第17話 探り合い

態度とは裏腹にリシェルの内心は酷く冷めきっていた。

皇国、ひいては姫様に仇なす弊害となるならば、私が。


「話というのは、皇国首都メレス・レス・マリスの陥落についてでしょうか?」


「そこから話の堀を埋めようか。では貴公、話せ」


ここからは私の頭の回りようだ。

運命と、暴力の嵐に抗うための選択。その土台だ。

慎重に言葉と情報を巡らせなければならない。


小さく息を吐いてから、リシェルは徐に話しだした。


征服軍の奇襲の事。

応戦した皇国の事。

御后様と姫様の逃亡と、朱の双刃の事。

姫様を預かった事。

メウィリーン領の中央都市を目指した事。

赤い十字架の事。

銀刀山脈のどこかで倒れた事。


ゆっくりと、重く紡いでいった。

唇を噛みしめながら。


そうでもしないと、何度も虚しさと忠誠の歪んだ形が目頭から零れそうで仕方なかったから。


震える心と、煮え滾る血が体を打って止まなかった。


「……成程、事情は大体分かった」


モルトヴィネと名乗る男と鬼族ロニアの女は、冬の湖面のようにただ静かに聞いてくれた。


内に溜まっていた、背負い込むような使命の腫瘍はまだ曇りを抱えている。


それでも、それでも少し、晴れた気がした。


「ではこちらも話そうか」


「はっ」


リシェルはちょっとだけ姿勢を落とした。

その分、自分の内圧を下げれたのだ。少しは信用できるかもしれない。


「……二月前か。ハイリオン帝国の神帝が全土会議にて皇国に向けて宣戦布告。突然に襲われた皇国が、全土一の大国と真面に渡り合える訳もなく、南部は瞬く間に淘汰され首都まで迫った。そうだな?」


「……はっ」


皇国首都メレス・レス・マリス陥落間際との知らせを受けてメウィリーン領は全体で臨時の援軍を組織し街道より送り出した。そこで、別動隊で霊術士を主とした精鋭を出したのだが……」


なだらかに話す眼前の男は、どこか歌を口ずさむような口調で、しかし確かな心の陰りと共に押し出した。


「急行する為山肌を行かせた霊術士の一人が、雪に埋もれる人影が見えたとの事だ。それが、」


「あたしだ」


黙り続けていた鬼族ロニアがそう背後から言った。

リシェルは思わず振り返り、まじまじとその、紫を見た。


嗚呼、命の恩人なら猶更私は酷いことを。


「ん?あぁ、気にすんなよ。私も同じだ」


心底気にしてない様子で彼女は肩をすくめた。

ただし口を固く結んで目をそらした彼女からは、悔やむそれが見て取れた。


「正直、隣に銀髪の姫がいなけりゃ私は見捨ててた。言っちまうが、あんたを助けたのは偶然だ」


後ろめたさからか目を伏せる。

何を言われようが仕方ない、そう身構える彼女は何故だか小さく見えた。


驚いた。しかし、恩人には変わりはない。


どれだけの事をされようとも、どれだけの選択肢の中から酷なものを選ばれようとも、姫様を救った結果はどこにも消えやしない。


「ありがとうございます。貴方が、貴方が姫様を救い出してくれたことには変わりありませんから」


「……姫を見てやれ。あたしにできんのはここまでだ」


っはぁ、と息をつきはにかんだ笑顔でそう言った。

それからリシェルの背面を手で示して。


「水を差すようで申し訳ないが……」


「あ、あぁぁぁ!!も、申し訳ございません」


「まぁ、構わない。本当に、姫様と貴公が助かったのは星々の導きとしか形容できないな。皇国はまだ息を止めてはいない」


それで、と続けた。

上に立つ者の風格。城のお勤めで何度も味わった、この威圧感と話術。


まるで下々の者を数字、或いは文字通り人ならざる者と無垢な常識で決めつけているような。


失礼だと分かっていながらモルトヴィネ卿を見た。


冷たい目。

試すような、見定めるような冷え切った冷酷と、視線がぶつかる。


「君には二つ選択肢がある。今まで通り姫様の傍付きとして動くか――」


辺りの温度が下がったような感覚。


勤めとしてでは真正面から相対していなかった、貴族のその気品と残虐の態度。


「この一件より手を引くか」



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