第18話 選択と糧
「勿論、一択でございます!」
食い気味で、叫ぶように答えた。
ここでおめおめと引き下がれるものか。
どこまで捻くれればこの発想が出る。
私はもう、二度と。
「即決……いいのか?貴公の命を皇家に預け、国の柱の一端となる。その覚悟と確証があるのか?」
そんなもの、とうの昔に決まっている。
私が一度死に、御后様に救われ新たな命の形を皇国に見出したその時から、ありとあらゆる私の形を皇家と星霊に捧ぐ、そうやって。
「もとよりそのつもりでございます。例えこの身朽ち果てようとも、姫様の全てを想います!」
だから、だから。
見捨てないでくれ。
そういう響きを含んだ叫びだった。
静かな執務室に嘆きの懇願の意志が渡る。
私の身はあの方の身。
裏を返せば、ただ縋りつく脆く弱い罅割れた心の支柱。もうこれしかないと、ひたすらに。
「誓えるか」
「教徒として、臣下の者として、侍女として誓いましょう。私の血は最後の一滴まで皇家に捧げます!」
喉が焼ききれそうになるほどに、必死の思いで彼女は言った。
存在意義だとか存在証明だとかいう、小難しい理屈と御託は要らない。
姫様がそこにあり、私がここにいる。
それだけで十分なのだ。
例え、愛と忠義が一方通行の賜物であっても。
ふ、とその緊迫が揺らいだ気がした。
「心意気は受け取った。では今後について話そう。楽にして聞いてもらえば良い」
「はっ」
上げすぎた腰を戻した。
この人は信用できるかもしれない。
そう芽生えた直感は、かりそめの物であるかも知れないけど、姫様の安全の為なら。
「さて、メウィリーン領含む北部のメレス領地は現在ハイリオン帝国からの降伏交渉が来ているそうだ。おおよその領は突っぱねたそうだが、一部帝国に降った領主もいる……」
当然と言われれば納得できるかもしれない。
いかな冬の街道に高地という地の利こそあれど、征服軍は強力であるし、霊術士の存在も懸念される。
領民や兵の命と、メレスの誇りを天秤にかけるとなると難しいかもしれない。
「それで、
モルトヴィネ侯は一度口を噤んだ。
そして、なにか摩訶不思議で堪らないものを吐き出すように、ゆっくりと続けた。
「何もかもの時の流れが、止まったようだった」
「っ、それはどういう意味ですか?」
「誰にもわからんのだ。秘密裏に行かせた霊術士の密偵が見たのがそういう光景だそうだ。赤色の光の十字架も空に浮かんでいて、気味が悪かったと」
七日前。リシェルにしてみればつい昨日の事のような出来事が脳裏を掠める。
途方もない違和感を覚えた、この世ならざる一夜の光景。
「み、見ました。その、姫様を抱えて走る途中で、薄気味悪くて」
思い出すだけで鳥肌が立つ。
無意識に背を向けたあれは、到底気合いなどで真っ向から立ち向かえるものじゃない。
「ああ……それで、貴公の言っていたことが本当なら、まだ御后様は逝かれてはいまい可能性が高い」
「っ!」
変な音が喉から漏れ出た。
床を踏みしめる足がわなわなと震える。
リシェルは必死に歯を食いしばった。
希望はどんなときにも、星霊様が照らしてくださる。
「よって、メウィリーン領全体で情勢を整え、戦力を招集し首都を奪還することが決まった。何年後になるかは定かではないが、帝国に与することはない」
嘘か真か。
それを判断する材料は余りにも少ない。
しかし目の前のこの方になら、姫様を委ねられる。そう感じたとも言うべくか、リシェルの腹の内は既に決まっていた。
「是非手伝わせてください。姫様の身辺から警護まで、やれる事があれば必ず成し遂げて見せます」
もう迷わない。厭わない。
誰かの力を借りないなんて馬鹿馬鹿しい発想は捨てることにして、新たに。ここから。
そう、なんだってやってやる。
例え身を捧げ忠義にありとあらゆるものを奉ずる事が呪いであろうとも、私はその呪縛に命を救われたのだから。
「……一介の侍従風情が生意気だな」
「っ!!す、すみません」
肝が芯まで冷えた。
あそこまでやった。姫様の命を預かった。
それは悪魔で過程でしかないのだ。貴族というのはいつも結果にのみ光を当てる。
リシェルの過程は酷く昏いものだろう。
過信が己の身を滅ぼし光が永遠に失われるとは、頻繁に読んだ星霊教の聖典にもあるではないか。
失言――
「だが、今はハイリオン帝国に抗うその生意気さが欲しい」
顔をあげる。
そこで身にしたのは意地悪く、しかしどこか暖かく振る舞うモルトヴィネ侯の笑顔だった。
リシェルは奥底のしれない恐怖と、怒りを買わなかったことへの安堵がまじりあい不思議な気持ちを体感した。
「そこで、だ。貴公、霊術士にならないか」
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