神様の手違いで隣国の異世界に転生しちゃった件〜中華な異世界で日本人が頑張ります!〜

木島亮太郎

第1話 神様の手違い

 目を開けると、俺は真っ白な空間にいた。


 確かあの時......少女を助けようとして道路に飛び込んで......だめだ、それ以上思い出せない。


「おや、目が覚めたか?」


「うわっ!」


 さっき周りを見渡した時は真っ白で何もなかったのに、その女性はいつのまにか俺の目の前に立っていた。


「私は神じゃ」


 ああ、神か。ん?? おかしい。普段ならこんな非現実的なことに納得するはずがないが、なぜか今の俺はそれを疑うことなく受け入れている。


「善行を行い不幸な死を遂げたものよ。おぬしは転生者として選ばれた。異世界で新たな人生を歩むがいい」


「えっ......あっ、わかりました」


 この奇妙な体験にまだ戸惑いはあるが、日本で散々見てきた異世界系アニメのおかげで、なんとなく状況は理解できた。異世界転生の妄想ばかりしていたのが功を奏したようだ。


「さて、おぬしの転生先じゃが......」


 神と名乗るその女性は、なにやらタブレットのような物を取り出し、指を器用に動かし始めた。


「日本人ならここじゃな。じゃ、準備は良いか?」


「あっ......はい!」


 俺の返事を聞くと、神は呪文のようなものを唱え始めた。


「テンセイテンセイ......ニホ...あっあっふ」


「あっふ?」


「......あっふしょん!!!!」


 その瞬間真っ白だった空間にヒビが入り、ガラスのように割れたと思ったら、あたりは真っ黒な闇に包まれた。神様はどこに行ったのだろうと一瞬思ったが、あたりを見渡す暇もなく俺は意識を失った。


 小鳥の鳴き声と草木が揺れる音が聞こえる。ゆっくりと目を開けると、そこはベッドの上だった。


 なんだ、さっきのは全部夢なのかと思ったのも束の間、そこは俺の知っている部屋とは似ても似つかぬ場所だった。とても小さな小屋で、家具と言えるものはベッドしかない。おまけに窓は開けっぱなしで、体の上にはすでに砂埃が溜まっている。


 とりあえず異世界に来たらステータス確認だと思ったら、頭の中にやり方が浮かんできた。どうやら指で人の頭くらいの弧を描けばステータスが表示されるらしい。


「おおっ!」


 アニメで何回も見たような半透明のステータス画面が出てきた。俺のレベルは1になっている。初めから最強レベルで無双できると少し期待していたが、現実はそれほど甘くないようだ。


 スキルのところを見ていると、まだ何も表示されてない。ただ、その横にスキルポイントが表示されていて、それを使って好きなスキルを取得できるようだ。


 屈まなければ出入りできないくらいの低い扉を開けて外に出てみると、そこには大自然が広がっていた。どうやらここは森の中らしい。どこかに生物はいないかと思って耳を澄ませると、向こうの草むらからザワザワと音が聞こえたので、近づいてみた。


「キュンッ!」


 突然ウサギのような動物が草むらから飛び出してきた。長い耳と白い毛並みで、特徴的なところだけを言えば完全にウサギなのだが、頭が少し大きくて体のバランスがおかしい。


 そいつは俺のことをじっと見ているが、襲ってくる様子はない。俺もこいつが倒して経験値が得られるモンスターなのか、それともただの動物なのか分からずその場で立ち尽くしていた。


 すると、ウサギの背後からいかにもって感じの姿のスライムがノロノロとやってきた。俺はそばにあった木の枝を手にして胸の前に構えた。ウサギは俺の動作を見て驚いたのか、一目散に逃げていった。


 ウサギが突然動いたので俺も驚いてしまい、尻餅をついてしまった。やばい、このままだと最弱モンスターのスライムにやられると思い、地面の砂を握っては必死にスライムに投げた。するとスライムは塩をかけられたナメクジのようにみるみるうちに縮んでいき、消えてしまった。


「えっ? 勝った......?」


 ステータス画面を見てみると僅かに経験値を獲得していた。どうやらこの世界のスライムはかなり弱いらしい。


 それから俺はとりあえずスライムを倒してレベル上げをすることにした。俺はRPGでもギリギリの戦いをするより、先にレベルを上げて安全に攻略する派である。他のモンスターがどれだけ強いかも分からないので、スライムを倒すことだけに熱中した。


 だが、スライムから得られる経験値はかなり少なく、百匹ほど倒して俺のレベルはようやく2になった。


 ......このままじゃ効率が悪い。街を探して情報集めをしよう。


 森を少し進んで行くと、木の看板を見つけた。何か文字が書いてあったわけではないが、方角を示す矢印が書いてあり、それは街の方角を示すものではないかと思った。


 小屋を用意してくれた神の性格を考えると、ここから街まではそんなに遠くないのではないかと思い、とりあえず真っ直ぐ進むことに決めた。


 道中には相変わらずスライムばかりが出てくる。そういえばスライム狩りをしていた時も、モンスターと呼べるものはスライムしか出会わなかった。この森は本格的にスライムしかいない初心者ゾーンらしい。


 この異世界は少々都合が良すぎないか? まるでここは異世界人がチュートリアルを進めるために作られた場所のようだ。


 あの小屋だってよく考えたら俺のために用意してくれたものにしてはボロすぎる。ベッドは少し臭かったし、すでに多くの人が使った後のような感じがした。


 まあ、仮に今進んでいる道が決められてたレールの上でも、俺に進む以外の選択肢はない。深い詮索はしないでとりあえず前に進むことにした。


 あれから数十分歩いたところで、予想通り小さな街が見えた。その街は門も外壁もなく、衛兵も見当たらない。ここはそれくらい危険がない場所ということなんだろう。つくづく初心者に優しいところである。


 俺が街に近づいていくと、住民はそれに気付いたのかザワザワと騒ぎ出した。警戒されているのかと思ったが、いらぬ心配だった。住民たちは皆笑みを浮かべて、嬉しそうな様子を見せている。理由はわからないが、どうやら歓迎ムードのようだ。


 すると、見るからに偉そうな女性が駆け寄ってきた。


「我是这里的领主,欢迎你来我们世界!」



 ......え?


 ちょ、ちょっと待って。何、何言ってるの? 何語?? 中国語っぽいような......なぜ?!


 俺は混乱のあまり言葉が出なかった。


 異世界って普通日本語だよね!? いや、仮に独自の言語があるとしても、普通デフォルトで翻訳機能とかあるよね!?


 つい先ほどまでこんなに初心者に優しい異世界は他にないと思っていたが、こんなところでいきなり超ハードモードである。


「嗯? 怎么了? 你好,听得见吗」


 ......今「ニーハオ」って聞こえた。絶対中国語だよコレ。なんで!? ホワイ! 異世界!


 次第に周りの住民の顔が曇り始めた。なぜ俺が一言も発しないのか不思議に思っているようだ。俺自身かなり混乱している状態だが、何も言わずに変な人と思われるのも怖いので、何か言葉を出そうとした。


「あ、うん......ニーハオ」


 昔コンビニでバイトしていた頃に、中国人がやってきた時のことを思い出した。確かあの頃もとりあえず知っている中国語を言おうと思ってこう言った。


「你怎么看起来没啥精力呢。先去住宿休息一下?」


「......Can you speak English?」


 相手が外人ならとりあえず英語を喋っておけば通じるだろうと考えたが、言った直後にここは異世界だと気付いた。


 女性は口を開けたままポカンとしている。やはり通じない。英語ならどこでも通じるという地球人的概念はやはり通用しなかった。


 俺は指を口元にあててバッテンを作り、首を左右に軽く振った。


「难道你不会说中文!?」


 女性驚いた表情で話しながら、俺と同じ動作をした。意味が伝わったのだろう。こういうシンプルな方法は宇宙共通のようだ。


 すると女性は右手の山の方を指差した。


「去那里! 山顶有仙人,或许能帮助你!」


 相変わらず何言っているのか全く分からない。ただ、女性はずっと山の方を指差しながらその場で走る動作を見せている。これはきっとあの山へ行けということなんだろうと、俺は理解した。


「OK!」


「好!」


 また反射的に地球のノリでOKと言ってしまった。相手の女性もOKという言葉はきっと理解してないだろうが、何となく雰囲気で意味を察したのか、OK的な意味がありそうな言葉を言ってきた。


 ということで俺はギリギリのコミュニケーションの中で唯一獲得した情報、「山へ行け」ということを信じて、その方向に向かって進むことにした。


 だが、そもそもあの山には何があるのかも分からない。もしかしてとんでもない怪物がいて、俺は食べられてしまうのではないか。表面上は友好的だった彼らは、実は腹黒いことを考えていたのではないか。


 俺は全く意味が分からないこの状況の中でだんだん疑心暗鬼になっていた。


 幸い山道もスライムだらけだった。この世界にはスライムしかいないんじゃないかと思うほどだ。


 ふと、あることを思い出してステータス画面を開いてみた。そう、翻訳スキルの確認である。


 ......やはりない。なんてシビアな異世界なんだ。というか、今まで気づかなかったがよく見たらステータス画面も全部中国語である。ゲームならネットで調べたりして解決できるが、ここは異世界だ。そんな方法はない。そう考えると、突然言葉に表せない不安を感じてきた。


 時々飛び出してくるスライムを倒しながら、ひたすら山を登っているが、不思議と疲労は感じない。異世界では疲労の感じ方が違うのだろうか。それにもうしばらく何も食べてないが空腹もあまり感じない。


 しばらく進んで行くと、鳥居のようなものが見えた。


 あれは......神社!?


 まさかこんなに日本っぽいものが異世界にあるなんて。すでに半分絶望を感じていた私だが、これを見たとたん、その絶望が一気に吹っ飛んだ。


 そうか! さっきの場所はたまたま中国語を使う人が集まっていただけで、きっとこの世界にも日本語を使う集団がいるはずだ!


 俺はそう確信した。


 神社は綺麗に整備されていて、明らかに人の手が加わっているようだった。きっと近くに人がいると思い、恐る恐る本殿の扉を開けてみると、そこには一人の老人がいた。


「嗯? 你谁啊」


 俺の儚い希望はたった数分で打ち砕かれ、頭が真っ白になった。


 この世界に日本語を話せる人はいないのか!!


 「くそっ!!」


 どうせ通じないと分かっていても、何かを言わずにはいられなかった。そして扉を勢いよく閉めて、もうどこか遠くへ行ってやろうと思った。


「え!? お、おい! ちょっと待つのじゃ!」


「え??」


 聞き慣れた言語が聞こえた。もう一度扉を開けてみると、老人が近づいてきた。


「おぬし......まさか日本人か?」


「そ、そうです! 日本人です! 言葉が通じるんですね!!」


 異世界には来て初めてのまともなコミュニケーションだ。俺は心から安堵し、今まで感じなかった疲労や空腹に突然襲われた。さっきまで疲労や空腹を感じなかったのは極度の緊張状態だったからのようだ。


「ほっほっほっ。疲れているようじゃな。ワシはこの山に住む仙人じゃ。ほれ、中に入って果物でも食べるがよい」


「すみません、ありがとうございます!」


 見たこともないフルーツだらけだったが、俺は構わずにガツガツ食べた。


「珍しいのう、この世界に日本人が来るなんて」


「珍しい? ここはどうゆう世界なんですか? なぜ日本語が通じないのですか?」


 腹も膨れたので、今までの疑問を老人に聞くことにした。


「ここは中国人が転生する異世界なんじゃよ。だから普通日本人はここには来ないんじゃ。たまにはワシやおぬしのような例外がおるんじゃがの」


「例外......?」


「うむ。ワシは昔、遣唐使だったのじゃ」


 遣唐使......かなり昔の人間じゃないか。まさかそんなに昔から異世界転生があったなんて!


「じゃあ仙人様は中国から転生したんですか?」


「いや、違う。船で中国に向かっていたんじゃが、途中で嵐に遭ってな。気付いたらここに転生していたんじゃ」


「そうだったんですか......」


「おぬしは中国旅行にでも行っていたのか? 聞いたところによると、今の地球は簡単に国間を行き来できるそうじゃな」


「いえ、俺は普通に日本で死んだと思うんですが......」


「ほう、それは不思議じゃのう。転生する時、何かおかしなことはなかったかの?」


 あの真っ白の空間にいた時のことを思い出してみた。確か神と名乗る女性がいて......あっ!


「確か神様が転生の呪文のようなものを唱えている時突然くしゃみをして......」


「うむ、それじゃな。きっとくしゃみで呪文が中断されて座標がずれちゃったのじゃろう」


 神よ、善行がなんやらと言ってた割にこの仕打ちはひどすぎないか。


「ところでおぬし、名は何という」


「名前......ですか」


 そういえば、この世界に来てから自分の名前を決めていなかった。やはり異世界だからカッコいい名前にしようか。だが、ここは中国人が来る異世界だ。日本人の名前は不自然すぎるのではないか。今後異世界人だとバレると不都合なことが起きたりするかもしれない。郷に入っては郷に従えというように、中国人っぽい名前にしてみようか。


「名前はリーです!」


 とりあえず最初に頭に浮かんだ中国人っぽい名前にしてみた。


「リーじゃと? それ今考えた名前じゃろ。やめておけい。この世界の三分の一はリーという名を持っている。全く主人公感がないぞ」


 郷に従いすぎた。異世界に来てまで全く目立たない人間になるのはそれはそれで嫌である。


「普通に日本の名前でも大丈夫じゃ。2、3年前に転生してきた台湾の奴は日本のアニメというものが大好きらしくてのう。キリトとかいう名前にしておった」


 たぶんその台湾人は中学生である。


「それなら、やっぱり慣れ親しんだ名前にします。俺はリョウスケ! 仙人様、改めてよろしくお願いします」


「リョウスケか、良い名前じゃ。そうじゃ、おぬし、きっとワシ以外の者と言葉が通じなくて困っておるじゃろう」


「はい......。やはり、ここで中国語を学ぶ必要があるのでしょうか」


「いや、その必要はない。スキル取得画面を開いてみなさい。そこに言語マスターというスキルがあるはずじゃ」


 私は指で弧を描き、ステータスの端にあるスキル取得のところを開いてみた。


 すると、一気に数百のスキルが出て来て、下へスクロールすると更に多くのスキルが出てきた。私が驚いた表情をしていると、仙人が続けて話した。


「ほっほっほっ。この世界のスキルは何万とある。見つけにくいから検索した方が良いぞ」


 検索機能まで付いているのか。つくづく異世界人に親切な異世界だ。


 検索してみると、本当にそのスキルはあった。必要なスキルポイントもあまり多くないため、今すぐ取得できる。これでようやくこの世界の人と普通に会話ができるようになる。俺はすぐにそのスキルを取得することにした。


 ピコンッ


「スキル......取得できたようです」


「うむ、それは良かった。試しに中国語を話してみようかのう」


「はい、お願いします!」


「うむ。そうじゃな......今日はいい天気じゃな」


「え?」


「なんじゃ?」


「今中国語話しました?」


「うむ、話したのじゃ」


「今のは中国語ですか?」


「いや今のは日本語じゃ」


 会話の違和感が無さすぎてスキルが機能しているのか非常に分かりづらい。中国語しか話せない相手と会話しないと、このスキルは実感できなそうだ。


「まあ、心配するでない。そのうちズイ王国の者がここにやってくるじゃろう。その時に試してみれば良いのじゃ」


「ズイ王国......ですか」


「うむ、お節介な国じゃからのう。あそこには異世界人をサポートするマニュアルがあるのじゃ。おぬしは少し例外じゃがな。だが、言語マスタースキルを取得した今、何も問題はないはずじゃ」


「分かりました」


「おぬしももう疲れたじゃろう。今日はこの神社で一夜を過ごすがよい。明日になれば王国の者が来るじゃろう」


 そう言うと俺は仙人に連れられて、本殿の裏にある木造の家に入っていった。そこは見慣れた和室の部屋で、床には畳が敷かれている。仙人は押し入れから布団を取り出し、今日はここで寝るようにと言ったあと、部屋から出ていった。


 俺はこの中華な異世界で、これからどうやって生きていけば良いのか。期待と不安の中で、俺はゆっくりと眠りについていった。

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