第9話 運命

「インファイト!!」

 

「鋼鉄の構え!!」

 

 ドンッ……ガキンッ……ズドンッ!

 

 チェンが自慢の格闘術でリンを攻撃し、リンはそれを上手く避けたり防いだりしている。チェンが仲間になってからというもの、毎朝彼女らはこんな感じに訓練をしている。

 

「二人とも、偶には休んだらどうだ?」

 

「うるせぇハゲ! あたいはもっと強くなりてぇんだよ!」

 

「ちょっとチェン。女の子がそんな言葉を使っちゃだめよ」

 

「うっ……わかったよ」

 

 いつの間にかチェンはリンの言うことなら何でも聞くようになっていた。チェンは福建にいた頃に母親が早くに亡くなってしまって、母親の愛情というものを知らないらしい。リンはチェンにとって、良い意味でうるさく、チェンに安心感を与えているのかもしれない。

 

 だが、一応このパーティのリーダーである俺に対しては相変わらずハゲだとかカスだとか言ってくる。実際俺の生え際もなんだか少し後退しているような気もしなくもない。自分はまだまだハゲてはないと思っているが、実際ハゲといわれるとちょっと気にしてしまう。

 

 すると隣にいたユテンが俺に向かって杖を振った。

 

「楽観オーラ!!」

 

「え? 何それ。……おお!」

 

 ユテンの放った強化効果を浴びると、突然自分は全くハゲてない、むしろモサモサだと思えるようになった。

 

「ゴ……ゴクウさんから教わったスキルです。どうですか?」

 

「……いいね!」

 

 このスキルを浴びると、楽観的になれるらしい。強い敵に面して絶望的になった時に使うのが正しい使い方らしいが、こういう些細なことに対して使っても悪くない。毎日楽しく生きることが何よりだ。だが、俺が生え際を気にしていることがユテンにばれた上、慰めに強化効果までかけられたと思うと、なんとも言えない気持ちになる。

 

「ところで皆、今日はバカンスにいかないか?」

 

「バカンス??」と三人が同時に言った。

 

「リンがこの前行きたいっていっていたカイナン島。最近はダンジョン攻略ばかりだったから、息抜きにどうだ?」

 

「いいわね!」とリンが嬉しそうに言った。

 

「まあ、リンがそういうなら……」とチェン。

 

「い、行きましょう!」とユテン。

 

「決まりだな!」

 

 こうして俺たちはすぐにカイナン島へ出発した。カイナン島はズイ王国からずっと南にある孤島だ。ダンジョン出現率も低く、避暑地としてこの世界の人々に人気である。特に浜辺はこの世界でも随一の観光スポットで、海の綺麗さは比類なきものだという。

 

 

「うわぁ……! 本当に綺麗ね……!」

 

「そうだな……!」

 

 カイナン島に着くと、俺たちはすぐに水着に着替えて噂に名高い浜辺にやってきた。噂通り海は一点の濁りもなく、純粋で透明感がすごい。かなり深いとこを泳いでいる魚すらもはっきりと目視できるほどだ。

 

 だが、そんな海より俺はリンが気になって仕方がなかった。サラサラで長い黒髪を後ろに束ね、綺麗な首元が露わになっている。今まで軽装を着ていたのでわからなかったが、ビキニになると予想外に大きい胸が強調されている。俺は気恥ずかしさのあまり、それを悟られないようにわざと海を見ているフリをしていた。

 

 するとリンが視線を海から俺に変え、何か言いたそうな顔でじっと見つめてきた。

 

「ねぇ……」

 

「えっ?」

 

「何も言わないの……?」

 

 俺はハッと気づいた。

 

「き……綺麗だよ!」

 

 そういうとリンはニッコリと笑った。

 

「なにイチャイチャしてんだ、ハゲ!」

 

「ず……ずるいです……!」

 

 横からチェンをユテンがやってきた。ユテンは予想通りのロリっ娘という感じで、胸もなく、どこから持ってきたのかも分からないスク水を着ている。胸の小ささを気にしているのか、ステータスを開いてブツブツ言いながら胸が大きくなるスキルを探しているが、虚しい努力である。

 

 チェンは不良らしく際どい水着を着ていて胸も大きいが、言葉使いが悪すぎるのが全てを台無しにしている。何も喋らなければ可愛いのだが。それに背中には大きな龍の入れ墨があって、マフィアの娘という事実を改めて実感させられた。

 

「あ、これ使えそうです……! 日焼け止めオーラ!」

 

 ユテンがスキルを発動し、俺たち四人の体が一瞬光って、皮膚の表面に薄い膜のようなものが被る感じがした。

 

「ユテン!! やるじゃねぇか!」とチェン。

 

 ユテンはもはやドラ〇モンのような扱いである。

 

 それから俺たちは久々の休息を楽しんだ。海に入って水を掛け合ったり、貝殻を拾ったり、海の楽しみ方は地球も異世界も同じらしい。俺は三人も女性を連れているため度々男たちの嫉妬の視線を浴びたが、そのたびにチェンが相手を睨んでビビらせていた。

 

 遊び疲れて、一人で浜辺に敷いたビーチマットの上で休憩していると、どこからか耳障りな音が聞こえてきた。

 

 ブゥーン……ブンブゥーン!

 

 海と反対側の方を見ると、そこには見覚えある暴走族風のバイクに乗った海パン姿の二人の男がいた。

 

「……ゴクウ!?」

 

「おお! リョウスケたちか! また会ったな!!」

 

「ゴクウは青龍の塔に残るんじゃなかったのか?」

 

「有給とった!」

 

 青龍の塔でのモンスター討伐は普通の依頼とは違い、トヨトミの下で仕事をするという形式らしい。そのため手助けにきた冒険者や幕府の人間には、有給休暇やボーナスまで用意されるという。まるで一つの企業である。

 

「ちなみに俺の横にいるのは、バイ……金斗雲仲間のヒロ君だ!」

 

「今絶対バイクって言おうとしたよね」

 

「金斗雲だ!!」

 

 横にいる人物に目をやると、そこには革ジャンにサングラス、頭はモヒカン、顎には白く長い髭をたなびかせているヤバそうな男がいた。

 

「Yo!! 俺はヒロブミィ、ヒロ君と呼んでくれぃ! よろしくぅ! Yeah!!」

 

「ヒロブミって……まさか日本人か!?」

 

「おう! 確かヒロ君は元初代なんちゃら大臣だ!」とゴクウ。

 

「……って伊藤博文!?」

 

「Yeah!!」

 

 いやいやいやいや。このモヒカン姿のパリピが初代総理大臣?? ありえないだろ!!

 

 だがその後俺の知っている伊藤博文に関する知識を質問すると、彼はすべてすぐに答え、日本史の授業で勉強しなかったような出来事なども話し始めた。彼は明治時代に中国のハルビンというところで暗殺されてしまったので、この異世界に転生したという。

 

 転生してからは今までの堅苦しい政治家という立場から解放された反動で、好きなことをして自由に生きることを決意したという。その好きなことがこの姿でこの口調ということだから少々極端な話だが、つまるところ彼も純粋な遊び心をもった人間と言うことだ。

 

「ヒロ君は俺と同じぐらい強いんだ! A級冒険者だけどな!」

 

「え……ゴクウと同じくらい? じゃあなぜA級なんだ?」

 

「喋り方が変で、S級としての素養が感じられないかららしい!」

 

「Yeah!! まじでひどいYo!!」

 

 日本でも随一の頭脳の持ち主である彼がそんな理由でS級冒険者になれないなんて、とんだ笑い話である。

 

 すると、海の方からチェンが駆け足でこっちに来た。

 

「おおおおお!!」

 

 何やらすごく興奮しているようで、目をキラキラと輝かせている。

 

「なんだそのバイクは!! イケてるじゃねぇか!! 乗らせろ!!」

 

「これは金斗……っておい! ちょっ……ちょい! うお......あべひゃっ!」

 

 チェンはゴクウを突き飛ばして無理やり降ろさせ、カチャカチャと弄りながらはしゃいでいる。

 

 突き飛ばされて地面に転がっているゴクウは俺の方を見て不満を訴えている。

 

「なんだこの娘は! 新入りか!? ……金斗雲の素晴らしさを分かるとは気に入った!」

 

 不満……と思いきや、まさかの賞賛だった。

 

「とうっ!!」

 

 ゴクウはバイクに飛び乗って、チェンの後ろに座った。

 

「共に行くぞ!! 天竺へ!!」

 

「わっ!! 勝手に後ろに座るなサル!!」

 

「どべぎゃっ!!」

 

 ゴクウはさっきよりも強い力で突き飛ばされ、また地面に転がっている。

 

「ヒゲ!! 行くぞ!!」

 

「ヒ……ヒゲ!? ……Yeah!! 飛ばすぜぃ!」

 

 そしてまたブンブンと音を鳴らし、チェンとヒロブミは騒音を鳴らしながら走っていった。

 

「元気な子だな!!」

 

 可哀そうなゴクウだが、相変わらずの楽観さだ。楽観オーラはゴクウがユテンに教えたということだが、このゴクウの性格は楽観オーラを常時使っているのかと疑うほどである。

 

「お!! リョウスケ! あそこを見ろ!」

 

「うん?」

 

 ゴクウが見ている方向を見ると、そこにはとんでもない美女がいた。スタイルは抜群で、銀色の髪が陽光に照らされて輝いている。妖艶な唇とビキニから溢れんばかりの胸は、男女を問わず、道行く人すべての視線を集めている。

 

「や、やばいぜ!! 俺の如意棒が伸びてしまう!」

 

 低俗な下ネタをかましたゴクウは、その美女に向かって走っていった。

 

「お姉さん!! 一緒に遊びませんか!!」とゴクウ。

 

「あら、おサルの仮面を被って。可愛い子ね。何して遊ぶのかしら?」

 

「俺の如意棒で遊ぶんだ!!」

 

 何言ってるんだコイツは。

 

「あらあら、楽しそうね。でも今日はやめておくわ。今日は用事があってここに来たの」

 

 そう言うと、その美女は俺の方へ向かって歩いてきた。

 

「な……! リョウスケの如意棒が良いのか!」

 

 ゴクウの下ネタが止まらない。ヒロブミが素養がないと思われてS級冒険者に上がれないということなら、このゴクウはもっと相応しくない。冒険者協会に告発してやろうか。

 

「お兄さん、さっきの金髪のお嬢さんに伝えてもらえるかしら」

 

「えっ?」

 

 金髪のお嬢さん……チェンのことか。

 

「そのうち迎えに行くわ。待っていてね……と」

 

「え? ……どういうことだ?」

 

 俺の質問に答えることなく、その美女は背中を向けて去っていった。

 

 美女の背中を見ると、チェンと同じ入れ墨がある。それを不思議に思いながら、俺はチェンに伝言を伝えるためその場で待っていた。

 

 ブゥーン……ブンブゥーン!

 

 ようやくチェンとヒロブミが戻ってきた。

 

「ふぅ!! 最高!!」とチェンが髪をかき上げながら言った。

 

「チェン、さっき銀髪の美女が来て、そのうちチェンを迎えに行くとかいっていたんだが、知り合いか?」

 

「銀髪の美女? 知らねぇなぁ。そんなことよりヒゲ! 二週目行くぞ!」

 

「えっ、まじ……? オジサン少し疲れたんだけど……」

 

「ゴタゴタ言ってねぇで早くいくぞ!!」

 

「Yeah……」

 

 パリピになったヒロブミといえども不良娘には敵わないようだ。そうして二人はまた走っていった。

 

 銀髪の美女についてチェンと何か関りがあるのは確実だと思ったが、チェンは全然気にしていない様子だった。もし本当に迎えに来たら、俺はチェンをどうするべきなのか。チェンはどうしたいのだろうか。どちらにせよ美女の正体が分かるまでは何も決められないので、とりあえずその件は考えないことにした。

 

「あ! そうだリョウスケ、アリーナのエントリーはもう済ませたか!?」とゴクウ。

 

「アリーナ?」

 

「え? アリーナに参加するからカイナン島に来たんじゃないのか!?」

 

「え……俺たちはただ、バカンスに」

 

「まじかよ! まあでも参加すべきだ! 締め切りは今日だぞ!!」

 

 ゴクウの話によると、ここカイナン島では年に一回、C級以上の冒険者同士が腕を競い合うアリーナと言われるものが開催されるらしい。もしアリーナで良い成績を収められれば、かなりの賞金が貰えるだけでなく、善戦すれば冒険者ランク昇格の話も出るという。

 

 昇格すればさらに高難度のダンジョンに行くことができ、基本報酬も増える。俺たちは今では4人のパーティになって普段の出費も激しいので、俺もできるだけ早くランクを上げたいと思っていた。

 

「なら、参加しよう!」

 

「よし! それでこそリョウスケだ!!」

 

 そうして俺たちは、ゴクウ、ヒロブミと一緒にアリーナのエントリーをしに行った。


 今回、後方支援担当のユテンは参加を見送ることとなり、俺、リン、チェン、ゴクウ、ヒロブミの5人が参加することとなった。

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