第10話 アリーナ-その1

 アリーナは冒険者同士が一対一で戦うトーナメントだ。


 C~S級のすべての冒険者が参加できるが、明らかに実力の差がある勝負は意味がないので、C級とB級が参加する第一ブロックと、A級とS級が参加する第二ブロックに分けられている。参加者は各ブロックで30人ぐらいだそうだ。


 俺たちの中ではチェンだけがC級なので第一ブロックに参加し、それ以外は第二ブロックに参加した。


 第一ブロックの試合が先に始まるということなので、チェンを除いた俺たち五人は観客席から応援することにした。


「チェン! 頑張れよ!!」


「は、恥ずかしいから大声だすなっ!!」


 口ではそう言っているが表情は満更でもない。


「ドラゴンアッパーッ!!」


「ぐはぁっ!」


 試合が始まって早々、チェンは持ち前のフットワークで相手の懐まで入り、龍が上るごときアッパーを食らわした。そして相手はその場で気を失い、審判がすぐに駆け寄っていった。


「試合終了! 勝者チェン!」


「早っ!!」とゴクウ。


「Yo!! あれC級の強さじゃないだろ!」


「チェンはまだ転生して間もないけど、ポテンシャルは私たちの誰よりも高いのよ」とリン。


 スキルの威力は個人の技量が高ければ高いほど強くなる。俺やユテンは元の世界では武術など全くしていなかったが、チェンは幼いころからずっと格闘技を叩き込まれていた。そのため格闘系のスキルなら、何を使ってもそこらのC、B級冒険者には劣らない強さがあるのだ。


 そんなこんなで次の試合、また次の試合とすべてワンパンで勝ち進んだチェンは、とうとう決勝戦までたどり着いた。


「決勝戦は一筋縄ではいかないかもな!」とゴクウ。


「強い相手なのか?」


「まあまあだな! リーという奴だが、元A級冒険者だ!」


「元……?」


「そうだ! 高ランクの冒険者は実績がない期間が長く続くと、降格させられるんだ!」


 冒険者ランクというのは永久的なものではなく、犯罪や老化、病気などでも降格させられることがあるという。リーはダンジョンで大怪我を負い、数年間活動を休止している間にB級に落ちた冒険者らしい。



 ピーッ!


 俺たちがそんな話をしているうちに、試合開始のホイッスルが鳴った。


「ドラゴンキック!!」


 試合開始と同時にチェンはいつもの調子で速攻を仕掛けた。


 だが今までのようにワンパンとはいかず、リーはそれを軽々と避けた。


「ふん! そんな単純な攻撃が当たるか!」


「やるじゃねぇか!」


 リーもチェンと同じく格闘系の冒険者のようで、二人は互いに攻撃をしては防ぎ、また攻撃をしては防いで、一瞬も目が離せない激しい攻防を繰り返した。


「うおぉぉぉぉ!!」とリー。


「うりゃぁぁぁ!!」とチェンも負けずに攻撃する。


 このままでは埒が開かないと思ったのか、リンは攻撃をやめ、距離を取った。


「怖気付いたか?」とリー。


「ちげぇよ! 本当はあまり使いたくなかったんだがな......」


 そう言うとチェンは両手を広げ、手で何かを握るようなポーズをした。


「......ガンスリンガー!!」


 輝くオーラが一瞬チェンを包み、勢いよく弾けたと思ったら、チェンの両手にはハンドガンが握られていた。


「ええ!? チェンは格闘家じゃないのか!?」とゴクウ。


「チェンは格闘だけじゃなく、射撃の才能もすごいんだ。だから、状況によって職業を切り替えて戦うスタイルになったんだ」


「おいおいマジかYo!! あんな性格なのに器用すぎるだろ!!」とヒロブミ。


 チェンは片手のハンドガンをリーに向け、容赦なく撃った。


 ガキンッ!


「ゔっ!」


 リーは両手で弾丸を防いだ。硬化のスキルでも使っているようで、弾丸は弾かれてしまった。


「まだまだ!!」


 リンはもう片方の手も上げ、両手のハンドガンで交互に何度も撃った。


「く......!! ぐあっ!!」


 リーも負けじと弾丸を防ぐが止まらない銃撃に耐えられず、段々と肌をかすめて傷を負うようになり、その場に倒れた。


「勝者、チェン!!」


 審判の一言と共に、会場には歓声が湧いた。思わぬダークホースの登場に、特等席のお偉さんたちは驚いた顔をしている。


「Yo!! あの戦い方、完全にマフィアだぜ......」


「まあ、実際マフィアだからな」と俺は苦笑いを浮かべながら言った。


 チェンの方を見ると、ドヤ顔をして観客席の俺たちを見ている。俺たちもそれに応えて、大きな拍手を送ってやった。


 第一ブロックはチェンの優勝で幕を閉じ、続けて第二ブロックの試合が始まった。

 

 運が悪いことに一回戦から身内同士の戦いになってしまい、リンとヒロブミの試合が始まった。


 

 ピーッ!

 

「Yo!! 悪いなリンちゃん! ここは勝たせてもらうぜぃ!」

 

「ヒロ君、私だって負ける気はないわよ」

 

 リンが警戒して剣を構えたまま硬直していると、ヒロブミが先に動いた。

 

「カイザーアルティメット......ファイアーブラスト!!」

 

 ヒロブミが野球のピッチャーさながらの大振りで、ボールを投げるかのように大きな火の玉を飛ばした。

 

「ぐっ!!」

 

 リンは得意の防御スキルで何とかそれを防いだが、服や肌が軽く焦げ、それなりのダメージを負っているようだった。

 

「めっちゃ中二なスキルだけど、リンの防御の上からダメージを与えるなんて、さすがだな……」

 

「まあ、あの中二スキルは上級魔法だからな!」とゴクウ。

 

「えっ……でも、上級魔法って魔法使い系の職業しか使えないんじゃ・・・・・」とユテン。

 

「ヒロ君は賢者だからな!」

 

「えっ!?」と俺とユテンが驚きのあまり一瞬言葉を失った。

 

 それもそうである。ヒロブミはモヒカンにサングラス、しかも黒い革ジャンを着ていて暴走族風のバイクを乗り回しているオッサンである。見た目は完全に脳筋キャラにもかからわらず、まさかの賢者。職業だけは初代総理大臣らしさを残しているようである。

 

「だけど、ヒロ君の中二スキルは詠唱が長い!!リンがそれに気づければいいけどな!!」

 

「あの長いスキル名は詠唱だったの!?」

 

 詠唱中がヒロブミの弱点ということは分かったが、たとえリンがそれに気づいたとしても成す術はないだろう。リンはパラディンでガチガチのタンク職だ。詠唱を邪魔できるような素早いスキルなど持ち合わせていない。

 

 試合を見ると、相変わらずヒロブミは中二魔法を連発している。

 

「ライジングカタストロフィ......サンダー!!」

 

 ヒロブミの上空に雷雲が現われ、雷がリンに向かって降り注いだ。

 

「うっ……もう、限界ね……」

 

 そうして、リンはその場に膝をついた。

 

「試合終了! 勝者、ヒロブミ!」

 

 試合が終わるとヒロブミは膝をついて動けずにいるリンに駆け寄っていった。

 

「Yo!! 俺の魔法を何度も耐えるとは、見込みあるぜぃ!」

 

 そしてまた中二スキルを唱え、リンの肩に手を置いた。するとリンの傷はみるみるうちに回復していって、あっという間にかすり傷一つなくなった。

 

「ありがとね、ヒロブミ」

 

「Yeah!! 気にすんな!!」

 

 チンピラみたいな見た目だが、さすがは賢者。意外と紳士である。

 

 次はゴクウの試合である。ゴクウが席から立って準備運動をしているとき、ふと反対側の観客席に目をやると、昨日浜辺で見た銀髪の美女が見えた。

 

「おいゴクウ、あれ昨日の美女じゃないか?」

 

「え!? ……本当だ!! ちょっと如意棒で遊んでくるぜ!!」

 

 そう言うとゴクウは全速力で反対側の観客席に向かっていった。

 

「チェン、あそこの銀髪の人が前にチェンを迎えに行くって言ってた人なんだけど知り合いか?」

 

「あん? 遠すぎてよく見えねぇや」

 

 確かに遠すぎて顔は良く見えない。それにチェンもそんなに興味がなさそうだ。

 

「ゴクウ選手! ゴクウ選手! いませんか!」

 

 審判がゴクウを呼んでいる。観客席まで十分届く声だが、ゴクウは銀髪の美女を追いかけることに夢中で聞こえてないようだ。

 

「......規定時間内に現れないので、ゴクウ選手は失格となります」

 

「ゴクウさん……バカなんでしょうか」とユテン。

 

 普段は人を罵ったりしないユテンだが、ゴクウに対しては相変わらず辛口だ。

 

「いや、これは俺のせいかも……」

 

「気にしないでリョウスケ。バカなのよ、彼」

 

 ということでゴクウは一戦もすることなく失格となった。有給までとったのに、何しにここまで来たのだろうか。

 

 そしてとうとう俺の出番がきた。試合に向かうため席から立ちあがると、ヒロブミがトーナメント表を見ながら何かを思い出したかのように言った。

 

「お!? こいつは......」

 

「ん、どうした?」

 

「Yo!! リョウスケの相手だが、こいつはS級冒険者の……」

 

「S級冒険者の?」

 

「......リーだ!!」

 

「またリーかよっ!!!!」

 

 転生初日に、仙人がこの世界の三分の一の人はリーという名前だと言っていたことを思い出した。どうやらマジらしい。

 

「Yeah!! だがよ、リーはリーでもただのリーではないぜぃ」

 

「……というと?」

 

「ブルース・リーだ!! S級の中でも最強レベルだぜぃ。Yeah!!」

 

「ええ!? レジェンドじゃないですか……!」とユテン。

 

「こりゃアガるなぁ!!」とチェンも興奮気味だ。

 

 ブルース・リー、中国語では李小龍。近代中国における最強の武道家である。しかも32歳という現役の状態で死亡し転生したため、おそらく技術も全く衰えていない。戦わずとも分かる、完全に格上だ。

 

 そして緊張と不安の中、俺とブルースの試合がついに始まった。

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