第12話 皇国の終焉

「よく、やった、枢機……卿……!」


息も絶え絶え、血と煤だらけで全身鎧を赤黒く染め上げた彼は、鮮血滴る唇からやっとの思いで言った。


陣を張っていた丘、その焼け跡に血の池を作り、大の字に転がりながら。


「……恐れ入ります」


どこか躊躇しているような、葛藤の迷宮で彷徨っているような、そういう雰囲気の細身の男は革本を抱えてそう言った。


如何せん言動は無機質だが、微かに、その目に迷いがあった。


「医療班を呼びました。やはりこの女の存在は危険でしたでしょう?だから降ってくる時点で迎撃しろとあれほど」


彼らの注意の先には、一つの立像があった。


餓狼を思わせる精悍な顔つき。肩まで伸ばした黄金の髪と相まって、その絶妙な雄々しい魅力を引き立てる。

しかし唇に一振り乗せられた桜色の紅と、梳られた繊細な頭髪が魅惑の一端をになっていた。


なのに、なのにその吸い込まれるような灰簾石の蒼の瞳は最後の時まで皇国に囚われている。


行き過ぎた信仰は呪いとなる。

徐々に心をすり減らし、偶像を照らし自身を蝕み続ける。


メイヴスト・ヘルメタインから哀愁が感じられるのは、その為なのかもしれない。


そんな彼女の上で、小さな小さな赤の十字架が佇んでいるのも皮肉めいている。


霊術を放とうと印を組み、今となってはその体躯に不釣り合いな銀の槍に確かなる意志を持たせて。


彼女の爪痕残るそこに駆けつけた、帝国軍医が真っ赤な彼を囲んで治療を始めた。


「しっかしまぁ、派手にやるもんだな。もう少しやれると思ったんだが……」


巻かれた傍から包帯に染みが着く。

がしゃがしゃと音を立てて脱がされた鎧が、戦意とともに脇に置かれた。


「それで、お前の目論見では何日かかる?」


「残りかすの霊力ですよ。恐らく次の六ノ月でしょうね。1番長く見積もっても」


「持って半年、か……」


「もちろんメイヴスト・ヘルメタインの事ですから、3日後に何食わぬ顔で復活しても何もおかしくはありません」


ふん、と息を巻いた。


信仰の果て。

皇家に何もかも捧げてきたこの女は、どんな景色を見ているのだろうか。

少なくとも自分たちのような小物は眼中にはいまい。


文字通り規格外。

霊力適正の高い人族アルナの中でも、頭一つとびぬけた天才。


神帝のみを崇拝する彼らには知ったことではないが、星の神と月の兎に最も愛された霊術士だとかなんとか。


そんな最大の障壁を乗り越え最優先の目標を達成した彼らの胸中は安堵と達成感で一杯だった。


「国崩しも楽な道のりじゃないな……」


「これにて全土会議からメレスの名は消えましたね。神帝ならば上手く後を処理なさる」


「……皇家の血筋も絶えては国を名乗れない。いつかのラバールと同じ、完全な亡国だな。枢機卿、あとで一杯どうだ」


労いにな。と付け足す。


はてな致命を貰い瀕死であるにも関わらずこの人は、と細身の男は苦笑した。


皇国への罪悪感が残ろうとも、彼が国一つ堕とすという大役を成し遂げたという、満ち足りた感覚に憂いも後悔もなかった。


「怪我が完治したら考えます。貴方は戦うのが生業でしょう?それに、〈天の祝冠〉サティレントを探すのが本命です。充分だと思わないでくださいね」


「たかだか20幾つの小娘にこてんぱんにされたがな」


調子のいい笑い声が掠れた喉から湧き出た。

痛みも出血もこの感慨と酒の話の前では無力らしい。


赤照らす薄暗い夜空の元、二人は笑いを重ねた。






統一歴223年。

2つの国、2つの意思。

それらがぶつかり合ってここに結末が綴られた。


今ここに700年の歴史を持つメレス皇国は闇に葬られたのだ。


星辰と雪を国是とし、何もかもを包む空と星に神を見た国。

人族アルナが主となり、天候と防寒技術であれば右に出る国はなかった。


かつて、全土統一戦争にて参加を表明しなかった純白の国のひとつ。

だからこそ色濃く滅亡が訪れたのだろう。


だが希望の光というのは、案外どこにでもあるのだ。


周りに影が満ちているのは、遮られた光に気づかないだけ。

付近を見れば火種はそっと、静かに燃え広がるのだ。


その希望は今、銀刀山脈にある。



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