第二章
第14話 或いは天井
何故。
何故。
ひたすら叫ばれる、何かを見た。
一つの希望のかけらもない、どこまでも虚空広がるそこで。
何故。
何故。
訴えられて、必死に、必死に。
何とも知れぬその懇願が、私に、ずっと語り掛ける。
何故。
何故。
目の前には何かがいた。
無数の影が寄り集まった、人の形のそれ。
何故、と問い続ける異質なそれだけがここの王であった。
何かは途切れることなく、狂ったように問いを繰り返し続ける。
がんがんと頭に迫る響きは、その時ばかりはなにもかも忘れさせてくれた。
当然だ。
何も情に絆されて諦観されるより、責め立てられた方がいっそ楽というもの。
何故。
何故。
ただの哀しみ、その怨嗟と慟哭を押し殺した、靄のかかった得体のしれない何かの声。
何故。
何故。
濁流のように押し寄せるその問いに満たされ、溺れる。
嗚呼、どこまでが私なのだろう。
無限に乞われるその答えは、多分今の私には出せない。
どこまでが自分で、どこまでが何かだろうか。
なぜ。
ナゼ。
異空の奥底ただ、責め立てるような声が微睡む。
────何故、あの子を。
はっとした。
水、それも泥濘のそれから引き上げられる感覚。
間違いようのないその意思が、リシェルの何かを突き破った。
これは私だ。
これは御后様だ。
2つが重なるのだ。
彼女は言い切れぬ感情でいっぱいになった。
それが罪悪感なのか、無垢な謝意なのか、それとも恨まれたことに浸され自分が満足したいだけなのか、まるでわからなかった。
それなのに問われ続けるのだ。
どんな拷問よりも、どんな苦痛よりも辛いもの。
身を焦がして焼いて砕いて壊して崩して斬って嬲って殺して奪って千切って抗って狂わせ狂わせ狂わせ狂わせる、そのありえない程の狂熱が。
姫様、姫様、姫様!
どうしてこんな大切でやまない事を、一時でも忘れていたのだろうか。
何か、いやその代弁者の向こう側に、銀色の御櫛が見えた気がした。
私はどうなった。
姫様のもとに戻らねばならない。
何故、なぜ、ナゼ。
叫びで埋め尽くす影が行く手を阻む。
行く、行かねばならない。
姫様を、姫様を。
手を伸ばす。
意地でも掴む。
もうこんな事にはしない。
私はまだ終わってない。
手を伸ばした。
薄れた視界に、天井が映った。
何故?
皮肉かもしれないと思った。影と同じ問いで自身へ聞く。
銀刀山脈にいたはずだ。
姫様を救ったはずだ。
ここは、どこだ?
白樺の梁が組まれ、鉄製の鎖にぶら下がる灯りが小さく揺れている。
現実味のある風景。
大丈夫、私はまだ死んでいない。
体を起こそうと力をいれると、全身が痛みと痺れに拘束された。
力を入れて初めて、ここがベッドの上だと分かった。
背にあたる中途半端に硬い毛布の感触と、頭が乗る枕の、沈むような感覚二つ。
呻き声が呼吸に混じる。
早く、早く姫様の下へ向かわねば。
体を温めてお召し物を変えて湯につけた布で体を洗ってお料理を作って寝床を用意してそれからそれから、えっと……!
「あぁ、やっと起きたか」
見知らぬ声が、耳に届いた。
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