第2話 ズイ王国へ
暖かい日の光から窓から差し込んでくる。俺は異世界転生してから最初の朝を迎えた。外に出ると、相変わらず神社の周りでスライムがピョンピョン跳ねているのが見える。
「リョウスケよ、起きたか」
ホウキを片手に神社の掃除をしている仙人が見えた。
「仙人様、おはようございます」
「うむ、おはよう。よく眠れたかの」
「はい、おかげさまで」
「なら良かった。まだ王国の者は来ておらん。それまで好きなことをしてるがよい」
「分かりました。じゃあ泊めてもらったお礼に、掃除を手伝わせてください!」
「律儀なやつじゃ、じゃあ少し頼むとするかのう」
そう言うと仙人はホウキを俺に渡し、そばにあった石造りのベンチに腰を下ろした。
「ところで、仙人様はもうどのくらいここに住んでいるんですか?」
「ワシか? うーん......大体千年くらいかのう。長生きしてたら、だんだん日本が恋しくなってきて、ここに神社を建てたのじゃ」
「千年......?」
昨日は自分のことで精一杯であまり気にしていなかったが、ふとあることが疑問に思った。
そう、この仙人は元遣唐使である。そこまで古い人間がなぜ今も生きているのか。
「この異世界では人間はそんなに長生きなんですか?」
「いや、人間の寿命は地球と変わらん。じゃが、不老スキルを取得すれば老化は止まる。ワシもそのスキルを取ったからこんなに長く生きておるのじゃ」
不老スキル......この異世界のスキルが豊富なことは分かっていたが、そこまで常識破りのスキルまであるとは。だが、話を聞くと不老スキルは必要なスキルポイントがかなり高いので、冒険者くらいしか取得できないという。
「おぬしも若いうちに取っておいたほうが良いぞ。ワシの場合、このスキルの存在に気づいたのが96歳の頃でな。急いで取ったは良いものの、すでにこの歳じゃ。おかげで永遠の96歳になってしもたわい」
「このスキルの量ですからね、誰かに教えてもらわないと確かに見逃しそうです。仙人様はよく見つけることができましたね」
「そうじゃな。ワシの場合、死ぬ前にサキュバスでも召喚してハッスルできるスキルがないか探してたんじゃ。で、たまたま不老スキルを見つけたんじゃよ」
俺の仙人に対する尊敬ゲージが一気に下がったような気がした。
「ちなみにサキュバスを召喚するスキルはいくら探しても見つからなかったのじゃ。リョウスケよ、サキュバスは自ら倒して仲間にするしかないぞ? 頑張りたまえ」
このジジイは何を言っているのだと思いつつ、良い情報を得たと思う自分もいた。
その後も仙人と話を続けて色々なことが分かった。まず、この異世界のシステムがやけに異世界人に親切なことだ。それはどうやら仙人が転生してくる少し前に、ある異世界人によってこのようなシステムに変えられたらしい。
この世界には神と交信する術があるらしく、その異世界人が神と交渉し、転生者を決まった座標に転移させてもらえるようになったという。
転生場所をスライムだらけの森にあるボロい小屋にしたのは、この世界のことをまずは自分自身で理解してもらうためだからだそうだ。森の近くの街の人が歓迎ムードだったのも、異世界人の歓迎と世話がその街の人間の仕事だったと思えば納得できる。
仙人は元々この山で隠居生活を楽しんでいたそうだが、長くここに住んでいるうちに、いつのまにか街が対処できない異世界人の駆け込み寺になってしまったらしい。
そしてもう一つはこの世界に転生した日本人は他にいるかという問題だ。だが、それについて仙人は詳しく教えてくれなかった。ただ一言、「この世界に来た日本人は数人いるが、そのうちの一人にはもうすぐ会うことができる」ということだけ言った。
日差しが強くなり、そろそろ正午だろうかと思った時である。
「ようやく来たか」
仙人が鳥居の方を向いてそう言った。俺も仙人の視線を辿って見てみると、向こうから騎士のような格好をした数人がやって来るのが見えた。
「ズイ王国異世界人管理局の者です! こちらに異世界人が来たという報告を受け、参りました!」
先頭を歩いていた黒髪の女性が敬礼をしながら言った。
「うむ、彼じゃよ」と仙人は俺の方を指差して言った。
「君が異世界人ね。この世界の言葉が分からないということだけど、どうしようかしら」
彼女に目を見て話しかけられ、ようやく俺は実感が湧いて来た。
そう......言葉が理解できる!!
「やっと......」
「え?」
「やっと普通に会話できる!!!!」
俺は思わず飛び上がり、目の前にいた彼女に抱きついてしまった。
「えっ! ちょ、ちょっと! 何するのよ......!」
「お、おぬし! それ平安時代じゃったら島流しじゃぞ! 羨ましい!」
ジジイの心の声が聞こえたのはともかく、俺は自分の不用意な行動に気づきすぐに手を離した。
「す、すみません! 嬉しくてつい......」
「......いいわ、次は気をつけなさいよ。まあ、どうやら言葉の問題はもう解決したようね」
「はい、言語マスターというスキルを取得して、無事言葉は分かるようになりました」
「言語マスター?そんなスキルがあるのね。まあ良いわ、今から君をズイ王国に連れて行く。良いわね?」
俺は少し不安げな顔をして、仙人の方を見た。
「安心せい、取って食われたりはせん。異世界人はまずズイ王国に行くのが掟なのじゃ」
「分かりました.....」
おそらくこれも例の異世界人が作ったシステムなのだろう。仙人もそう言うし、騎士の彼女も優しそうだ。俺は大人しくついて行くことにした。
「リョウスケよ、達者でな」
「仙人様、色々ありがとうございましました。また会いましょう!」
「うむ!」
仙人に別れを告げ、俺たちは出発した。仙人とはほんの少しの間一緒にいただけだが、この世界では私が最も信頼を置く人物になった。しばらく会えないと思うと、少々寂しい思いがした。
「君はリョウスケという名前なのね。私はリン。
これからしばらくは私がリョウスケのサポーターになるの。よろしくね」
「サポーター......ですか?」
「そうよ。私たち異世界人管理局は異世界人がこの世界に慣れ、職を見つけるまでサポートするのが仕事なの。で、私がリョウスケの担当官ってことよ」
異世界人に対してここまで手厚いサポートがあるなんて、思いも寄らなかった。
「分かりました。とてもありがたいです。リンさん、よろしくお願いします!」
「いいのよ。ところでリョウスケの話し方、何か堅苦しいわ。もっと気楽な話し方で良いのよ」
「分かった。リン、これからよろしく!」
「ふふふ、それで良いのよ」
だんだん緊張が解けてきてリンをよく見てみると、相当の美少女だった。皮と鋼鉄が合わさった軽装を着ていて、腰には剣を刺している。こんな重そうな剣を彼女が持てるのかと思った。
山を降りると、赤を基調とした派手な旗を掲げた馬車があった。あの旗はおそらくズイ王国のものだろう。俺はリンに連れられ、馬車に乗った。リンの周りにいた2人の騎士は馬の操縦に当たったため、後ろでは俺とリンが2人きりになった。
「リョウスケはこの世界で何かやりたいことはあるの?」
「俺は......そうだな、やっぱり冒険者になりたい」
そもそも異世界人は冒険者以外になるのが当然だと思っていたので、リンがそう聞いたことを少し意外に思った。
「うん、それが良いと思うわ。異世界人はこの世界の人よりもレベルが上がりやすくて、スキルポイントも多いの。だから有名な冒険者のほとんどは異世界人なのよ」
「へぇ、そうなのか」
「異世界人管理局があるのもそのためよ。異世界人はこの国......ひいてはこの世界の危機を救える貴重な存在だから」
「世界の危機......?」
「そうよ。この世界にはモンスターが住むダンジョンがあるのだけど、数百年毎にそれが著しく増えるの。それがちょうど今の時期なの。だから異世界人みたいな強い冒険者が必要なのよ」
リンが少し不安そうな表情を見せた。この世界の今後を憂いでいるのが見て分かる。
「ズイ王国に着いたら、私がリョウスケを鍛えてあげるわ。覚悟しておきなさいよ!」
「わ、分かった。お手柔らかに頼むよ」
馬車の外を見てみると、一面の草原で驚くほど何もなく、モンスターも全く見当たらない。リンに聞いてみるとこの道は異世界人を送り迎えするのに使うため、普段からモンスター討伐を怠らないようにしているのだという。この世界にとって異世界人がどれほど重要なのか、俺は再度理解した。
馬車に乗ってから数時間経ち、ついにズイ王国が見えてきた。ズイ王国は高い外壁に囲まれていて、俺が最初に見た街とは明らかにレベルが違かった。馬車が正門の前まで来ると、衛兵がこちらへ近づいて来た。
「そこ、止まれ! 通行証はあるのか」
そう言われると、リンは馬車の小さな扉を開け、顔だけを出した。
「異世界人管理局よ」
そう言って、おそらく異世界人管理局の物であろうバッジを衛兵に見せた。
「あ、すみません! 通ってください」
衛兵は大きな扉を開け、馬車はその中に入っていった。かなり横暴な態度の衛兵だと思ったが、異世界人管理局だと分かった途端、縮こまり、態度が一変した。
「異世界人管理局って結構偉いのか?」
「まあそうね。ズイ王国では王の次に高い権力を持つ大臣が、異世界人管理局長官を兼任しているのよ」
「なるほど、そうだったのか」
「まあ、これから会うんだけど、気さくな人だから緊張する必要はないわ」
相手はこの国の大臣でもある人だ。緊張するなと言われても無理な話である。
ズイ王国の街並みはかなり整然としていて、草原ばかりだった外と比べても、同じ世界だとは思えないくらい発展していた。
大通りにはいかにも中華風な建物が立ち並んでいて、賑わいを見せている。食べ物を売る店が乱立するところを通ると、馬車の中からでも分かる香ばしい香りに俺は思わず唾を飲んだ。
「お腹すいたの? もう近いから歩いて行くのも良いわね」
どうやら空腹が顔に出ていたらしい。
馬車から降りると、リンは小走りで美味そうな香りを漂わせる店に向かった。
俺もすぐに追おうと思ったが、馬車から降りてあたりを見渡すと、この街の壮大さをより一層感じた。赤い塗装の建物には金や銀をふんだんに使った装飾が施され、屋根には精巧で立体的な彫刻がある。このクオリティが王宮ではなくて、一つの庶民の店であり、それが果てしなく軒を連ねていることに驚いた。
リンは慣れた様子で買い物を済ませ、両手に食べ物を持ってこっちに来た。
「はい、食べてみて」
片手に持った食べ物を俺に差し出して言った。
「熱いんだから早く!」
手に取ってみると、それは日本でも良く食べていた見慣れた物だった。
「これは......肉まん!?」
「そうよ。昔ここで異世界人が作って、そのままこの国の特産になったのよ。どう?」
「美味しい!」
日本の中華街で食べた味とほぼ変わらない。仙人のところでフルーツを食べた時は形の歪さに少し驚いたが、この様子ならこれからも食べ物で悩むことはないだろうと思った。
それから俺たちはしばらく食べ歩きして、王宮へ向かった。ここの文化は本当に中国そのものだ。お馴染みのチャーハンや餃子、北京ダックのような物まで売っている。
それもそのはずで、度々来る中国からの異世界人が色々な文化を伝えてくれるらしい。もし何も知らずに来たら、中国に旅行に来ているのかと勘違いしてしまいそうである。
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