第8話 マフィアの娘
「あっ! リョウスケさん!!」
いつもの冒険者協会に入ると、受付嬢が興奮気味に俺たちを呼んでいる。
「また何かあったんですか?」
「おめでとうございます! リョウスケさん、リンさん、ユテンさん。三人ともA級冒険者に昇格しました!」
「ええ!? 俺たち今回は青龍の塔に行ってただけなんですが……」
「S級冒険者のトヨトミさんとゴクウさんから、推薦があったんです。協会でも皆さんはすでにA級の実力を有していると判断したので、昇格ということになりました!」
「あの人たちが……」
「粋なことするわね」とリン。
そして俺たちは新しい冒険者カードを貰った。C級からB級に上がった時は見た目がほとんど変わらないも物を渡されたが、A級のカードは金色になっていて、一目で上級冒険者だと分かる作りになっている。
「それと、ナカマロ大臣が皆さんに執務室まで来るようにと、言伝を預かっています」
「ナカマロさんが? ……分かりました」
そして俺たちはすぐに王宮にあるナカマロの執務室に向かっていった。
あそこに行くのは転生して間もなかったあの頃以来だ。ナカマロとはもう何度か会ったので知っている仲だが、何といっても彼は大臣と異世界人管理局長官を兼任しているお偉いさんだ。そんな人に呼ばれたとなれば、やはり緊張してくる。
「来たか」
ナカマロは大量に積み重ねられた書類の山から顔を出して言った。
「こんにちは、今日はどういったご用件で……」
「まあそんな硬くなるな。今日は私の仕事を手伝ってほしくて呼んだのだ。見ての通り仕事が山積みで人手が足りなくてな」
異世界人管理局の主な仕事は転生した異世界人の出迎えとサポートである。だが、異世界人にも乱暴な者がいるため、局員も戦闘に長けた人間でなければならない。そんな人材はそう多くなく、さらにリンが抜けたこともあって、かなり人手不足の状態らしい。
「仕事というのは、仙人のところにいる新たに転生した異世界人を迎えに行くことだ。以前のリョウスケとリンみたいな感じにな」
「仙人のところってことは……まさかまた言葉の分からない日本人が来たんですか?」
仙人のいる神社は困った異世界人の駆け込み寺だ。つまり、転生地点のすぐ近くにあるあの村の人間が対応できない異世界人のみがそこに送られる。そのため俺は、新たな転生者が俺と同じような日本人なのではないかと思った。
「いや、違う。言葉は通じるようだが……素行が悪い」
「手に負えないほど乱暴な奴ってことね」とリン。
「そういうことだ」
ナカマロは続けて話した。
「リン。私が君に冒険者になるように勧めたのに、またこっちの仕事を頼むことになるなんて、本当にすまなく思う」
「いえ、大丈夫です。私たちに任せてください!」
リンも多少の負い目を感じているのか、俺とユテンの意見を聞くことなく勝手に仕事を引き受けた。とはいえ俺もナカマロには色々とお世話になっているので、今回は異世界人管理局の手を貸すことにした。
そうして俺たちは仙人のいる神社に急いだ。神社があるのは山の頂上なので、そこまでは歩いていかなければならない。転生したばかりの頃は混乱していて色々な感覚がおかしかったのか、特に辛いとは思わなかったが、改めて登ると意外と大変だ。
しばらく歩き、とうとう入口の鳥居が見えてきた。あれから数か月しかたっていないのにやけに懐かしく感じる。今まで色々なことがあったからだろうか。
神社の中に入ると、仙人が相変わらずほうきをもって落ち葉を集めている。
「仙人様! お久しぶりです!」
「お? リョウスケか! 久しいのべぎょしゃッ!」
仙人が話しながらこっちに向かって手を振ろうとした時、脇から突然金髪の少女が現われ、仙人の顔面に飛び蹴りを食らわせた。
「おいジジイ! 腹減ったから何か作れっていったよなぁ? 何呑気に掃除してんだ!」
俺たちは確信した。素行の悪い異世界人というのは彼女だということを。
「す、すまんすまん! 今すぐ作るのじゃ!」
仙人が完全に尻に敷かれてる。
「あぁ? 誰だてめぇら」
少女は俺たちの存在に気付き、鋭い視線で睨みつけてきた。ユテンはすでに半泣きだ。
「私たちは異世界人管……冒険者よ! あ、いや冒険者なんだけど、異世界人管理局の仕事で……」
リンは今と昔の立場がごちゃごちゃになって混乱してしまっている。もうこれは俺が何か言うしかないと思った。
「俺たちは君を保護しに来たんだ。君にこの世界のことを教えるために」
「はぁ? いらねぇよそんなの!」
そう言うと、少女は俺に向かって飛びかかってきた。綺麗な半円を描く回し蹴りを繰り出してきたが、俺は剣の鞘でなんとか防いだ。
「ちょっ……何すんだ!」
「へぇ、やるじゃねぇか。あのザコジジイとは大違いだな」
「ザ……ザコジジイとは何じゃ!」
料理をしに行った仙人が奥の方から叫んでるのが聞こえる。あとで聞いた話だが、仙人の戦闘力は0に等しいらしい。レベルは高いがステータスをすべて「器用さ」に振り分け、スキルポイントはすべて芸術系のスキル――「茶柱が立つ確率アップ」や「花が綺麗に咲く確率アップ」に使ったという。千年以上生きてるもんだから、俺はてっきり仙人は最強の大魔導士だと思っていた。
「……で、てめぇらはあたいに何の用だ?」
「だ……だから、俺たちは転生したばかりの君をサポートしに来たんだ」
「サポート? 金くれんのか?」
「いや、そういうことではなくて……。この世界の事情を教えたり、これから何をして生きるか一緒に考えるんだ」
「金くれねぇのかよ。まあ良いや、ついて行ってやる」
少女はそういうと、仙人の方を向いて続けて話した。
「ジジイ! 前に言ったあたいの服はできたか?」
「あ! あのジャージってやつじゃろ。できたのじゃ」
仙人は金のラインが入った黒色のジャージを持ってきて、少女に渡した。
「おお! これこれ! サンキュ!」
「どういたしましてなのじゃ……」
どうやら仙人は裁縫スキルも達人レベルらしい。できたジャージはアディ〇スのものと言われても疑わないほどの出来栄えだ。
こうして黒色のジャージを着た金髪の少女はどこからどう見ても現代の不良少女で、全く異世界感がない。ここは転生前にいた地球なのかと俺に錯覚させるくらいだ。
「行くぞ!!」
少女はそう言って先頭を切って歩いていった。もはや立場が逆転してしまっている。
「え、りょ……料理は……?」
仙人が捨て犬のような顔をして言っている。
「自分で食ってろジジイ!!」
「うそじゃろ……!!」
さすがに仙人が可哀そうになってきた。
菜箸を片手に持って呆気に取られている仙人を背後に、俺たちは山を下りズイ王国へ向かっていった。
「俺はリョウスケ。君は何て名前なんだ?」
「あたいはチェン、福建マフィアの娘だ。てめぇらは今日からあたいの奴隷な。逆らったら命はないと思えよ!」
「ふえぇぇっ……!」
福建マフィアと聞いた途端、ユテンが悲鳴上げた。
「や、やばいですよこの方……」とユテン。
「大丈夫よ。言ってることは刺々しいけど、殺気は感じないわ。きっと本当は優しい子よ」とリン。
「なっ!? てめぇらなんていつでもぶっ殺せるからだよ!」
チェンは顔を赤らめて言った。どうやらこの子はそんなに悪い人間でもなさそうだ。
そうして俺やリンはズイ王国へ向かう馬車の中でこの世界のことやスキルの仕組みを説明し、チェンのこれからのことについても話し合った。チェンは福建省にいた頃からマフィアの娘として格闘術を教え込まれていたので、すでに戦闘力は十分高かった。なのでスキルも自分の得意分野に合わせ、格闘系のものを選んでいった。
これからのことについては、チェンはやはり俺たちと同じく冒険者になりたいという。その理由は世界を脅威から守りたいとかそんな大それたものではなく、単純に暴れたいからだそうだ。
ズイ王国に着くと、チェンは道行く人すべての視線を集めた。金髪でジャージというのは、やはりこの世界ではとんでもなく奇妙な姿らしい。チェンも誰かに見られる度に「何見てんだ! 殺すぞ!」とか言っているので、俺はチェンがこの先この世界でちゃんと生きていけるのか不安になった。
ナカマロの執務室に入ってからは、俺たちはチェンのことについておおむねの趣旨をナカマロに伝えた。素行が悪く他人に迷惑をかけてしまう恐れがあるため、ナカマロは最初はチェンが冒険者になることに反対気味だったが、リンが何度もチェンは本当は優しい子だと主張したので、なんとか許可を得ることができた。その間、チェンはナカマロにガンを飛ばしまくっていたが、ナカマロの強さを知っている俺とユテンが全力でチェンをなだめていた。
当時の俺と違い、チェンは最初からレベル20を超えているので、すぐにでも冒険者登録をしても良いという。そのため俺たちはすぐに冒険者協会へ向かい、チェンの登録を済ませた。やはりチェンも俺と同じく、異世界人だからという理由でC級からということになった。
「チェン、これで俺たちのサポートは終わりだ。これから冒険者として頑張れよ。何かあったら俺たちやナカマロさんを頼ってくれ。じゃあ、またな」
「ふぅ、これで安心して寝れます……」とユテンが小声で囁いた。
「ああ? 何言ってんだ?」
「え?」と俺とユテンが同時に言った。
「てめぇらはあたいの奴隷だろ? 逃げるなんて許さねぇぞ。さっさとついて来い!」
「ふえぇぇぇ……!」とユテン。
「全く……しょうがないわね」とリン。
こうして俺たちは一緒に行動することとなった。ユテンは始めはチェンに怯えていたが、途中でチェンは口が悪いだけで根は優しい人間だと気づいたのか、いつの間にか普通に話せる仲になっていた。
チェンはあの性格なのでモンスターに出会うや否やいつも先陣を切って突っ込んでいったが、リンに説教され、次第に言うことを聞くようになった。
リンはユテンやチェンの良いお姉さんとして、パーティをまとめてくれる。俺はリンの存在に感謝しつつ、増えていく仲間たちを守るためにもっと精進しようと思った。
ある夜、宿屋で休息をとっている時、ユテンとチェンが先に食事に行ったので俺とリンの二人きりになった。
「リン、ありがとうな。俺ら四人がちゃんとやっていけてるのはリンのおかげだ」
「ふふふ。いいのよ。私は皆と……リョウスケと一緒にいたいだけだから」
すると、リンが近づいてきて俺の額に唇を当てた。
......チュッ
「これからもよろしくねっ」
リンが顔を赤らめながら、瑞々しい笑顔を浮かべて言った。
「あ……ああ!!」
俺は少し戸惑いながらも嬉しさを隠せず、リンを見つめて恥ずかしくなってしまった。
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