第6話 青龍の塔-その1
「トヨトミさん......ですか?」
受付嬢は手に持った書類を一旦置いて言った。
「はい。どこかのダンジョンにいると、ナカマロさんから聞いたんですが......」
「トヨトミさんのいるところは......S級ダンジョン"青龍の塔"です」
「青龍の塔?」
「聞いたことあるわ」とリン。
「わ、私も聞いたことがあります」とユテン。
そして受付嬢は続けて話した。
「青龍の塔は名前の通り、塔の形をした特殊なダンジョンです。20階層あり、最高階層にボスの青龍がいるんです」
「トヨトミさんはその中にいるってことですか?」
「はい。青龍の塔の10階層のモンスターを殲滅して、そこに住居を建てて暮らしています」
「ダンジョンの中に住んでいる......? ちょっとよく分からないんですが......」
俺がそう言うと、受付嬢は詳しく説明してくれた。青龍の塔の最高階層にいる青龍は強すぎてS級冒険者でも勝てないらしい。だからといって放置していればモンスターが活性化してしまう恐れがあるので、どうにかしないといけない。
幸い学者たちの研究によって青龍の塔の活性化条件は分かったのだという。それはダンジョン内で100匹のA級モンスターが揃うこと。
普通のダンジョンではダンジョンの発生と共にモンスターが生まれ、それ以上生まれることはない。だが青龍の塔は最高階層の青龍の溢れ出る魔力の影響で、毎日のように新しいモンスターが生まれるという。
つまり常にモンスターを倒し続けなければ、100匹のモンスター揃ってしまい、活性化してしまう。それを防ぐためにS級冒険者のトヨトミが冒険者協会の特命を受けて、10階層に住み、モンスターを倒し続けているという。
「トヨトミさんはもうどのくらいダンジョンに住んでいるんですか?」
「記録によると、200年程です。その長い期間で10階層はかなり整備されて小さな街になり、今は"桃山幕府"と言われています」
「に、200年!?」
「はい......」
青龍の塔はそれほど長い年月がかかっても攻略できないダンジョンということか。かなりヤバそうなところだ。
俺が驚いて声を出せずにいると、横からリンが口を挟んだ。
「青龍の塔の状況は最近あまり良くないって聞くわ。確かモンスターの生成速度が上がって討伐が大変だとか」
「その通りです。なので冒険者協会は先日、別のS級冒険者の方にも青龍の塔への応援を要請したんです。まだ着いていないようですが」
S級冒険者が2人もそこにいる......。俺は青龍の塔の状況に驚く一方、その2人に会ってみたいとも思った。
「青龍の塔には、俺たちB級冒険者は行ってもいいんですか」
「はい、B級以上の冒険者なら誰でも行けます。低階層のモンスターはそれほど強くないですし、何より人手は多い方が良いので......」
受付嬢のその言葉から青龍の塔がいかに危険な場所か分かった。俺はつい最近B級に上がったばかりだ。それなりの修羅場は潜ってきたつもりだし、今まで戦ってきた相手も決して弱くはなかった。だが、そのB級でさえ青龍の塔では最低ライン。モンスターも"それほど強くない"という扱いだ。
だが、上級職のサムライになって桃山流の技を学ぶにはトヨトミに師事するしかない。俺たちは多少の不安も感じながらも、青龍の塔への向かうことにした。
道中の馬車では三人共緊張しているのか、口数が少なかった。
「リン、ユテン、ごめん。俺の勝手なわがままに付き合わせちゃって」
「いいのよ」とリン。
「わ、私はリョウスケさんについて行きますから!」とユテン。
「それよりリョウスケ、戦う準備はできてるの?」
「ああ、大丈夫だ!」
俺はRPGだと、回復薬や罠を買いまくってから敵に挑むタイプだ。この世界でも俺はそのやり方を貫き、あらかじめ青龍の塔に出てくるモンスターの対策をバッチリ立ててきた。
ズイ王国から青龍の塔までは馬車で5日もかかる。出発してから3日経った頃、俺たちは通り道あったある村で一旦休むことにした。その村では少し滞在してすぐ出発するつもりだったが、広場を歩いていると何やら騒がしい声が聞こえてきた。
「おい、お前! 女の子が泣いているだろ! 謝るのが筋ってもんだろ!」
「はぁ? その女がぶつかってきたんだろうが! てかテメェには関係ないだろ!?」
俺たちは騒ぎが気になり、近づいてみることにした。
するとそこにはガタイの良い強面の男と、猿の仮面を被った変人がいた。
「だから! 相手は女の子だろ! 謝れっ!」
「ああ? そもそもなんだテメェのそのふざけた仮面は。剥ぎ取ってやるよ!」
強面の男は太い腕を上げ、変人の仮面を取ろうとした。
その時である。一瞬にして変人の姿が消え、気づいた時には強面の男の背後にいた。強面の男を見てみると、白眼になっていて、そのまま地面に倒れた。一体何が起きたのだろうか。
「この仮面は俺と一体化している! お前ごときに取れるわけがないんだよ! へへっ!」
そう言うと仮面の変人は倒れていた女の子の手を取り、励ましの言葉をかけたのち、意気揚々と立ち去っていった。
俺たちはその変人のことを只者ではないと思い、気になったので追いかけることにした。
「誰だ! 俺の後ろについてくるのは!」
突然その変人は振り向いて言ってきた。
「うわっ! いや、悪気はないんだ。ただ、さっきの動きがすごいなと思って」
「へへっ! そうだろう! なんたって俺はS級冒険者だからな!」
S級冒険者......!! やはりかなりの強者だったか。
「まさかあなたが冒険者協会に要請されて青龍の塔へ向かった冒険者?」とリン。
「そうだ! よく知っているな!」
「そうだったのか。俺はB級冒険者のリョウスケ。こっちは仲間のリンとユテンだ。俺たちも青龍の塔に向かっているところなんだ」
「お前たちも青龍の塔へ向かうのか! 俺はゴクウ! 異世界人だ!」
「ゴクウ......!? まさか孫悟空か!」
西遊記の孫悟空。世界的に有名な中国の小説だ。まさか悟空は実在していたのか!? 俺は歴史の真実を目にしたと思い、気持ちが昂っていた。
「ああ! そのゴクウだ! 尊敬しても良いぞ!」
「ま、まじかぁ!」
俺は興奮のあまり目を輝かせて有頂天になってた。
「あのう、それは嘘だと思うんですが......。孫悟空は架空の人物だと中国でも証明されているので......」
知らない人と話すときはいつも俺やリンの後ろに隠れて何も話さないユテンだが、今日は珍しく口を開けた。
「あ、バレた? 実は俺は孫悟空の大ファンだ!」
「く、くそぉ......」
その場で思いっきりぶん殴りたいと思ったが、こんなところで喧嘩になるのも見っともないので我慢した。
「でも、彼の実力は本物よ。リョウスケもさっき見てたでしょ」とリン。
俺は冷静になって考えた。確かにゴクウの実力は俺たちより遥かに高い。たとえ少しウザくても、目的地は同じだから、一緒にトヨトミのいる階層まで向かった方が安全だと思った。
「ゴクウ、俺たちの目的地は同じだし、一緒に青龍の塔に向かわないか?」
「それは良いな! 一緒に行こう!!」
ゴクウは快く応えてくれた。さっきの女の子の件もそうだし、ゴクウは芯のある良い人なのかもしれない。ちょっとウザいが。
それからゴクウは俺たちの馬車に乗り、一緒に青龍の塔へ向かうことになった。ゴクウは今まで何も乗らずに走ってここまできたらしい。その上通り道の村で道草を食っている始末だ。道理で冒険者協会が要請してからしばらく経っているのに、まだ着いていないわけだ。
さっきの話の中でゴクウは俺と同じ異世界と言っていた。馬車の中で少し身の上話を聞いてみると、ゴクウは中国の明の時代から来た人間らしい。ゴクウが来た頃には不老スキルはとっくに異世界人同士で共有されていたため、仙人とは違い、永遠の18歳を保っているという。仮面で顔が見えないため、嘘かもしれないが。その猿の仮面に関してはひたすら体の一部だと主張し、頑なに外してくれない。
だが、そこまで長い期間冒険者をやっているなら、あの実力を持っているのも納得だ。俺たちは道中ゴクウの武勇伝を飽きるほど聞かされたが、同郷のユテンと少し気が合うようで、ユテンも積極的に話していた。俺はそれを見て少し安心し、そのまま目的地まで馬車を走らせた。
「着いた!!」
青龍の塔は予想していたより遥かに大きく、高い塔だった。この大きさから、いかに中が広く、強大なモンスターがいるのか見て分かる。リンとユテンもその壮大な光景を見て驚いていた。
「相変わらずだなぁここは! 何も変わってないな!」とゴクウ。
「ゴクウは来たことがあるのか?」
「もちろん! S級冒険者になる前は皆ここで修行するもんだ!」
どうやらこの青龍の塔はA級モンスターがゴロゴロいる上、桃山幕府で休息もしやすいため、上級冒険者が修行がてら助太刀に来ることがあるという。
「じゃあ入ろう!」
ゴクウは先陣を切って中に入っていった。S級冒険者がいるとやはり心強い。
全20階層ある青龍の塔で、桃山幕府があるのは中間の10階層である。転移の魔法陣などはないため、10階層までは自力で行かなければいけない。
塔の中は森のようになっていて、室内なのに明るい。特徴的な白い柱が地面から天井に何本も突き刺さっている。室内ということもあってモンスターの咆哮や呻き声がそこら中から聞こえる。とはいえ、すでに何百年も人が行き来しているため、道は簡単に整備されて、次の階層の入り口まで迷うことはなかった。
「おらぁ! ふぉう!」
ゴクウは持っていた棍棒で軽快にモンスターを薙ぎ倒している。それに続いて、俺たち3人も武器を取って戦っていった。
「ユテン! 強化効果を頼む!」
「はい!! アタックオーラ!!」
「ひゃっほう!いいねぇユテンくん!」
ユテンの強化効果がゴクウにもかかり、ゴクウの闘志はより向上した。
「食らえ! これが伝説の技!」
ゴクウは棍棒を大袈裟に構え出した。
「伸びろ!! 如意棒!!!」
すると持っていた棍棒の先からマシンガンのように大量の火の玉が出てきて、周囲のB級モンスターを一瞬で殲滅していった。
「強い......けど、伸びてないじゃないか!!」
「実はこれが真の如意棒の力なのだ! 知らなかったのか?」
「嘘です! 如意棒は伸びるものです!」とユテン。
ユテンもなんだかんだで西遊記のファンらしく、ゴクウの嘘には意外と厳しい。
「ま......まあ、これは如意棒の技の一つに過ぎない。止まらずに行くぞ! オラオラ!」
ゴクウは持ち前のスピードを活かして敵を翻弄し、棍棒で敵の頭を正確に狙って叩いていった。
その間、俺やリンは協力してC、B級モンスターを一匹一匹確実に倒していった。俺たちが1匹倒す間に、ユテンの強化効果を受けたゴクウは5匹は倒していた。やはりS級冒険者の力は伊達じゃない。
そうして俺たちは9階層まで辿り着いた。1階層から9階層までのモンスターは強くてもB級と言ったところだったので、ゴクウがそばにいる俺たちには特に苦戦もすることなく来れた。そして立ちはだかるモンスターも大体倒し、ついに10階層の入り口まできた。
「ここからが10階層、桃山幕府だ! ここはスゲェぞ! 驚くなよ!」とゴクウ。
「わ、分かった! 入ろう!」
俺たちは唾を飲み、緊張と期待を胸に抱えて10階層への扉を開けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます