第10話 青血の場合

人の形とは様々だ。


勿論、生き方や思想をとってもそう言えるだろう。


しかしこの残酷な世界には、知性と理性ありし八の種族が巣くっているのだ。


人族アルナ樹族イェルナ鐵族グゥルナ魔族ラニア巨族オルニア鬼族ロニア

そして神族ルナ冥族ニア


最も普遍的で根源とされている人族アルナは、数こそ多けれどやはり、個々の霊術と膂力において最弱との烙印を押された者の総称であった。


しかし、だ。


数が多いだけ、悪知恵が働く、非力だなんだと罵られようとも、物事には確実に例外が存在する。


ほぼ全ての存在が自己の中に神を抱き崇拝する時代だ。

神の力、或いはそれの紛い物を身の器に注ぐものが霊術師であるとするならば。


「――――――!!」


夜空の加護を一身に受けたこの女は絶大な力、つまりは神に肩を並べるほどの実力者である。


そんな彼女が、取るに足らない下賤な、しがない時の術に抗えるという確証はない。


抗えたのであればそれは奇跡。

だが奇跡を起こしてこその、神だ。


彼女は今、星になっていた。


なにも夜空に座りこみ光を発するだの、落下し燃え尽きてその上願い事を言われるだの、そういう状況でもない。


高度推算八千盤。

周囲の闇にちらちらと映る夜の光を首都周囲の町と照らし合わせて出した答え。

凡そ世界の名峰がこの位だと習ったが、今となっては欠片も興味を感じなかった。


無音の絶叫を要する、皇国が一目に映る程の上空でメイヴスト・ヘルメタインは肝と腸が浮き上がる感覚を、悠久とも思える時間味わい続けていた。


遥か東にあがった、払暁の気配を睨む。


一瞬で霜が体に張り付くのを防ぐため、自身の蒼炎の最高火力を常に体中から出し続けていた。

でたらめな力の出し方、つまりは制御の為の詠唱もいらない。


その強引さとそれを成しえる霊力適正があってこその皇国最強、青血の炎魔だ。


果てしなく襲い掛かる気流と圧力に体が崩れないよう、霊力を寄せ集めた防壁も張って。


ところで、メイヴストはこんな所で散歩をしている訳ではない。


取り逃した朱の双刃の一人が放った攻撃からエルメレスを庇いに飛び出した後のことだ。

直撃は避けられたが、歪んだ攻撃は城郭を粉砕し付近は瓦礫の山となった。


后の安否を図るために動いていたが、あの赤の十字架が皇国に立ち万物の時を殺す寸前、半分獣のような勘が障った彼女は、保身の思いと反射から、霊力を込めた体を思い切り跳躍させたのだ。


無論、正体不明の嫌な予感からは逃れられた。

しかしどうやら、咄嗟の事で加減を忘れたらしい。


気づいた時にはもう遅かった。

飛べるところまで飛んだ彼女は一瞬の静止と再びの落下に揉まれた。


幸い得物、氷のような珠の付いた国宝である槍は手を放さずにいた。


さてどうしたものかと、頭の片隅で、妙に覚めた思考で彼女は考える。

後ろに流れていく空気が、皇国のそれとは違う冷たさを彼女に突き刺す。


それがどうした。

一層の厚みを増した蒼の鎧は暖と、勇気を彼女に与えてくれるのだ。


先ほどまでは砂のように、それでも確かな光と違和感を撒き散らしていた皇国首都は近づいてきた。

上からでもはっきりとわかる十字架を、メイヴストは己の炎と同色の双眸を細める。


彼女は考える。

この都市を攻めるなら、どこに陣を張るか。


霊術師の技能と経験柄、あの光は害を与えるものではなく、特殊な状況を作り出すものと見た。

安全かは定かではないが、彼女には国中にひしめく人々の霊力は消えてはいなかった。


思い切り息を吸い込む。

最早空気の薄い場所ではない。


詰まる所は。


「私が攻めます」


霜の立つ気温ではない。

だが権威と象徴の星の炎は絶やさない。


「――ただ佇む蒼の星々よ」


恐らく見知った霊力、だが味方ではない。

強大な気配も恐らくはこちらに気づいた。


「その眩き力の糧を我が刃に宿さん」


帝国軍の将軍、細身の男と鋼の大男が薄く見える。


「注ぐは破壊。創るは地獄」


その蒼を一点に振り下ろした。


〈藍狂沌蓋星喰〉パルシア


覚悟しろ。

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