第4話 スキルの欠陥
冒険者協会は人で賑わっていて、強そうな人たちがたくさんいた。
「ずいぶんと人が多いんだな」
「最近は特にダンジョンが増えているからね。冒険者も増えているのよ」
中を歩いていくと、妙に視線を感じる。おそらく俺たちが見慣れない顔だから、品定めでもしているのだろうか。
少し嫌な感じがしたが、構わずに受付の方へ向かった。冒険者が荒くれ者のような人間が多い一方、受付嬢は綺麗な格好をして冒険者たちに丁寧な対応をしていた。
「あのう、俺たち2人の冒険者登録をしたいんですが」
「はい! 冒険者登録ですね。レベルは20になっていますか」
「はい」
「じゃあ大丈夫ですね。お二人は異世界人ですか」
まるでマニュアルにあるように異世界人かどうか聞いてきた。この世界では異世界がそれほど身近な存在ということだろう。
「俺は異世界人だけど......」
「私は元異世界人管理局の人間よ」
「あ! そうですか、分かりました。じゃあお二人共C級冒険者として登録できますが、よろしいでしょうか」
「C級? 冒険者ランクはEからじゃなかったかしら」とリン。
「異世界人は基礎ステータスが高いのでC級からになります」
「じゃあ私は?」
「リンさんですよね。実はナカマロ大臣から話は伺っています。実力は相当高いとのことで、今回は特別にC級ということになりました」
「そうだったのね」
ナカマロさんがすでに話を通していたのか。さすが大臣と長官を兼任するだけあって仕事が早い。
「こちらが冒険者カードです」
そういうと受付嬢は俺たち2人にそれぞれのカードを渡した。銅製でスマホくらいの大きさだ。それを貰った途端、とうとう自分が冒険者になったことを実感した。
「さっそくですが、依頼を受けますか」
受付嬢がそう言うと、俺はリンをチラッと見た。視線が合うと、リンは微笑みながら軽く頷いた。
「お願いします!」
「はい! C級の依頼はダンジョン攻略がメインです。ダンジョンについては知っていますか?」
「俺は......知りません」
「私は知っているわ。ダンジョンは各地にいきなり現れるモンスターの巣窟よね。確かボスを倒せば消えるって」とリン。
「はい、その通りです。そしてもう一つ重要なことがあります。ダンジョンは特定の条件を満たすと、モンスターが活性化してダンジョンから出て来るんです」
「条件って......?」と俺とリンが同時に言った。
「それはダンジョンによって違います。ですが、小さなダンジョンほど条件を満たしやすい傾向にあります。外にスライムがたくさんいるのは全部とても小さなダンジョンから出てきたものなんです」
なるほど。俺が今までスライムしか目にしなかったのはそういうことだったのか。
「スライム程度ならまだ良いんですが、とても強いモンスターがダンジョンから出てきたら大変です。だから、活性化の条件を満たす前に、冒険者に攻略してもらう必要があるのです」と受付嬢が続けて話した。
「そうだったのね......」
リンはダンジョンが増えていることが異常事態だというのは分かっていたようだが、それが何で世界の危機に繋がるかということまでは知らなかったようだ。
「分かりました。とにかく早くボスを倒しに行けば良いんですね」
「そういうことです」
そう言うと受付嬢はいくつかの依頼書を俺たちに見せた。
「こちらがC級ダンジョンの依頼です。これとかどうでしょう。ここから数十キロメートル先の森にあります」と受付嬢が一枚の依頼書を指して言った。
「じゃあ、それにします」
「はい、依頼が失敗したら違約金が発生するので、成功できるように頑張ってくださいね。無事を祈っています」
「分かりました!」
俺は依頼書を取り、リンと冒険者協会を出た。
「さっそく出発する?」
リンはそう言ったが顔は興奮を隠せずにいて、今すぐにでも行きたいと言わんばかりだった。
「じゃあ、行こうか!」
それから俺たちは馬車に乗って目的地のダンジョンへ向かった。馬車はナカマロの計らいで異世界人管理局から提供されたものを使った。本当に面倒見の良い人だ。
ダンジョンがあるという森に着くと受付嬢と同じ冒険者協会の服装をした男性が立っていた。
「冒険者の方ですか?」
「はい、そうです」
「僕は冒険者協会の者です。ダンジョンまで案内しますね」
俺たちは馬車から降りて、彼について行くことにした。どうやら分かりにくい位置にあるダンジョンには冒険者協会の人が案内役のために近くで常駐しているらしい。
「お二人はC級の冒険者さんですか」と案内役は言った。
「はい、そうですが」
「そうですか......」
案内役は少し不安そうな表情を見せた。
「どうかしたんですか?」
「実は昨日も5人のC級冒険者のパーティが来たんですが、今になっても出てこなくて。僕の予感ですが、このダンジョンは少し危ない気がするんです」
「そうなんですか。でも俺たちはきっと大丈夫です」
根拠のない自信である。正直、俺はその話を聞いて少し不安になった。だが、それと同時に先に入った人たちの安否が気になり、一刻も早く助けに行きたいと思った。
「着きました」
「ここがダンジョンか......」
石のような素材で出来た長方形の入り口。自然発生のものとは思えない形で、まるで古代の遺跡のような風貌だ。
「私も初めて見たわ」
リンもそれを見て呆気に取られている。
「では、僕の案内はここまでです。お二人の無事を祈ってます」
そう言うと案内役は来た道を戻っていった。
そして俺とリンはアイコンタクトを交わし、何も言わずに中へ入って行った。
俺だけでなく、リンもかなり緊張しているようだ。リンにとってもこれは初めてのダンジョン攻略というので、緊張するのも無理はない。
「リンはモンスターを倒したことはあるのか?」
「もちろんよ。異世界人管理局は異世界人が来ていない時は意外と暇なのよ。だから偶にモンスター討伐に行っていたわ。そのモンスターがダンジョンから出てきたっていうのは知らなかったけど......」
リンいわく、外は基本的にはスライムばかりだが偶に強いモンスターが現れることもあるらしい。つまり、それらはダンジョン攻略前に活性化してしまったモンスターだろう。その場合、依頼書を作って冒険者に任せるだけでは討伐までに時間がかかってしまうので、異世界人管理局も討伐に駆り出されることがあるという。
しばらく歩いたが、モンスターは全く見当たらない。おそらく、昨日来たという冒険者たちが全て倒したのだろう。そのまま進んでいくと、ボス部屋らしき場所に着いた。
「扉、開けるよ」
「うん、準備はできたわ」
ガガガガ......
不気味に地面と擦れる音とともに、俺は重い扉を開いた。そして俺とリンは部屋に入っていった。
ガタンッ
二人が中に入ると扉が勝手に閉まった。どうやらボスを倒すまでは出してくれないらしい。それと同時に部屋全体の壁が弱く発光し、辺りを照らした。俺は部屋の中央に目をやると、そこには異形のモンスターがいた。
「ひゃっひゃっひゃっ。エサがまた来たか」
そのモンスター全身青色の毛に覆われたトラのような姿をしているが、顔は人間の老人のようだった。
「モンスターって喋れるのか?!」
俺はその不気味な姿より、そいつが喋れることに驚いた。
「ボス級モンスターは喋れるわ。それにしてもあいつ、気持ち悪いわね」
「気持ち悪いってなんじゃ! ワシはターフェイ。今からお前ら食う者じゃ」
そう言うと、奴はリン向かって走り、鋭い爪を翳した。
ブゥンッ!
風を切る音がした。かなり素早い攻撃だ。だがリンはそれを軽快に避け、剣を振りかぶった。
「ハアッ!」
リンの振った剣も奴に避けられ、剣先は地面に直撃した。石造りと思われる地面は割れ、砂埃が舞った。
「俺もいくぞ!」
俺は剣を抜き、奴に向かって三、四度振り回した。だが、奴は思ったより素早く、俺の攻撃はことごとく避けられた。
「遅いな。ほれっ!」
俺は奴の攻撃を剣で受け止めたが、衝撃が強く、後方に吹き飛ばされてしまった。
「くそ......」
「リョウスケ! 落ち着いて! 私があいつの攻撃を受け止めるから、そのうちにスキルを決めて!」
「わ、分かった!」
するとリンは駆け足で奴の方に向かった。奴は絶え間なく続くリンの攻撃を避けたり爪で受け止めたりしていたが、それに気を取られて俺が背後に回ったことに気付いていなかった。
「サンダーソード!!」
「ぐはぁっ!」
奴はその場で膝をついた。だがすぐに振り返って反撃してきたため、俺は少し距離を取った。
「まあまあやるではないか。だがワシは知っているぞ。お前ら人間が強いのは強化効果のおかげだということをな」
強化効果......? まさかリンがいつの間にか強化効果のスキルを使ったのかと思い、リンの方を見てみたが、リンは首を横に振った。
「ひゃっひゃっひゃっ。惚けても無駄じゃ。貴様の周りには強化効果のオーラが漂っておる。、これで終わりじゃ! 無効化の波動!!!!」
奴を中心として、微弱な熱気を帯びた風が広がるように出てきて、俺とリンの体に当たった。だが、痛くも痒くもない。運動能力も特に低下していないように見える。
「リン! 大丈夫か!」
「?」
リンが返事もせず、眉をしかめている。やはり何かあったのだろうか。
「聞こえてるか! リン!」
「......你在说什么呢?」
「......え????」
「你到底在说什么!」
「......」
俺は凍りついた。まさかと思いステータスを開き、スキルを確認してみた。
......思った通りだ。言語マスターのスキルがいつもより薄く表示されてる。これはきっと一時的に効果がなくなったということだろう。奴は強化効果がなんやらと言っていたが、言語マスターは強化効果の一種だったということか。
「哈哈哈! 你已经不是我的敌人了,放马过来吧!」
あかん、モンスターが何か言ってるが何も理解できない。
「我们快去打死他吧!」
リン、悪いけど君が言ってることも全く理解できない。
「おいモンスター! 早くこれを解け!!」
「昂?」
モンスターも訳がわからなそうな顔をしている。やばいちょっと気まずくなってきた。何このカオスな状況。
「リン、Go!!」
とりあえず英語を話せば通じるだろうと言う地球人的なノリがまた発動した。それにしてもこれはペットの犬に言ってるみたいでひどすぎる。
「冲啊!!」
リンもGo的なことを言ってモンスターめがけて突撃していった。何かよく分からないけど言いたいことが通じたようだ。
そして俺もリンの突撃のタイミングに合わせ、モンスターに近づいていった。
「我已经不怕你们了! 你们有本事打死我吧! 哈哈!」
モンスターが何か言ってるけど無視だ。
「アイスソード!!」
「炎之剑!!」
俺がアイスソードを繰り出したと同時に、リンはファイアソードと思われるスキルを使った。
「啊啊啊啊!!」
モンスターは断末魔を上げて倒れていった。
「なぜじゃ! 強化効果は無効化したはずなのに! なぜまだそんなに強い!」
やっと言葉が分かるようになった。どうやらモンスターが致命傷を負い、無効化が解かれたようだ。
「俺たちは元々これくらい強いぞ」
「嘘じゃ! 嘘に決まってる! じゃあそのオーラはなんじゃ!」
「知るか!」
そう言って俺は剣を奴の頭に突き刺してトドメをさした。
すると奴の体は黒い灰のようなものに変わり、風と共に消えていった。
「リョウスケ!!」
「リン!!」
リンが駆け足で寄ってきて、俺に向かって飛びついてきた。
「良かった! 言葉が通じなくなった時はどうしようかと思ったわ」
「そうだな、あれは想定外だった。でも無事に勝てて良かったよ」
「そうね。言語マスターってスキルにこんな欠陥があったなんて」
欠陥......か。確かにリンの言う通りだ。このスキルは強化効果として常時発動しているものらしい。ということは今後はああゆうスキルに気をつけて戦わなければいけない。
とはいえ、初めてのダンジョン攻略は成功に終わった。俺とリンが静かに抱き合い、無事に済んだことに安堵しているとき、部屋の奥から小さな声が聞こえた。
「う、うう......」
「誰がいるのか!」
部屋の奥に駆け寄ると、柱の裏に赤髪の少女が横たわっていた。
「君は......」
「わ、私はユテンです......冒険者です......。あのボス、倒してくれたんですね。良かった......」
「俺はリョウスケ、同じく冒険者だ。まさか君は昨日ここに入ったっていう冒険者か!?」
「はい......私のパーティはもう......。私だけが非常食だって言われて生かされてました.....」
あの案内役が言っていたC級冒険者パーティのメンバーか。まさか一人を残して全滅していたとは。
だが少し腑に落ちない。奴は確かにそれなりに強かったが、C級冒険者も決して弱くはないはずだ。ましてや彼女のパーティは5人構成だ。そんな簡単にやられるものなのか。
俺がそのように考えていたのをリンは見抜いたようで、耳元で小声で話してきた。
「冒険者って普通は強化効果を何層にも重ねて戦うのよ。あいつも言っていたでしょ。だからあいつの強化効果無効化スキルはかなり厄介なものなのよ」
「なるほどな......」
ユテンを見るとかなり衰弱している。それもそうだ、こんな薄暗い中であの気持ち悪いモンスターと何時間もいたのだから。俺たちはすぐにユテンを運んで、ダンジョンから出ることにした。
3人がダンジョンから出ると、大きな扉が音を上げて閉まり、地面の中に消えていった。これがボスを倒したことによるダンジョン消滅というやつか。
俺たちは衰弱したユテンに十分な治療を施すために、急いでズイ王国へ戻った。
「あの! 本当にありがとうございます」
ズイ王国の魔法使いの回復魔法を受け、ユテンの顔色は徐々に良くなっていった。
「他のメンバーは残念だった......でも、君だけでも助けることができて良かった」
「うう......うっ......」
俺の言葉でパーティメンバーのことを思い出したのか、ユテンは俯いて泣き出してしまった。
「何してんのよ」
リンに脇腹を突かれた。
「ご、ごめん!」
「......良いんです。リョウスケさんとリンさんには本当に感謝してます」
そういうとユテンは涙を拭き、急に真剣な顔になった。
「あの! 私をパーティに入れてくれませんか!」
「えっ!?」
「私のパーティがなくなっちゃったっていうのもあるんですが......二人は私の命の恩人です。だから少しでも二人の役に立ちたいんです!」
俺とリンは目を合わせた。
「私は歓迎よ」
「俺もだ」
お互い突然の出来事に困惑していたが、ユテンを仲間にしても良いという気持ちは一緒のようだった。
「ありがとうございます!」
「これからよろしくな!」
こうしてユテンが新たな仲間に加わった。あとで分かったことだが、ユテンは2年ほど前に北京から来た異世界人らしい。職業は魔法使いだが、攻撃魔法は少ししか使えず、基本は強化効果担当らしい。だが俺とリンはどちらも近接系だから、ユテンの役割はかなり大きい。
思わぬ形で新たな仲間を得た俺たちは、ユテンの回復を待ってからまたダンジョン攻略に励むこととなった。
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