第21話 黄金殿にて

時に、ハイリオン帝国の歴史は相当なものである。


王でありながら現人神とされる、最高の種族、神族ルナが治める国である。

国民は全土一の多さで、さることながら神帝を信仰している。


頂点に君臨する神帝は現皇帝であり、そのいと高く尊き真名や、その実態、存在するかどうかさえも怪しく不明である。

そして、正しく神の如し寿命により、帝国1200年の歴史上、統一歴前からその位は未だ交代されていない。


臣民の割合は単純で人族アルナ樹族イェルナ鐵族グゥルナが職人位を背負い、少しの魔族ラニア巨族オルニアが軍人位を背負う。


東大陸と西大陸に跨がり、全土随一の勢力を誇る。


首都、すなわち神族ルナのいられる黄金殿は西大陸の中央部にあった。

世界の12の国が集う全土会議が行われるリリーティアともそれなりに近い。


かの国は3ヶ月前、隣接する北のメレス皇国へ宣戦布告をし、僅か2つの月で首都の機能を壊した。事実上の戦争と勝利である。

これに対して神帝は、残るメレス北部には降伏を打診した後武力を用いていない。


統一全土戦争以降、つまりは統一歴上で5回目となる戦争には、非難と北部を落とさないことへの疑問が集った。

メレスの隣国、カットナット同盟は既に支援を始めているとか。


さて、裏を返せばこの事件はハイリオン帝国の誉れある勝利である。

疑う余地も、メレスへの同情の欠片もない。


何故なら神帝が望んだから。

全ては神帝が為にある。


1月前に武力による衝突が終わり、北部残しての戦勝が広まった帝国の首都は、溢れんばかりの熱気が漂う。


英雄の帰還への拍手喝采は帝国首都を容易く包み込んだ。


帝国首都ハルドレータは湖を囲う形での巨大な街だ。

ある一点から対岸には靄がかかり薄っすらとしか街の影が見れないが、左右に連なる民家や貴族邸の迫力が途切れないことから、大凡分かる。


名産の焼き魚や貝の汁物等、美味なものが多く、長く古い町並みと整備された街道によって齎された沢山の品物は発展の形そのものであった。


透き通るような淡水のハルドレータ湖には多少の漁船と、対岸までの渡し船が浮かぶ。

神帝の、金と螺鈿の黄金殿は湖の中央にあった。


その本殿、一部の者しか踏み入ることを許されない大きな玉座の間は、帝国が持つ力を示しているようだった。


「…征服軍の大将ヘラクレイ様がお戻りになられました!」


壮年の侍従長の声が徒広い間に響く。

ささやかながらも鎧の擦れ合う音と衣擦れの音は、無駄に広く静寂なここにはよく響く。


メレス攻略を担った帝国の一大勢力である男は何とも神妙な表情で謁見に望む。


「神帝、ご報告に参りました!」


影が膝を折り、頭を下げる。

巨族オルニアの血が混ざっているであろう、巨大な包帯だらけの男が声を張り上げて言った。


「……ヘラクレイ、おはよう。そしてお疲れ様」


神帝は居た。

玉座、本来座るべき所の奥に作られた、


何とも明瞭な声だ。

決して大声でもないのに、妙に良く通る。


少し高く、母性を思わせる何かを帯びて、話す。


「双子と、ヘルムレードは駄目だったのかな」


ぶぶ、と何か喧しい物がヘラクレイの視界の端を通った。

黄色い俊敏な動きは蜂だ。間違えなく。


視線を横に向ければ、これまた吹き抜けの花畑だ。東西南北の希少な花を使った、虹色の菜園もまた神帝の物。


彼女、とも言うべき神族ルナの御人は

異様で、他の国なら絶対に見れないであろう風景だ。


それに近衛兵も居ない。何故なら神帝は自らに絶対の自信を持っている。

神が崩れる事はない、と。


「枢機卿の奴なら向こうで後処理に尽力したいと。……赤毛の威勢の良いやつらは、青血の炎魔の手にかかりそうなもんだったんで、首都ごと時を殺しました。おそらく、致命です」


「……皇国の子はどうしたの」


「フレムレードが、聖遺霊具にて時を殺しました」


真実、あの夜メイヴスト・ヘルメタインは細身の男の不意打ちによって沈んだ。皇国最強とはいえども、全てに抗える訳ではない。


しかし、と鎧の大男ヘラクレイは身動いだ。傷跡が痛むのだ。

肺腑を斬られた痛みと傷は、首都に戻る半月の内に完治するものではない。


「今はどこにいるのかな」


「止めたまま、ヘカテの要塞の牢に入れてあります。復活は、半年以内と」


「動き次第、首をとるか僕の所へ持っておいで。………〈天の祝冠〉サティレントはどうなったのかな」


「発見致しました。后が所持していたようで」


「第二皇女は」


「それが…」


ヘラクレイは口を噤んだ。

実のところ、彼ら帝国軍が狙っていた「第二皇女」ことリシェルの姫君は見つかっていない。


瓦礫に埋もれて死んだのか。はたまた何処かへ逃げ果せたのか。


光の、赤の十字架が立った後、降雪にて足跡の消失から追跡は困難だろう。

しかし彼には確信があった。発見された、凍った后の見つめる先には僅かな足跡と、銀刀山脈があったのだ。


見つからないのであれば、北部へ行った可能性が高い。皇家の隠れ家も事前に潰したが引っかからない、街道の部隊にも見えなかったということは。


―――真冬の山中を、2つの赤子を抱えて突破した、と。


間違いなく、霊術士かその類。

戦力がそちらへ寄ったということは、厄介な。


しかしそれが、かの姫が彼らには必要なのである。


ゆっくりと説明すると、神帝は背を向けたまま頷いた。


「北部を攻める理由ができたね。……けれど、私はそれを望んではいない。わかってくれるかな」


「えぇ、神帝がお望みとあらば」


神帝は応えない。

全てが彼女の命令一つで、万の民も、国も、種族に至るまで絶滅させられる力を持っているというのに。


彼は下がった。

重く煩わしい鎧を鳴らして、黄金殿を後にする。


「ヘカテへ行く準備をしろ。戦勝祝いが済む頃には、青血の炎魔は私が預かると伝えおけ」


よってきた侍従にそう言った。

彼は鎧から漏れ出た白の混じる髭を撫でて、雲ひとつない濃密なブルーの空と、黄金殿の周囲に広がる湖を睨み、嘆息する。


「老いぼれも引退すべきかな」


一月前の死闘で、ぽっと出の小娘に全く刃が立たなかった。

遠征に出る時、老骨はまだ死んじゃいない等と囃されてこのざまだ。


治りの遅い腹の傷を擦って、また嘆息する。


「暫く青も見たくないな」

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