第5話 刺客

「リョウスケさん、こっちです! クリティカルオーラ!」


「サンキュー、ユテン! リン、俺が奴を引き寄せてるうちにもう一匹を頼む!」


「任せて!」



 ユテンがパーティに入ってからは、格段に戦いが楽になった。一般的な冒険者パーティが強化効果に頼って戦う理由が分かった。この味を知ってしまったら、もう強化効果なしでは戦えない程だ。


 だが、俺たちは前回の戦いでその危うさも知っている。だからユテンにはいざという時に自分で戦えるように、攻撃魔法の練習もさせた。俺は攻撃魔法はからっきしだが、器用なリンは魔法も得意なようで、ユテンに手取り足取り教えていた。


「ユテン、何度も言ったでしょ。攻撃魔法は発動自体は簡単だけど、敵に当てるのが難しいの。だから毎日千回は的当ての練習をするのよ」


「ふえぇ......」


 リンは意外とスパルタである。俺が冒険者になる前に訓練していた時もそうだったが、可愛い声で地獄のような訓練をさせてくる。


 ダンジョン攻略ももうかなり慣れてきた。リンもどんなに気持ち悪い見た目のモンスターを見ても全く動じなくなった。慣れとは怖いものである。


 そして今日、俺たちはいつものように冒険者協会に行って依頼を受けようとした。だが、冒険者協会に入るといつもと様子が違い受付嬢たちが慌ただしく駆け回っている。そしていつもは大量にいる冒険者も今日は少ない。何かあったのだろうか。


「あ、リョウスケさん! 大変です!」

 受付嬢が俺を見るなり慌てた声で言った。


「どうしたんですか?」


「活性化したB級モンスターが現れました!」


「活性化? ダンジョンの外に出てきたってことですか。でも、活性化するはスライムとか弱いモンスターばかりじゃないんですか」


「はい、実は......」


 受付嬢の話によると、モンスター素材は貴重で、武器や防具の素材になるだけではなく、薬として使えるものもあるという。だがモンスターはダンジョン内で倒してしまうと灰になって消えてしまうので、ダンジョンの外で倒さなければ素材は取れない。そのためモンスターの素材を取るために意図的にモンスターを活性化させ、ダンジョンから出させる組織がある。


 安全措置をしっかりと取る冒険者協会公認の組織もあるが、犯罪者が集まった非公認組織もある。彼らは非常に無責任で、出てきたモンスターが自分達の手に負えないと判断したら、モンスターを放置して逃げてしまうらしい。今回もどこかの非公認組織が冒険者協会の目を掻い潜ってダンジョンの存在を隠し、このような事態に陥ったという。


「今、近くにいる冒険者と異世界人管理局の方々に討伐しに行ってもらっています! リョウスケさんたちも行ってもらえませんか!」


 そういえば、リンも前に言っていた。ダンジョンには入ったことはないが、異世界人管理局にいた頃に何度かモンスターを倒したことがあると。きっと今回のような時に駆り出されていたのだろう。


「リン、ユテン。良いか?」


「はい!」

「もちろんよ!」


 リンとユテンは今すぐにでも飛び出して行かんばかりの様子だ。この事態の危険性を俺よりもよく分かっているのだろう。


「分かりました。リン、ユテン! 行こう!」


 こうして俺たちは活性化したモンスターの目撃情報があった所に向かった。



「ここら辺か......」


 俺たちはモンスターがいると思われる森に着いた。そこには冒険者や異世界人管理局の人間がちらほら見えたが、まだ誰もモンスターを見つけられていないようだった。


「リンはこういう時、どうやってモンスターを探していたんだ?」


「勘よ」


「勘かよ!」


 リンは真面目なくせに意外と計画性がない。


「ユテンはどうなんだ?」


「わ、私はこういう時はいつもパーティの後ろで隠れてただけなので......」


 この度胸で2年以上冒険者をやってこれたのが不思議である。


「はぁ......俺がなんとかするしかないか」


 俺はあらかじめ受付嬢に聞いていた情報をもとに用意したモンスターが好む匂いを出すお香を取り出した。このお香は有用だが、匂いが付近にまでしか届かないのでモンスターの位置が遠すぎると意味がないらしい。


 ボス級モンスターは基本的に賢い。だから冒険者が溜まっている所には敢えて近づかないはずだと俺は思った。そして出来るだけ他の冒険者がいないところまで来て、そういう所にお香を設置した。


 お香の付近にいる動物や植物にはユテンに強化効果をかけさせた。ユテンは自分が強化効果を付けた生き物がダメージを受けた時、それを感じることができるらしい。その特性を利用して、モンスターが付近の生き物に触れたりした時にすぐに場所が分かるようにした。


 お香を置きながらしばらく歩いていると、突然ユテンが足を止めた。


「リョウスケさん! 反応がありました!」


「来たか!」


 俺たちはユテンの反応があったところまで急いで向かった。すると、そこには人型で牛の頭を持ったモンスターがいた。


「私が先に仕掛けるわ! ハァーッ!」

 リンが剣を抜いてモンスターへ飛び込んだ。


 ガキンッ!


 そのモンスターは持っていた槍でリンの攻撃を受け止めた。そして咄嗟に後ろへ飛んで、姿勢を整え、槍を構えた。


「貴様ら、謀ったな。我を誘き出すとは」


「それが仕事なのよ」とリン。


 俺とユテンがリンの側に行くと、リンは小声で話し始めた。


「あいつはニュートウよ。弱い者から殺そうとする卑怯なモンスター。でもニュートウはC級モンスターのはず。おかしいわね」


 確か受付嬢はB級モンスターが活性化したと言っていたので、俺も不思議に思った。


「まさか他にも活性化したモンスターがいるのか?」


「分からないわ。とにかくリョウスケ、ユテンをよく見てあげるのよ。きっとあいつはユテンを狙ってくる」


「ふえぇ......」

 ユテンは今にも泣き出しそうだ。


 俺とリンは剣を構えてモンスターと対峙した。


「ふん、貴様らなどまとめて叩き斬ってやる」


 そう言うと奴は空高く飛び上がった。そして大きく振りかぶって俺たちめがけて槍を降ろした。


「ぐっ......!」


 俺とリンは攻撃を交わしたが、風圧で飛ばされてしまった。


「あの巨体でこの機動力......やばいわね」とリン。


「ユテン!!」

 俺はユテンに向かって叫んだ。


「はい! ......アタックオーラ! それと......ディフェンスオーラ!!」


 俺とリンの体が一瞬光り、強化効果を得たのを感じた。再び起き上がって奴に攻撃しようと思ったが、奴はユテンの方を向いていた。


「ふははは、まずは貴様からだ!」


「ひゃぁぁっ!」


 モンスターがユテンに向かって走っていったが、ユテンは悲鳴を上げるだけで逃げようとしない。腰が抜けたようだ。


「ユテン! 攻撃魔法よ! 早く!!」とリン。


「ふ、ふ......ファイアボール......!」


 ユテンは持っていた杖から火の玉を繰り出し、真っ直ぐ向かっていた奴に直撃し、奴はその場で足をついた。


「今だ!!」


 俺の掛け声と共に、リンは俺の動きに合わせて同時に奴に向かって斬りかかった。


「アイスソード!!」


「ぐはぁっ!」


 二人の斬撃が直撃し、奴はその場に倒れた。だが、勝ったと思ったのも束の間、またすぐに起き上がった。


「......やるな。だが戦いはこれからだ」


 そう言うと奴は持っていた槍を捨て、拳を強く握り出した。


「うおぉぉぉぉぉ!」


 奴の筋肉が盛り上がり、皮膚が張り裂けそうになっている。さらに禍々しいオーラが奴を纏い、背中からは黒く不気味な翼が生えてきた。


「覚醒ね」とリン。


「覚醒......?」


「一部のモンスターは種族の限界を超えて、より強い力を持つことがあるの。それが覚醒。道理でおかしいと思ったわ。今のあいつは確かにB級の強さよ」


 どうやら今度の戦いは一筋縄ではいかないようだ。覚醒が終わった奴の姿はさっきの2倍くらいの大きさで、5メートルはある。


「死ぬ準備はできたか?」


 奴は拳を握り、俺に向かってとてつもない速度のパンチを繰り出してきた。


「ゔっ!」


 俺は剣を構えることなく、まともに腹にパンチを受けてしまい、吹っ飛ばされてしまった。


「リョウスケ!!」

「リョウスケさん!!」


 リンとユテンが武器を構えながら言っている。こっちに駆け寄りたそうにしているが、モンスターの動きを警戒して、その場を動けずにいる。


「俺は大丈夫だ! 奴から目を離すな!!」


 俺は紙一重で受け身を取り、致命傷は避けることができた。


「ふはははは! まだまだだ!」


 次に奴はリンに向かって飛びかかり、回し蹴りを繰り出した。リンは今まで両手に持っていた剣を右手に持ち、左手を高く上げた。


「鋼鉄の構え!!」


 高く上げた左手に魔法による盾が生成され、リンはすぐさま腰を低くして構えた。


 ガンッ!


 モンスターの蹴りはリンの盾によって止められた。あの巨体の蹴りを止めるなんて、リンの実力はやはり相当なものだ。リンが上級職のパラディンだということを忘れかけていた。


「今よ!ユテン!」


「は、はい......!サンダーパライズ!」


 ユテンの杖から細い雷がモンスターに向かって飛び、奴の周りを囲み、縛るようにして当たった。


「な、なんだこれは......!動けない!」


「リョウスケ!!」とリン。


「分かった!」


 俺はなんとか立ち上がり、最後の力を振り絞って剣を握り、奴に向かって走っていった。


「くらえぇ! ホーリーソード!!」


「ぐあぁぁぁ!」


 光を纏った剣がついに奴の体を真っ二つにし、奴は倒れて今度こそ動かなくなった。



「ようやく勝ったわね」とリン。


「ああ、今回は危なかった」


「ふえぇ......怖かったですぅ」

 ユテンはもう半分涙目だ。


 真っ二つにされたモンスターはダンジョンの中にいる時のように灰になって消えたりはせず、そのままの状態だった。


「確か、モンスターの素材は貴重なんだよな。冒険者協会の人を呼んで運んでもらおう」


 そう俺が言った時だった。俺たち3人は突然今まで感じだことのないような恐ろしい気配を感じ、後ろを振り返った。


「ケッケッケッ。倒されちゃったかぁ」


 木の上を見ると、そこには一人の人間がいた。そいつの目は不気味なほど赤く、白く長い髪が風に揺れてたなびいていた。


「誰だ!?」


「ケッケッ。そのモンスターの素材、頂いていくぜぇ」


 そう言うと、そいつは両手に鎌を持って俺たちに向かって飛びかかってきた。


 俺はすでに満身創痍、リンもモンスターの攻撃をずっと受け止めていたせいで疲労が溜まっている。


 もう無理か......と思ったその時だった。


 ガキンッ!


 見知った姿の男が俺たちの前に現れて、そいつの攻撃を止めた。


「ナカマロさん!!」とリン。


「お前たち、よく頑張ったな。こいつの相手は私に任せろ」


「誰だてめぇ?」


 そいつは警戒しているのか、後ろに飛び距離を取った。


「よく見ていろ。これが元S級冒険者の技だ」


 ナカマロは俺たちに向かってそう言うと、持っていた刀を一旦鞘に収めて、抜刀の構えをとった。


「桃山流抜刀術......閃光!!!!」


 キィィィン!


 ナカマロさんは雷のような速度でそいつのところまで移動し、目に見えない速度の剣で斬りかかった。


「な、なにぃ!」


 そいつは両手の鎌で攻撃を受け止めたが、後ろに吹っ飛ばされていった。


「くっ、くそぉ......。お前、ナカマロか......!」


「そうだ。お前はS級犯罪者の夜叉だな」


「ケッケッケッ。面倒くせぇ」


「お前は今日ここで私が捕まえる」


「だりぃ。あいにく俺の目的はモンスターの素材なんでね。今日は帰らせてもらうぜ」


 ふとモンスターの方を見ると頭に生えていたはずの2本の角がなくなっていた。いつのまにもぎ取ったのか。


 そして夜叉と呼ばれるその人間は木々の上を飛んでいき、逃げていった。


「また逃したか......」とナカマロ。


「あの、夜叉って.......?」

 俺はナカマロに聞いてみた。


「夜叉は異世界人の犯罪グループ"黒龍組"の幹部であり、S級犯罪者だ。黒龍組は意図的にモンスターを活性化させて素材を取る非公認組織の一つだ。だが、あいつらがタチが悪いのは、すぐにモンスターを倒さずにわざと街中まで誘き寄せ、破壊活動をさせるんだ」


「なんでそんなことを......?」


「きっと楽しんでいるんだろう。私たちには理解ができないことだ」


 どうやらこの世界の敵はモンスターだけじゃないらしい。そんなに邪悪な組織があるなんて夢にももう思わなかった。俺は少々この世界を平和なものだと思い過ぎていたようだ。


「そういえばナカマロさんのさっきのスキル、すごかったですね!」


「あれは上級職"サムライ"の技だ。厳密に言うとスキルではない」


「えっ?」


「サムライという職業は少し特殊でな。専用スキルがないんだ。だから鍛錬を通して技を身につける必要がある」


 鍛錬......つまりサムライの技はスキルポイントを使って得られるものではないということか。だが、あまりにも強力だ。俺が持つ戦士スキルとは比べ物にならない威力だった。


 サムライになれば、もっと強くなってリンたちを守れる。戦士という下級職のままではダメだ。俺はそう強く思った。


「ナカマロさん! 俺もサムライになりたいです! だからその技を教えてください!」


「......教えてやりたいところだが、私はもう冒険者を引退した身だ。それにこの技を完成させたのは私ではない」


「えっ、そうなんですか」


「桃山流を創始したのはS級冒険者のトヨトミだ。私の技も大昔に彼に教わったものにすぎない」


「トヨトミ......日本人ですか?」


「そうだ。彼は今、あるダンジョンにいる。後で 受付嬢にでも聞いてみるといい。リョウスケも彼に直接学んだ方が良いだろう」


「わ、分かりました!」


 そして俺たち4人はズイ王国に戻っていった。今回、俺たちが討伐したニュートウというモンスターの角は非常に貴重で、闇市場でかなり高い値段で取引されているものらしい。


 黒龍組がそれを奪っていったのは単純に売るためだろうか。俺はなんとなく、他にも目的があるんじゃないかと思った。


 夜叉の出現は予想外だったものの、俺たち3人はB級モンスターを討伐したと言うことで、B級冒険者に昇格した。そしてナカマロに聞いたあの人物に会うため、冒険者協会に話を聞きに行くことにした。

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