おれはこれから、ジュリエットを妻として迎える。あんたにはその場に立ち会ってもらい、証人となって欲しいんだ、ロレンツ神父」


「いいでしょう、ロミオ。君がわたしにその役を求めてくれたことを、とても嬉しく思います」


 ロレンツは、そっとため息をついた。


「それにしても、わたしの元に来てくれるとは、少し意外ですね。君は、主への信仰などに興味を持ってなかったでしょう?」


 ロミオは、肩を竦める。


「ロレンツ神父、残念だがおれにとってあんたらの教えは難しすぎる」


 ロミオは、少し苦笑いを浮かべて語る。


「あんたらは、おれたちは罪深い存在だという。その理由というのが、大昔にひとりのおんなが木の実を食べたからだという」


 ロミオは、困惑気味の表情を浮かべている。


「おれの知らないおんなが犯した罪を負わされ、さらにその罪を贖うために十字に吊るされたおとこを崇めろと言われても」


 ロミオは、首をふる。


「おれには、無理な相談だ」


「ロミオ、君は間違っていますよ」


 ロミオは、驚いた顔をしてロレンツを見る。


「おれが、間違っている?」


「はい。罪なぞ存在しませんし、主が十字架に吊るされたのも、もちろん罪を贖うためではありません」


「ほう」


 ロミオは、興味深そうにロレンツを見た。


「では、なんのために彼は死んだのだ」


「愛を、知らしめるために」


 ロレンツは、じっとロミオを見つめ、厳かといってもいい口調で語った。


「全てのひとは愛につつまれており、愛によって生かされていることを知らしめるために、十字架に登ったのです」


 ロミオは、苦笑にも似た笑みを浮かべる。


「あんた、そんな話をしてヴァチカンから破門されないのか?」


「ここは、天国に一番近いファベーラですから、わたしはヴァチカンよりも主に近いのですよ。それより、信仰を持たない君が、なぜ証人としてわたしを選んでくれたのですか?」


 ロミオは、少し鼻で笑う。


「決まってるさ。このヴェローナ・ビーチでキャピュレットでも、モンタギューでもないひとで、信頼できるのはあんただけだからさ、神父」


 神父は、深く頷いた。

 その時、再び教会の扉が開く。

 ひとりの、白いワンピースを着た少女がそこに立っている。

 ジュリエットであった。

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