第12話 南国の隠れ家

 ゴクウを探すにあたり何か手掛かりはないかと考えたところ、前に浜辺で妲己を見たことを思い出した。黒龍組幹部である妲己が、ただ俺たちにチェンを迎えに行くということを伝えるためだけに浜辺に来たとも思えない。何かそれ以外の目的があったのかもしれないと思い、俺たちは浜辺に向かった。

 

「あの……ゴクウさんってあれでも結構強いですから、そんなに簡単に連れ去られるとは思えないんです」とユテン。

 

「まあゴクウの性格なら、自分からついていった可能性の方が高いな……」

 

「ん? これは何の跡だ?」とブルースが不思議そうに言った。

 

 足元の砂地をよく見ると、そこにはバイクのタイヤ跡と思われるものがあった。

 

「Yo!! これは間違いなくゴクウの金斗雲の跡だぜぃ!」

 

 この浜辺は海風も強く、人も多い。前にゴクウとヒロブミが来た時に残したタイヤ跡が今も残っているとは考えにくい。

 

「辿ってみよう!」

 

 風や人によってタイヤ跡が消えると困るので、俺たちはすぐにそれを辿って行くことにした。そのタイヤ跡は海沿いにずっと進んでいて、とうとう島の裏側まで来てしまった。

 

 不思議なことに島の裏側は意外と整備されていて、それなりに人もいる。だが、観光客ではなく、見慣れた冒険者協会の服装をしている人ばかりだ。

 

 タイヤ跡はちょうどその辺りで消えていたので俺たちは足を止めると、ブルースが口を開いた。

 

「ここは冒険者協会が管理するダンジョンがあるところだね」

 

「Yeah!! A級ダンジョン“南国の隠れ家”だな」とヒロブミ。

 

「それって……?」

 

 俺がそういうと、ブルースが説明してくれた。南国の隠れ家とは、この異世界でも数少ない冒険者協会が直轄で管理するA級ダンジョンだという。このダンジョンでは敢えてボスを倒さず、かつ活性化もさせずに数十年もこの状態を維持している。その理由はダンジョンの中で、高級食材であるブリリアントココナッツが取れるからだそうだ。

 

「ここはS級冒険者の付き添いがなければ入れない。ゴクウがここに用があるとも思えないし、おそらく妲己がゴクウを連れて入っていったのだろうね」とブルース。

 

 付近にいる冒険者協会の人間に聞いてみたところ、ブルースの言う通りだった。一時間ほど前に猿の仮面を被ったS級冒険者が銀髪の美女と共にダンジョンに入っていったという。

 

 幸いブルースもS級なので、俺たちもダンジョンに入ることができる。いざ入口まで来てみると、南国の隠れ家は他のダンジョンとは違い、周りには店や人で溢れている。数十年もブリリアントココナッツを採取、輸送しているうちに、この一帯は浜辺の街として発展したのだという。

 

 そして、俺たちはダンジョンの中に入っていった。

 

 不思議なことにダンジョンの中の風景は、外とあまり変わらないものだった。草木の種類が少し違う程度で、まるでただカイナン島から別の孤島に移動しただけのようだ。

 

「それにしても、その何とかココナッツってそんなにうめぇのか?」とチェン。

 

「美味い。だが、それだけだ。なぜ妲己がそれを欲しているのか私にも分からないね」

 

 ダンジョン内のモンスターは数十年前にすでに殲滅されたようだ。道中はたまに見かける巨大な食肉植物がよだれを垂らしてユラユラ動いているが、近づかなければ害もない。

 

「こんな安全なのに、なぜA級以下は勝手に出入り出来ないんですか?」と俺はブルースに聞いてみた。

 

「ボスが神出鬼没だからだね。横の海を見てごらん」


 そう言われて海の方を見たが、穏やかな海が水平に広がっているだけで、特に何もない。

 

「え? 何もないですが……」

 

「今はね。油断していると突然出てくるよ」

 

「こわっ!!」とチェン。

 

「S級冒険者なら倒せるレベルだけど、倒したら大事なダンジョンが消えちゃうからね。放置するしかないんだ」

 

「なるほど……だから万が一のためS級の付き添いがいるのか」

 

 すると急に波が激しくなり、眺めていた先の海がゆっくりと盛り上がってきた。

 

 ズザァァァーンッ!

 

「あ、出たね」

 

 海の真ん中ら巨大なクジラのようなモンスターが出てきた。至って冷静なブルースの横では、ユテン、チェン、ヒロブミがひぃひぃ言って震えている。

 

「ど……どうするんですか!?」

 

「……逃げる!!!!」

 

「えっ!?」

 

 モンスターが轟音と共に陸に上がってきて、体を左右に動かしながらこちらに向かってきた。それを見て、ブルースは海沿いを全速力で走っていった。俺たちも置いて行かれないようにと、ブルースを全力で追いかける。

 

「死にます死にます死にますぅぅぅ!」

 

「お、おい!! ヒゲ! おとりになれっ!」

 

「えぇ!? チェン君それはひどいYo!!」

 

「つべこべ言わず早く逃げるわよ!!」

 

 皆全速力で走っているが、砂浜に足を取られて中々前に進まない。

 

「……てか何で森の中に入らないんですか!?」

 

「森の中に入ったら、木々もろとも破壊する広範囲の技を放ってくるんだよ。だから、とにかく海沿いを走るしかないね」

 

「な、なるほど……!」

 

 俺たちはしばらく走り続け、そろそろ体力が尽きると思ったところで後ろを振り返ってみると、ボスモンスターはすでに見えなくなっていた。

 

「逃げ切った……!」

 

「もうダメですぅぅ……」とユテン。

 

「おい! あそこ見ろ!!」とチェンが遠くを指差して言った。


 チェンの指差す方向を見ると、砂浜から人の頭のようなものが生えているのが見えた。


「まさか……!」


 俺たちはすぐにそのそばまで近づいた。その頭は案の定猿の仮面を被っていて、首から下はすべて砂の中に埋まっていた。


「ゴクウ……!!」


「うん? ……おお! みんな! 来てくれたのか!」


 俺たちは力を合わせて周りの砂を取り除き、ゴクウを砂の中から引っこ抜いた。


「ゴクウ、何でこんな目に遭ってんだ……?」


「それはな! 銀髪の美女がココナッツを食べさせてくれたらエッチなことしてあげるって言うからさ! 金斗雲に乗せて一緒に来たんだ!」


「……で、何で埋まってるの?」


「ココナッツを取ったら、エッチなことする前に砂遊びしようって。それで何故か埋められて、美女は先に帰っちゃったんだ! 恥ずかしくなったのかな!!」


 ゴクウの鈍感ぶりはもはや救いようがない。


「ココナッツは食べずに持って帰ったのかね?」とブルース。


「おう! 帰ってゆっくり食べるらしい! ……ってブルース!?」


 ゴクウは話しかけられて、ようやくブルースの存在に気づいたようだ。


 そして俺たちはブルースと行動を共にすることになった経緯や、銀髪の美女が妲己という名前だということなどを説明した。妲己が黒龍組の幹部だと知り、ゴクウも目玉が飛び出る勢いで驚いていた。


「それにしても分からないね。妲己……いや、黒龍組の目的が」とブルース。


「以前、俺も黒龍組の夜叉って奴に会ったことがあります。その時はモンスターの角を盗まれたんですよ」


「夜叉に会ったのか……ん? 待て、モンスターの角?」


「はい、ニュートウってモンスターの角で……」


 俺は覚醒したニュートウの話や、モンスターの活性化に黒龍組が関わっていたこと、ナカマロに助けられたことなどを話した。


「まだ断定はできないが……奴らの目的は錬金術かもしれないね」


「錬金術……!?」


「モンスターの角、特に覚醒したものは錬金術の最高の素材なんだ。ブリリアントココナッツのようなダンジョン産の食べ物も素材としてよく使われる。これは思ったより厄介なことになるかもしれないね……」


 話を聞くと、錬金術はモンスター素材と、ダンジョン産の食材と鉱石の三つが素材に使われることが多く、それらが希少なほどヤバい効果の物を作り出せるという。


「とりあえず、冒険者協会に報告した方が良さそうね」とリン。


 そうして俺たちはダンジョンから出て、南国の隠れ家の管理責任者にこのことを報告した。彼はシン帝国にある冒険者協会の本部に連絡するといい、俺たちはブルース、ゴクウ、ヒロブミに別れを告げて拠点にしているズイ王国に戻っていった。

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