第7話 青龍の塔-その2
「こ、これは……!」
「……すごいわね」
「綺麗です……!」
10階層に入ると、そこは今までの階層とは似ても似つかない風景が広がっていた。
白い柱は今まで通り存在するものの、乱雑に生えた草木が一切ない。あるのは紅色に輝く幻想的な桜のような楓のような木である。モンスターも全く存在せず、一方で人間が歩く姿がちらほら見える。
中心部には巨大な城があり、てっぺんには金のしゃちほこのようなものも見え、日本の大阪城に少し似ている。その周りにもいくつかの楼閣があり、かなり忠実に再現された日本風の街ができていた。まるで10階層だけ別の世界のようだ。
「元々はあのデカい城しかなかったんだがな! 冒険者が度々訪れるってことで、徐々に宿屋や食事処もできていったんだ!」とゴクウ。
俺たちが壮大な光景に見とれ、その場で立ち尽くしていると、一人の男性が近づいてきた。
「あなたは……ゴクウ様ですね! ようやく来てくださいましたか!」
「おう! 遅くなってすまんな!」
「そちらの方々は……?」
男が俺たち三人を見て言った。
「俺たちはB級冒険者です。トヨトミさんに会いに来ました!」
「あ、そうですか! では、皆さんこちらに」
そう言うと、男を俺たちを城まで案内してくれた。城までの道には様々な店があり、店主たちは、また客が来たかと言わんばかりに外へ出てきて、俺たちに食べ物を売ろうとしている。店には団子やせんべいなど懐かしい日本の食べ物が並んでいたが案内人やゴクウがいる手前、勝手に足を止めるわけにもいかず、空腹を我慢して歩き進めた。
城に近づくと、城内から武装した人々が次々と飛び出してくる。俺たちは何かあったのかと思い、急いで城内に入っていった。するとそこはやけに騒がしく、和服を着た人々はかなり焦った表情をしている。案内人の男にとっても予想外のことのようで、慌てて一人を捕まえて聞いた。
「何があった!?」
「11階層にA級モンスターが三体も出現したんです! トヨトミ将軍もさっき駆けつけました!」
「何だと!?」
「おっと。それはヤバいな!」とゴクウ。
「やばいのか?」
俺は状況がよく理解できずゴクウに質問した。
「そりゃヤバイぜ! A級モンスターは基本的に15階層より上にしかいない。それが11階層まで降りてきたんだ。しかも三体も! もし10階層に入ってきたらひとたまりもない!」
「そ、そうなのか。じゃあ俺たちも助っ人に行こう!」
「いや、A級モンスターは今のお前らが敵う相手じゃない。俺一人で行く!」
いつもふざけた様子のゴクウだが、今に至っては真剣な顔で俺たちに言った。
「私はパラディンよ! それにユテンは強化効果を使えるわ!」とリン。
ーー俺は? と思ったが、口を挟める空気じゃない。
「じゃあ俺の後ろについて来い! 絶対離れるなよ!」
そう言うと、ゴクウはすぐに城を飛び出した。俺たちもすぐにそのあとを追ったが、ゴクウの走る速度が速すぎて距離はどんどん離れていく一方だ。絶対離れるなよと言った割に、全然俺たちを待ってくれない。
ようやく11階層にたどり着くと、すでにゴクウは戦っていた。
「伸びろ! 如意棒!!」
ゴクウはいつも通り伸びない棍棒で戦っている。棍棒からは火の玉がでたり、光のビームがでたり、はたまたナイフが飛び出したりしている。しかし技名は一貫して伸びろ如意棒なので、対人だったら完全に初見殺しだ。
相手のモンスターは三体とも人型の竜のような姿で、鋭い爪を振り回したり、火を吐いたりしている。ゴクウはそのうちの一体を相手にしていて、その他の二体は奥にいる桃山幕府の人間と思われる人たちが戦っていた。
「なかなかしぶといな。仕方ない、とっておきを見せてやろう!」
ゴクウは片手に魔力を込め、屈んでその手を地面に当てた。
「出でよ! 金斗雲!!」
すると手を当てられたところの地面に魔法陣が生まれ、強い光とともに何かが出てきた。
「……ってバイクじゃねーか!!」
「これは金斗雲だ!」
魔法陣から出てきたのは明らかにバイクである。それも暴走族が使ってそうな派手なやつだ。ゴクウの技に少しでも期待を寄せてしまった自分を恨んだ。
「ゴクウさん!! 金斗雲は雲です!!」
モンスターに怯えてビクビクしていたユテンだが、ゴクウ流西遊記に対する訂正の時だけは積極的に前に出てくる。
「こ、こういう金斗雲もあるんだよ! 行くぜ!」
そう言うとゴクウはバイクに乗り、モンスターに向かって突撃していった。モンスターも高速で走る見慣れないものを前にして少し戸惑っている。そしてゴクウは棍棒を片手に持ち、バイクの勢いとともにモンスターに向かって大きく振りかぶった。完全にバットを持った暴走族の戦い方である。
「どりゃあ!!」
降り下ろした棍棒がモンスターの横っ腹に直撃し、モンスターはそのまま吹っ飛び、力尽きて倒れて灰になっていった。
「お前は強いけど、相変わらずめちゃくちゃだな……」
「へへっ! 強けりゃいいんだよ!」
こうしてゴクウが一体を倒したので、俺たちは桃山幕府の人間たちが戦っている方へ向かった。すると、すでに一体は倒されていて、残すところはあと一体になっていた。
人々の先頭でモンスターと対峙している人を見ると、その人は全身黒と金の甲冑を着ていて、両手には日本刀を握っていた。そしてモンスターの攻撃を刀で華麗にさばいていて、その動きからは余裕すら見えた。
その人は少し後方に飛び、距離を取ったと思ったら両手に持った刀を頭の上までもっていき、地面と垂直になるようにして構えた。
「桃山流剣術……蝉氷!!!!」
ズザァァァッ!
氷を纏った刀を振り下ろすと、刀から剣戟の軌道と同じ形の薄い氷が発生し、目にもとまらぬ速さでモンスターに向かって飛んで行った。
その氷はモンスターに断末魔を上げる暇も与えることなく、一瞬にして体を真っ二つにした。
「斬り捨て御免っ!!」
その人はダンジョン内に響くような低い声でそう言うと、刀を鞘にしまった。
その後、俺たちは桃山幕府の人たちとともに城に戻っていった。城にはいると先ほどの案内人がいたので話しかけると、モンスター討伐に協力したことを感謝され、トヨトミのところまで連れて行ってくれた。
物々しい雰囲気の部屋に入ると、そこにはさっきモンスターを倒していた甲冑を着た人がいた。やはりあの人がトヨトミだったのか。道理で強いわけだ。
「トヨトミ将軍、客人を連れてまいりました!」
「うむ、ご苦労」
そういうと案内人は部屋から出て行った。
「まずはゴクウ、久しいな。先ほどは協力感謝する。大儀であった」
「へへっ!俺は当然のことをしたまでだ!」とゴクウ。
「して、そなたらは……」
「俺はリョウスケ、冒険者です! こちらの二人はリンとユテンで、俺の仲間です」
「そうか。拙者はトヨトミだ。それにしてもリョウスケとは、珍しい名だな。まさか日本人か?」
「はい! トヨトミさんってまさか……あの豊臣秀吉ですか?」
この名前からして彼はもしかしたら豊臣秀吉ではないかとずっと疑っていた。今、ついにそれを確認する時がきたのだ。
「いや、違う。拙者は戦国時代、朝鮮出兵に駆り出された秀吉の親戚だ。結果大陸で力尽きて、ここに転生したということだ」
「そうだったんですか……」
期待していた答えとは違うものだったが、結果トヨトミは異世界で幕府を築いた。むしろ秀吉よりも才覚がある人なのではないかと思った。
「して、拙者に何か用があるのか?」
「はい、実は以前ナカマロさんの剣術を見て桃山流の存在を知り、創始者であるトヨトミさんに師事したいと思ってここまで来ました」
「なるほど、承知した。せっかく創始したのに使用者が拙者とナカマロだけでは寂しいからな。かねがね新しい弟子でも欲しいと思っていたのだ。それが日本人なら不足はない」
「ありがとうございます!」
こうして俺はトヨトミに師事することに成功し、モンスターが少なく状況が安定している時に技を教えてもらうようになった。その間、真面目なリンは城の料理人から日本食の作り方を学んだり、鍛錬と言って低階層のモンスターを倒しに行ったりしていた。
ユテンとゴクウはやはり西遊記の話に花を咲かせている。どうやらユテンはゴクウのいい加減な技が気に入らないらしく、珍しく人に説教をしている。ゴクウもひたすら持論を展開して反論していて、カオスな状況になっているが、なんだかんだで二人は仲が良さそうだ。
トヨトミは迫力ある低い声で話してくるため、最初は少し怖いと思っていたが、何日も接しているうちに、根はやさしくて面倒見の良い人だとわかった。俺はトヨトミのことを師匠を呼ぶようになり、トヨトミも満更でもない様子だった。
「桃山流の技の出し方はもうわかっただろう? あとは鍛錬あるのみだ」
「わかりました師匠!!」
俺はトヨトミから練習用の刀を貰い、この数日間で桃山流の秘密を教えてもらった。桃山流はスキルではなく“技”、その真相は言葉のままで、桃山流はスキルポイントでは得られない。
かといって、ただ刀を振っていれば身につく技というわけでもない。桃山流の技はスキルの微調整と他スキルとの組み合わせからなるものということだ。しかも、戦士の基礎スキルが元となっている。
例えば、以前ナカマロが使っていた「閃光」は刀を鞘に納めた状態でサンダーソードを発動、そして刀が雷を纏う瞬間、つまり光が先に来て音が鳴るまでの一瞬に刀を抜く。その後、すぐにホーリーソードを発動。ホーリーソードは刀だけでなく、体全体に適用するように意識して、そのまま前方に突進する。そうして初めて完成する技だ。
「蝉氷」に関しても要領は同じで、こちらはアイスソードとフェザーソードを組み合わせたものだ。
だが、やり方は理解してもやろうと思うとかなり難しい。「閃光」はまずサンダーソードの抜刀の瞬間がシビアすぎて中々うまくいかない。偶にうまくいっても、ホーリーソードを体全体に適用させる感覚がつかめない。
「だ、だめだぁ。難しい……! 師匠、ちょっと閃光を発動する時の構えの姿勢を見せてくれませんか」
「ああ、良いとも」
トヨトミは構えの姿勢をとった。
「なるほど、腰は低くして、胸を張って……」
俺はトヨトミの腰と胸がどんな状態にあるのか確かめるため、手で触って確認した。
「え、ちょっ、お……おいっ!」
「え?」
「そ、そこを触るな! ……うわぁ!」
トヨトミが今までにないくらいの焦りを見せ、バランスを崩して勢いよく転んだ。
転んだ衝撃で被っていた兜が外れ、ガランガランと音を立てて転がっていった。
「師匠! 大丈夫ですか?」
「……あ、ああ。心配ない」
......ん?
俺に対して返事をしたトヨトミの声はいつもの低くて威厳のあるものではなく、まるで別人のような女性の声だった。
「はえ!? か、兜!!」
トヨトミは突然慌てだし、兜が転がっていった方向を見た。だが兜はコロコロと転がり続け、すでにかなり遠くまで行っていた。そしてトヨトミは何かに気付いたのかとっさに両手で顔を隠した。
「もしかして師匠って……女性?」
「ち、違うわ!」
そう言うものの、声は相変わらず女性のそれだ。そのうえ口調や仕草もさっきまでとは全く違う。
「いや、どうみても……」
「くぅぅぅ! ……そうだ! 拙者は女だ! 悪いかっ!」
「いやいや! 悪くはないですよ!」
話を聞くと、トヨトミは普段、将軍として舐められないように男に扮しているのだという。声はオジサンボイスというスキルを使って変化させているが、このスキルは顔を隠していないと発動しないため、今回兜が外れてしまったことで本来の声に戻ってしまったという。
トヨトミの正体が女だと知っているのは桃山幕府の数人だけのようで、ナカマロやゴクウも知らないという。確かにナカマロもトヨトミのことを“彼”と言っていた。
そしてトヨトミは駆け足で兜を拾いに行き、それを被ったあと、またこちらへ戻ってきた。
「誰かに言ったら…どうなるかわかってるな?」
兜を被ったトヨトミはまたスキルが発動して、威厳のあるオジサンの声に戻っていた。
「は、はい……」
それから数日間、俺は引き続きトヨトミのもとで技の修行をした。正体を知られたことへの腹いせなのか、トヨトミは俺に対して一層厳しくなった。そのおかげか俺は徐々に技のコツをつかめるようになり、だんだんと成功率も上がっていった。
「よし、最終試練を行おう」
そう言うと、トヨトミは俺を連れて15階層まで上った。
そこには以前見たことがある人型の竜のモンスターがいた。
「あやつは典型的なA級の強さを持つモンスターだ。桃山流で倒して見せるがよい」
「わかりました!」
俺がそう返事をするのが早いか、モンスターは俺の存在に気付いて突進してきた。焦った俺はすぐに刀を頭上にあげて構えた。
「桃山流剣術……蝉氷!!」
ピチャンッ
俺の放った氷は空中で溶け、モンスターにぶつかった時にはただの水になっていた。
「ただ薄いだけではだめだ! 薄く鋭く、高密度の氷を意識しろ!」とトヨトミ。
「はい!」
俺はモンスターの攻撃を避け、スキが生まれたところで距離を取り、また刀を頭上にあげて構えた。
「桃山流剣術……蝉氷!!!!」
ズザァァァッ!
氷はモンスターに向かって一直線に進み、真っ二つとまではいかなかったが致命傷を与えるほどの傷を負わせた。そしてその場に倒れ、徐々に灰となって消えていった。
「良くやった。免許皆伝だ」
「あ……斬り捨て御免!!」
「そ、それは言わなくて良いっ!」
もはや俺の前でトヨトミは欠片の威厳もなくなってしまった。
こうしてとうとう桃山流をマスターした俺は、リンとユテンとともに青龍の塔から離れることにした。ゴクウは引き続きここに残り、トヨトミの手助けをするという。
帰り際、俺は何度もトヨトミに「あのことは絶対に誰にも言うな」と言われた。相当バレたくないことらしい。
その他、餞別にと武士の服である袴と、桃山幕府の刀工が作ったという上質の刀を貰った。これで晴れて上級職のサムライになれたということだ。
この期間リンは戦闘力だけではなく料理の腕もあがったというので、今後の食事が楽しみになった。また、ユテンはゴクウと西遊記の話をするだけでなく、ゴクウから有用なスキルをいくつか学んだらしい。そういうことで、俺たち三人は個々の能力を向上させることに成功し、拠点にしているズイ王国へと戻っていった。
だが、この頃の俺たちはまだ知らなかった。数か月後、この青龍の塔から歴史に残る大災害が発生することを……。
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