第11話 アリーナ-その2

 ブルースは黒髪で、襟足にお下げを垂らした如何にもカンフー使いという見た目だ。龍の刺繍が入った古風な服を着ていて、恐ろしく静かな足取りで会場に入ってきた。

 

 いざ面と向かって対峙すると強者のオーラというものがひしひしと伝わってくる。それは初めてトヨトミと会った時と同じような感覚で、他の冒険者より一段階高い境地にいる人間のオーラだ。

 

「私はブルースだ。よろしく頼むよ」

 

「リョウスケです。よ、よろしくお願いします」

 

 するとブルースは俺に向かって手を伸ばしてきた。アリーナで、いや、この異世界で握手を求められたのはこれが初めてだ。俺はその行動に少し戸惑い、あたふたしながらも握手を交わした。強く握られたその手からは、武を重んじる謙遜的な態度が感じられた。

 

「じゃあ始めようか」

 

 そう言うとブルースは拳を構え、小刻みにステップを繰り返しながら、こちらの様子をうかがい始めた。

 

 いつ来るのかと俺も剣を構えながら警戒していたが、まばたきをした途端、フッと目の前からブルースの姿が消えた。

 

「歯を食いしばれ!!」

 

「……え?」

 

「アチョーッ!!!!」

 

 ブルースの甲高い裏声とともに、背後から強烈な蹴りが俺の背中を直撃した。

 

 俺はそのまま前方に勢いよく吹っ飛び、体の至る所を地面にぶつけながら転がっていったが、観客席のすぐ目の前で何とか体勢を整えた。


「まじか......全然見えなかった」


「ワンパンとはいかなかったようだね」と、ブルースは余裕の表情だ。


 近距離戦は不利だと思ったので、敢えて近付かずにその場で遠距離技を使うことにした。


「桃山流......蝉氷!!」


「ンアチョーッ!!」


 また甲高い裏声と共に繰り出されたパンチにより、俺の放った氷は砕かれた。


「惜しいね。まだ精度が足りない」とブルース。


 だが、俺はこんな単純な攻撃が防がれることは予想していた。砕かれた氷と水蒸気が空気に混じり、視界が悪くなっている隙に俺は一気にブルースに近付いた。


「桃山流......」


「ニャチョーッ!!」


 技を出す前にブルースの回し蹴りが飛んできて、紙一重で剣で防いだが衝撃でまた吹っ飛ばされた。


「策は良い。だが、遅いね」


 ブルースはそう言いい、少し屈んだと思ったらかなり早いスピードで俺に向かって走ってきた。


「ドラゴンキック!!」


 またまた甲高い裏声を発して、飛び蹴りを繰り出してきた。ブルースは攻撃する時、必ず裏声になるようだ。


「桃山流......流水!!」


 俺は流水の如く滑らかな剣筋でブルースの蹴りの軌道を逸らし、ギリギリのところで避けた。


 ドラゴンキックはチェンが良く使うスキルの一つで、龍が突進する如き飛び蹴りを繰り出す技だ。蹴りの瞬間には龍の姿がうっすらと現れる。チェンの場合、その龍は自分の足と同じくらいの大きさだが、ブルースの出す龍はその3、4倍はあった。


「さっきから桃山流の技を使っているようだが......トヨトミの弟子か?」


「ハァ、ハァ......そうです」

 俺はすでに満身創痍で会話するのも精一杯だ。


「やはりか。あいつが弟子を取るなんて珍しいね......」


「......油断してると危ないですよ!!」


 俺は隙を見てブルースに向かって飛び込み、最後の力を振り絞って剣を振った。


「ドラゴンアッパーッ!!」


「ぐあぁっ!!」


 剣を振り下ろす瞬間、ブルースの巨大な龍が昇るが如き豪快なアッパーが顎に直撃し、俺は真上に向かって数メートル飛ばされ、そのまま地面に落下した。


 意識はあるが、もう立ち上がれない。どうやらここまでのようだ。


「勝者、ブルース!!」


 俺はブルースに一太刀もあびせることなく負けてしまった。あんなに修行して、A級冒険者にまでなったのに......。俺は悔しさのあまりその場に跪いたまま、動けずにいた。


 そんな俺の姿を見て、ブルースがゆっくり近づいてきた。


「速さか、威力。どちらかを極めた方が良い。君はどちらも中途半端だね」


「助言、ありがとうございます......」


 ブルースのアドバイスを貰い、俺はトボトボと皆んなのいる観客席まで戻って行った。


「気にすることないのよ。ブルースはトップレベルの冒険者なのだから」とリン。


 リンが言うには、彼の名声は異世界人管理局にまで届くほどのものらしい。


「それにしても何であんな奴が参加してんだよ!! こんな田舎のアリーナに!! 穴場だと思ったのにYo!!」


「え? 穴場......?」


「Yeah!! 言ってなかったっけ?」


 どうやらアリーナというのは各地で開催されているものらしい。カイナン島のアリーナは比較的強者が少なく、優勝しやすい。ヒロブミとゴクウがわざわざここに来たのは、勝てる見込みがあったからだという。


 だからこそ、トップレベルの冒険者であるブルースがこのアリーナに参加していたのは、ヒロブミにとっても予想外のことのようだ。


「ちなみに、シン帝国のアリーナはやばいぜぃ。前回はトヨトミも参加してたが、確か準決勝で負けてたな」


 シン帝国......大陸の中心にあるこの異世界で最も大きな国だ。そこで四年に一度開催されるアリーナは最高峰のもので、多くのS級冒険者が参加するという。


「トヨトミやブルースレベルがゴロゴロいるのかよ!! やべぇな!!」とチェン。


「あれはマジでちびるぜ。......おっと、次は俺の試合だ。行ってくるぜ、Yeah!!」


 そう言うとヒロブミは観客席を降りていった。


 その後ヒロブミは順調に勝ち進み、とうとう決勝戦まで辿り着いた。やはり決勝戦の相手はブルースだ。ヒロブミはやべぇやべぇと言いながらも、自分に喝を入れて試合に向かっていった。


「Yo!! ブルース!! 簡単に優勝できると思うなよ」


「ヒロブミか。楽しみだね」


「決勝戦......試合開始!!」


 ピーッ!


「オーバーインフィニティ......」


「アチョーッ!!!!」


「ほげがっ!!」


 試合開始と共にヒロブミが中二スキルを唱えたが、詠唱中にブルースの高速の回し蹴りが顔面に命中し、ヒロブミはそのまま倒れて気絶した。


「試合終了!! 優勝者、ブルース!!」


 あまりに呆気ない決勝戦だったので観客たちは一瞬言葉を失っていたが、審判の試合終了の声と共に会場全体に大きな歓声をあがった。


「あれがヒロブミの正しい倒し方ってわけね......」とリン。



 これで全ての試合が終わった。今回、チェンは第一ブロックでの優勝が評価され、一気にAランクまで昇格することになった。優勝賞金も貰ったので美味しいものでも食べに行こうと思い、俺たちはアリーナを後にした。


「......あれ? そういえばゴクウは?」


「え??」と突然何かを思い出したかのように皆が同時に言った。


 辺りを見渡しても、やはりゴクウはいない。良く考えてみれば第二ブロックが始まった時からずっといなかった。


「確か、あの時観客席の反対側にいた銀髪の美女を追って......」


「......それから帰ってきてないです」とユテン。


「君たち、今銀髪の美女と言ったかね?」


 後ろから突然話しかけられて、振り返るとそこにはブルースがいた。


「まさかアリーナに来ていたとは……」


「知り合いなんですか?」


「おそらくそいつは黒龍組の幹部、妲己だ。私がこのカイナン島に来たのは奴がここにいるという情報を受けたからなんだ。アリーナはついでだね」とブルース。


「Yo!! そういうことだったのか!」


「黒龍組……!?」

 チェンが驚いた表情をしている。


「どうした?」


「こ、黒龍組ってあたいが転生前にいたマフィアだ……。何でこの異世界にもあるんだ!?」


 妲己がチェンを迎えに行くと言っていた理由がなんとなく分かった。黒龍組はチェンの存在をとっくに知って、きっと仲間に迎え入れようとしているのだろう。


 俺はこの異世界での黒龍組のことについて、知っている限りのことをチェンに教えた。チェンは終始驚きを隠せない様子だったが、大丈夫だと言って次第に落ち着きを取り戻していった。


 チェンが黒龍組に戻りたいと考えているのか、それともこれからも俺たちの仲間でいたいと思っているのか、その時の俺は彼女に聞く勇気がなかった。


「ともかく、ゴクウが妲己にさらわれた可能性がある。君たち、私と共に探しに行こう」


 そうして俺たちはブルースと行動を共にし、ゴクウを探しに行くことにした。

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