第11話 ざまあみろ

蒼が踊った。華が開いた。

それはもう、形あるものを拒み全てを灰に変えようと、持てる限りの熱を吐き散らして。


夜、月が真上に座する頃。

撒かれた赤の耀きが支配する、皇国を一望できる小高い丘の上。


〈藍狂沌蓋星喰〉パルシア


と、当人しか知らない詠唱の末尾は小さく呟かれ、瞬寸の後轟音に消えた。


メイヴストの持つ銀色の槍から放たれた破壊の熱戦と炎は、辺りが昼間になったと錯覚するほどの光を発する。


凄まじい力と霊力籠った炎の宴に無事でいられるのは。

星霊という神の力の化身である、そのメイヴストの炎に焼かれず尚も立向かい続けられるのは。


蒼炎が晴れ、霧散する。


「小娘がああああああ!」


彼女は空中で憎たらしく目を細めた。

その双眸が、殺意と憎悪に染る。


聞こえた野太い声が、何もかも焼けた焦土より響いた。


「貴様ら程度の霊術師2人か。随分と、まぁ」


隕石もかくやという衝撃が襲う。


先に散ったメイヴストの炎とは違い、彼方からの落下だ。

煙が勢威をふるう。


「皇国を舐めているようだな」


失意とやり切れない怒りが彼女の息を荒くした。

静かに、それで尚純粋な憤怒が、破壊の余韻が残る陣に渡った。


彼女の瞳は見えない。

吹き戻しの風に煽られ皇国人の誇りでもある金の頭髪と宵が、その表情を隠す。


「いいや、お前なぞ私のみで十分だ!」


限りなく闇に近しい白霧のなか、鎧の男は銀を閃かせる。

その軌跡は確実にメイヴストの首を捉え――


「黙れ」


吹き飛ばされた。


一つ翻したその槍が、巨漢を殴り飛ばしたのだ。

寸毫の出来事だった。それこそ本を抱えた同じく侵略の要の男が震えるほどの、迫力で。


幕の向こうへ消えていった。


「黙るものかあああああああ!」


喚いた彼は、視界を塞ぐ濃密な土埃、その直上より死の斬撃を振り下ろす。


「皇国に、何をした」


彼女は見ない。


常人であれば砕け散り、骨の端くれも血液の一滴も残らない一撃を、メイヴストは無造作に突き上げた槍の切っ先で受け止める。


途端、果てしない風圧が生じ空気に蔓延する埃が凪いだ。


「全ては神帝が為!」


「何をした」


「消したのさ!じきにお前も消える!」


獰猛な笑顔で、距離を取った。

まるで、命の奪い合いにさえ快楽を見出すほど飢えているようだった。


メイヴストは改めて確認する。


どうやら細身の方は戦う気もないらしい。

霊力は恐らく底をつき、目の前の男が死のうが勝とうが参戦の意はないと見た。


対峙するのは顔見知りにして、敵。


塵に塗れて尚、黒光りする鎧は闇夜の月下で艶やかな輝きを放っていた。


そして手にした武具。

金の細工が散りばめられた、メイヴストの背丈はあろうか。彼の巨躯に似合った、一目で業物とわかる大剣。


「貴様に私は殺せない」


「かっかっか!小娘がいうようになったじゃないか!」


ありったけの力を込めて彼女は目の前でひた笑う彼を睨んだ。

その哄笑がどれほど馬鹿げたものか、計り知れない癖に。


とはいえ、厭忌と嫌悪に呑まれるような、やわな心意気で背後の命は護れない。


怒りは良い。

だが憤怒に任せた時点で獣となり下がるような、誇り高きメレスの霊術士に泥を塗るような真似はしない。


衝動を堪えた後、己の内圧を下げるべく息を吐く。

薄く、引き伸ばされた空気の束が闇に去る。


「皇国を戻せ。貴様らのような、薄汚い神族ルナの犬が邪念を以て踏み入っていい国ではない」


「お前が神帝をなんと罵ろうと、それ程度で霞んで曇るお方ではないわ」


「話をそらすな」


「答えならおまえの墓標に刻んでやるわい!」


来る。

そう感じた瞬間、目の前で悪鬼が笑っていた。


金属の塊が、羽毛のように見える動き。

凄んだ彼は馬をも縦に切れるであろう諸刃の剣を振るった。


「答えろ」


激烈な金属音。

槍と剣がぶつかり合う。


さほど高い方ではないメイヴストと、建物のような威圧を持つ彼。

圧倒的な対格差の中、それでも交差した刃の力は平衡していて。


「知らんなぁ。はて神帝なら知りえるかもしれない」


「どんな聖遺霊具だ」


「知る必要はないだろう!?」


先に崩したのは鎧の男だった。

足と共に剣を引き、再び構えてはメイヴストの横っ腹に大剣を振りぬく。


黒の質量がメイヴストを真っ二つに切り裂いたと。

その轍が、槍さえ動かさない彼女を捉えたと。


そう思われたのに。


不動、正しく不動だった。

眼前に立つ女は城砦か、大山か、はたまた星か。


流石にこの堅牢さには予想外だったらしい。

狼狽の色を見せた男は目を見張り、己の一撃を防いだ炎の壁を見た。


「では死ね」


男は地獄を見た。

ゆっくりと首をあげて、男を真正面から見る。


蒼の双眸に映っていたのは――


「――――!」


悲鳴も叫びも残す暇なく、彼は切り崩された。


倒れ行き夜空が視界に満ちる前にわかったことは、凄まじい炎と斬撃をもろに受けたということだけ。


人ならざる肉体をもってしても、見えなかった。


防御も、ままならないというのか。


限りなく黒に近い紺と無数の瞬きの中、苦痛と地に伏した感覚だけが残る。


恐らく喉と胸、肺腑を切られた。

血反吐が口、或いは傷口から吹き出て、丘の地を赤く染めるのがわかる。

呼吸ができず妙な音が漏れる。


「言い残すことは?」


視界の端から小娘がひょっこり顔を出しやがった。


メイヴストが槍を喉に突き立てる、冷たい感覚が脳を苦しみと共に満たす。


「……が……えふっ!」


ごぽり。

多分今ので確実に喉は赤くなった。


槍の先端と生ぬるい血の感覚が入り混じる。


呼吸できない男に対する怪訝と、槍を汚されたことに対する不服そうな表情が見えた。


てめぇこらおい小娘。


遠ざかっていく思考の中、そう舌を出すことが最大の反撃だった。


「ないなら……」


「ごふ……いや待、て」


「……せめて帝国には伝えよう」


思い切り笑ってやった。

こちらの勝ちだ。


「ざまあみろ」


はっと振り向いたようだがもう遅い。


赤の饗宴。

時の秘術。


再度紡がれた赤の十字架は、比べ物にならないほど小さな規模で。


この世のものとは思えない違和感を抱かせる赤の光は、メイヴストをすっぽりと覆っていた。


もう次の時に身を投じることのない彼女の上に、十字の墓標が突き立っていた。

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