第4話「優しい夜が駆け足で去り、残酷な朝が来るまでの間」
其の四
そして、その夜。
ロミオとベンヴォーリオは、マキューシオにつれられるまま、そのパーティ会場についた。
そこは、外見はまるきり倉庫であったが。
中で鳴り響く轟音に、その身を震わせているかのようだ。
回りは大きな空き地になっており、そこにバイクを停めた三人は会場へと向かう。
マキューシオは狼のマスクで顔の上半分を覆い、ロミオは道化、ベンヴォーリオは悪魔の仮面を着けている。
会場の入り口には、背が高く分厚い身体をした黒服のおとこたちが、並んでいた。
マキューシオは、涼しげに笑うと、招待状のカードを黒服に差し出す。
無表情の黒服は、そのカードを一瞥してマキューシオに頷いて見せた。
マキューシオは、手をひらひらさせながら通りすぎようとしたが、黒服が呼び止める。
「武器の持ち込みは、禁止している。預からせてもらおう」
マキューシオは黒服に笑みを返し、ホルスターに入ったままのS&W M19を黒服に渡した。
ベンヴォーリオもそれに倣い、ホルスターごとコルトパイソンを差し出す。
ロミオだけが、躊躇っている。
マキューシオは、楽しげに笑いながら、肘でつついてロミオを促す。
ロミオは、意を決したようにガンベルトをはずし、ソード社製のツーハンデッドソードのように巨大な銃を差し出した。
黒服は、表情を強ばらせる。
その巨大なソード社製の銃を扱うおとこは、この街にはひとりしかいないはずであった。
それを、知らないものはいない。
ガンベルトごとその銃を受け取った黒服は、ぐっとロミオを見つめる。
慌ててマキューシオが、その黒服に抱きついた。
「いいおとこだねぇ、あんた」
黒服は、少し鼻白む。
「その銃のことなら、気にするな」
マキューシオは目配せすると、無理矢理黒服のポケットに札をねじ込んだ。
「こいつは、かっこをつけたくて、レプリカを持ち歩いてるんだ。そいつはただの32口径コルトだよ。犬も殺せない、豆鉄砲さ」
マキューシオは、黒服の頬に口づけする。
黒服は、諦めたようにその銃を持って、後ろにさがった。
そして三人は、会場の中に足を踏み入れる。
音が、物理的な圧力をもってロミオたちを包み込んだ。
電子的サウンドが、機銃掃射のように鳴り響いている。
シンセサイザーが、麻薬に浸った脳が見る夢のような、高速のメロディを奏でていた。
さらに、光が狂ったように、乱舞している。
あたりは、輝く宝石でできた、カレイドスコープのようであった。
その無数の花火が炸裂するただ中のような空間で、スーポーツカーのように優美なボディラインを持つおんなたちが踊っている。
彼女たちは、深海を遊弋する魚のように、穏やかに踊っていた。
しかしその回りは、光と音の空爆を受けているように、音が炸裂し光が疾走している。
「ようこそ、子供たち」
気がつくと、ロミオたちの前に梟の仮面をつけた太ったおとこが、笑みを浮かべて立っている。
ロミオは、仮面の下の顔が、キャピュレットの当主のそれであることに気がついた。
そうやら向こうも、彼がロミオであることに気づいているようだ。
しかし、そんなことを感じさせぬ笑みを浮かべたまま、梟の仮面をつけたおとこが言う。
「おれがおんなであれば、放ってはおかないほど好いおとこぶりだな、子供たち」
マキューシオは、優雅に一礼した。
梟おとこは満足げに頷き、言葉を重ねる。
「ここは、顔を忘れ、名を忘れ楽しむ場所だ。子供たち、おまえたちが誰かは知らぬが、存分に楽しんでいけ。優しい夜が駆け足で去り、残酷な朝が来るまでの間だけはな」
そういい終えると、梟おとこは一礼して奥へとさがってゆく。
会場の奥には仕切りが作られ、小部屋のような場所があった。
そこには豪華なソファが置かれ、テーブルには酒と料理が並べられている。
梟の仮面を外したキャピュレットは、ソファへと腰をおろす。
その隣には、精悍な顔立ちの若者がいた。
「今のは、ロミオではないのですか?」
問いかける若者に、キャピュレットは杯を口に運びながら一瞥をくれ、答えた。
「ティボルトよ、どうやらそのようだな」
ティボルトと呼ばれた若者は、顔を蒼ざめさせると立ち上がる。
その腰には、大きな純白の拳銃が吊るされていた。
460ウエザビーマグナムという巨大な銃弾を撃ち出す、ホワイトホースと呼ばれる銃だ。
「ティボルト、何をする気だ」
「決まってるじゃないですか」
ティボルトは、叫ぶように言った。
「モンタギューは我らの敵だ。叩き出して、土を食わせてやる」
「やめておけ」
キャピュレットは、静かに、しかし断固とした口調で言った。
「ロミオ、あいつはな、蜘蛛だ」
ティボルトは、怪訝な顔でキャピュレットを見る。
「家にある蜘蛛の巣が邪魔だからといって、取り除くのは馬鹿者のすることだ。そんなことをすれば、家はあっという間に虫に食われて崩れてしまう」
キャピュレットは笑みを浮かべていたが、鋭い眼光でティボルトを見ている。
「二年前、ロミオはこの街をのっとろうとしたチャイニーズマフィア15人を血祭りにあげた。その時おまえは、何をしていたのだ、ティボルト」
ティボルトは、蒼ざめた顔で、キャピュレットを睨みつける。
キャピュレットは、優しげと言ってもいい口調で、話し続けた。
「ティボルト、死んだ弟の子供であるお前をおれは、我が子として育ててきた。しかしな、お前がおれに従わぬのなら、ここの主がだれであるか、お前に教えなければならなくなる」
ティボルトは、口を開こうとして、やめる。
そして言った。
「判りました、父さん」
キャピュレットは、鋭い眼差しのまま笑みを浮かべ、頷く。
「判ったなら、座れ。そして、酒を飲め。おまえも、楽しむがいい、我が子よ」
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