第19話 霊術の心得

「そこで、だ。貴公、霊術士にならないか」


理解が追い付かなかった。

整理しようにもまずこれは本当に大陸共通語なのか?


聞き間違えかも知れない。はたまたモルトヴィネ侯は御乱心か。


ふむ霊術士。ふむ霊術士。


星霊様の加護を受け、この世ならざる力を振るい、幾千幾万の命を容易く刈り取る戦士の総称。


思い浮かぶのは皇国最強の御人。

星辰守護士団のメイヴスト団長の模擬戦を、雪山ノ剣城の中庭で見かけたことがある。


正に神そのものと言っていも差し支えないほどの迫力だった。

開始と号令がされてから、一瞬で相対した副団長を寝かせ首筋に木製の槍を押し当てていたか?


おまけに先日見た城郭での攻防だ。

敵方の霊術士と不可視の速度で斬り合い、焼き尽くさんとしたそれ。息が詰まるような戦慄を与える神話の如き凄まじい戦い。


……自分には無理だな。


「ご、御冗談を……」


「この状況で冗談だと思うか。私はただ、貴公に霊術の才能があり、戦力になると考えていると言っただけだ」


「ですが、先日、霊術士様の戦いを本気で見る機会があったのですが、とても私がメイヴスト団長様や他の霊術士様のように戦えるとは……」


「そこは専門外だ。こやつに聞け」


「んで!あたしって訳よ!」


どん、と背後で太陽が咲いたような声がした。

存在も忘れていた、その突然の大声に思わずリシェルは「ぃんあ」と喉から変な声を出した。恥ずかしい。


「悪いが寝てる隙に調べさせて貰ったよ、あんたの霊術士としての才能」


「私の、ですか」


「ああ、凄いぞお前、羨ましい」


「そ、それほどなんですか」


胸が高鳴るようだった。

人でありながら神の力の司り、華麗にメレスの敵を屠る武人。その境地に、霊術士たり得る片鱗と才覚が自分にもあるなんて!


「ざっとメイヴスト・ヘルメタインの百分の一だな」


リシェルは然程高い教育を受けていないし、算術なんて必要ない範囲でこの世から消え去ればいいと思っている。


しかしだ。百と一の大差も分からないほど子供でもない。

この人は、と一瞬でも淡く心躍らせた自分と目の前で笑い転げている鬼族ロニアをぶん殴ってやりたい。今すぐ、強めに。


「あっははははははは、は、いやあ待て、ぷく…く……待て待て怒るなよ。そんでも平均よか上だぞ、くく…」


流石に貴族の前でこの態度は如何なる物か、とモルトヴィネ侯を見たら特に気にかけている様子はない。なんなら先程よりも温かな本心かららしい笑みを浮かべている。


リシェルは少しばかりの困惑と虚しさに襲われた。

雪山ノ剣城なら絶対に見ることのできない風景だ。


彼らにとっての日常で、この戦の香りが仄かに漂う細やかな日常に突き放された気分だった。

わたしの居場所などここにないと、あの時リシェルはメレス・レス・マリスで死んだと。


少し、寂しい。

そんな表情を見兼ね、焦った彼女は訳の分からない言い訳じみたなにかを並べ始めた。


「んあっあっ、あー!わりぃ!鉄板の冗句というか、その。夢見る霊術士見習いの坊主どもを揶揄うのにあたしの故郷で、その、優れた霊術士の半分とか、そういう」


「…ふ」


顔を上げて仕返しに笑ってやった。

多分、耽った自分の顔を見てやりすぎたとでも勝手に思ったのだろう。


年頃の女子らしく意地悪な顔を浮かべた。それが今できる最大の強がりとも、自分でわかっているのだ。


目を合わせて、二人で笑った。


腹の中に埋めることのできない穴を抱えながら、笑った。

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