第3話 修行

「ここよ」


 王宮に着いた。近くで見るとかなり壮大だ。リンがバッチを衛兵に見せると、衛兵はやはりすぐに俺たちを通してくれた。


 王宮の中にはいかにも古代中国の政治家という格好をした人が忙しそうに走り回っている。俺はリンに連れられて、ある部屋の扉の前まで来た。


「リンです!只今戻りました!入ります」


 そういうとリンは扉を開け、中に入っていった。俺は少し躊躇していたがリンに手を引っ張られて中に入っていった。すると、部屋の奥に中年の男性が座っているのが見えた。


「おかえりリン。そして君が日本から来たという異世界人か」


「あ、はい。そうです! リョウスケと申します」


「私はナカマロだ。私も元は君と同じ日本人だ」


「えっ!」


 俺はあの時仙人が「この世界に来た日本人は数人いるが、そのうちの一人にはもうすぐ会うことができる」と言ったのを思い出した。


 そうか......彼がその日本人だったのか!


「そして、私はこの国の大臣であり、異世界人管理局長官でもある」


「まさか、神と交渉して異世界人の安全な転生に尽力した人って...」


「私だな」


 全てが繋がった。このナカマロという人が大昔に異世界人の転生システムを確立して、今も管理局長官として異世界人のサポートを統括しているということか。


 話を聞くとナカマロは仙人と同じ元遣唐使で、本名は阿倍仲麻呂という人物らしい。遣唐使として中国に渡り、そこで官人になり一生を過ごしたのだという。道理で日本人なのにこの異世界にいるわけだ。


「ふふ、ナカマロさんは戦闘の腕もすごいのよ。元S級冒険者だから」とリンがなぜか自慢げに言った。


「リョウスケはこれからしたいことはあるのか」


「冒険者になりたいです!」


「そうか、ならしばらくリンに稽古をつけてもらうがいい」とナカマロはリンを見て言った。


「ナカマロさん、それについてはさっきリョウスケと話しましたよ」


「そうか、なら話が早い。リョウスケよ、冒険者になるには最低でもレベル20は必要なんだ。それまで根を上げることなく頑張れよ」


「分かりました!」


 あんなに大量のスライムを倒しても、俺のレベルはまだ2である。冒険者になるっていうのは意外と敷居が高いことなのであろうか。


「そしてリンよ、君の仕事はリョウスケが冒険者になるまでサポートをすることだ。よろしく頼むぞ」


「承知しました! ナカマロさん!」


 俺が冒険者になるまでということは、冒険者になった後、リンとはお別れということだろうか。そう考えると少し寂しく感じた。


 王宮を出た後、リンが宿屋まで連れて行ってくれた。宿屋の料金も異世界人管理局が払ってくれるらしい。本当に親切な組織だ。


 翌日になり、とうとう訓練が始まった。 訓練用のカカシが数体あるが、基本的には無駄なものがないシンプルな修練場だ。


「そうね、まずはリョウスケがどんな戦い方をするのか決めましょ。下級職は戦士や魔法使いがあるんだけど、どうする?」


「俺はやっぱり剣を握りたいから戦士が良いな」


「良いと思うわ。私も下級職は戦士を選んだの。じゃあ、ステータス画面を開いて戦士を選んで。一度選んだら変えられないから注意するのよ」


 俺はステータス画面を開き、職業の欄から戦士を選んだ。


「うわっ!」


 職業を選んだとたん、体が白く光り出した。痛みはないが、肌に何か触れて少し気持ち悪い。数秒経って光が消えると、急にずっしりした重みを感じた。


「なんだこれ......!」


 さっきまで着ていた村人Aみたいな服装が無くなり、俺は革製の鎧を見に纏い、腰には剣がささっていた。


「職業を選ぶとその職業に適した基礎装備が神様から貰えるの。下級職ならそれで十分よ」


 確かに、これなら十分戦えそうだ。本当につくづくこの世界は異世界人に親切である。


「うん、じゃあ次はレベル上げね」


「レベル上げってやっぱりモンスターを倒すのか?」


「低レベルのうちは実践演習の方が効率が良いのよ。レベルが低いと倒せるモンスターは限られるからね」


 俺はスライムをひたすら狩っていた時のことを思い出した。確かに俺はまだスライムぐらいしか倒せないだろうし、永遠にスライムを狩っていてもいつまでもレベルは上がらなそうだ。


「じゃあ構えて! 行くわよ!」


「え、ちょっ! いきなり!?」


「そうよ。リョウスケは異世界人だから普通の人より基礎ステータスが高いの。だから基礎訓練はいらない、実践あるのみよ!」


 そういうとリンは剣を抜き、俺に向かって大きく振りかぶってきた。


 ガキンッ!


「こ、殺す気か!」


 俺は何とか剣でリンの攻撃を受け止めた。剣は初めて持つはずなのに、妙に手に馴染む。これが基礎ステータスと職業補正の効果か。


「これくらいやらなきゃレベルは上がらないわ。どんどんいくよ!」


 次にリンは少し腰を屈めたかと思うと、勢いよく突いてきた。


 俺はとっさに避けなければと思い、ギリギリ体を横にして避けた。こんな速い突きは転生前なら絶対見えないと思うが、今の動体視力と運動力は俺の想像を遥かに超えていて、相手の攻撃の軌道も何となく分かる。


 それからしばらく俺はリンの剣術に、時には受け止め、時には避けてどうにか耐えることができた。そしてリンが俺も攻撃しろと言うので恐る恐る剣を振ってみた。


 カキン......


「......ねぇ、なにそれ。そんなんじゃゴブリンも倒せないよ。大丈夫、私はこう見えて上級職のパラディンよ。思いっきり斬りかかってきなさい!」


 パラディン......? 見るからに強そうな職業だ。こんなに華奢なリンが上級職だなんて。


 俺は少し自分が情けなく感じ、強くなりたいという気持ちが一層強くなった。


「じゃあ遠慮なくいくよ。ちゃんと受け止めてくれよ!」


「もちろんよ! かかってきなさい!」


 俺は全力でリンに斬りかかった。だが、リンはあっさりと剣撃を受け止め、剣を流れるように滑らせて、俺の顔の前まで近づいてきた。


「まだまだね」


 そう言うと、俺の剣は強い力で弾かれ、後方に飛んでいってしまった。


「リンってこんなに強かったんだな」


「そうよ、ナカマロさんにみっちり鍛えられたんだから」


「ハハ......道理で強いわけだ」


「剣術の訓練はここまでにして、次はスキルを使ってみましょ。よく見ててね」


 そう言うとリンは俺から少し距離を取り、訓練用カカシの前で構えた。


「ファイアソード!」


 ズバァッ!


 炎を帯びた剣がカカシを斬り裂いた。一刀両断されたカカシは、地面に倒れてまだ燃えている。


 リンがさっきみたいに直接俺に攻撃せず、カカシを斬った理由が分かった。これを今の俺が食らったら死あるのみである。


「今のがスキルよ。スキルは基本的に取得したらすぐ使えるようになるけど、威力は個人の剣術に依存するの。どんなに強いスキルを得ても、剣術がダメダメなら意味がないのよ」


「なるほど、強いスキルを得てすぐに最強になるようなことはできないのか」


「そうゆうことよ」


 日本には転生したらすぐ最強になって無双するという物語が蔓延っている。だから俺もつい楽して最強になりたいと思ってしまう。


「リョウスケ、ステータスを見てみて」


「分かった......あっ! もうレベル5になってる!」


「初日にしては上出来ね。じゃあ次はスキルを取得してみましょ。とりあえず戦士の基礎攻撃スキル全般を取っておくと良いと思うわ」


「戦士スキルは......これか!」


 俺はリンの言う通り、10個ほどの基礎攻撃スキルをすべて取った。その中にはさっきリンが見せてくれたファイアソードも含まれていた。


「じゃあ今日はここまでしましょ。明日はもっと厳しい訓練をするよ!」


「ああ! 臨むところだ!」


 それから数週間経った。俺は毎日リンと剣術の訓練に励み、日に日に自分の剣術が上達していくのを感じた。だがレベルは高くなればなるほど上がりにくくなるようでレベル15ぐらいからは中々上がらなかった。


 ようやくレベル20になると、俺とリンは飛び上がって喜んだ。だが、それはつまりリンの仕事が終わったことを意味する。俺にとってリンはすでに大切な仲間だ。俺の心では、レベル20になったことの喜びより、リンと離れることの辛さの方が強く感じた。


「リン、少し話があるんだ」


「うん? 冒険者登録のこと? 心配しなくて良いのよ。明日一緒に行きましょ」


「あ、それもそうなんだけど......」


「どうしたの?」


 俺は自分の気持ちをちゃんと伝えることにした。


「リン! 俺が冒険者なったら、一緒にパーティを組まないか!」


「ええっ!?」


「リンには異世界人管理局の仕事があるのは分かってる。でも俺と一緒に冒険者になって欲しい!絶対に守ってみせるから!」


「守るって.....私の方が強いんだけど」


「え、あっ! 今はそうなんだけど......いつかはリンを超えて必ず俺が守る!」


 気づけば俺は頭が真っ白になって訳がわからないことを言っていた。


「ハハ......何言ってんのよ。でもリョウスケは異世界人だから、すぐに私を超えるかもね。いいわ、私も一緒に冒険者になってあげる」


「本当か!?」


「うん。ナカマロさんには前々から冒険者になることを勧められていたの。私の戦闘力は異世界人管理局に置いておくには勿体無いって」


「そうだったのか」


「まあ、リョウスケの言葉に心が動いたってのもあるけどね」


「ごめん。突然変なこと言っちゃって」


「いいのよ。じゃあ、明日は2人分の冒険者登録に行きましょ!」


「ああ!」


 こうして俺はリンをパーティに誘うことに成功した。元々リンは異世界人管理局の仕事を続けるか悩んでいたらしいから運も良かった。


 こうして心の中にあった唯一の蟠りが消えて、明日の冒険者登録が一層待ち遠しくなった。

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