第7話 眠れ皇国
崩れ落ちる霜が、子気味良い音をたてる。
弾け飛んだその響はリシェルと姫君、2人の重み以上に重いものがあった。
目の前いっぱいに広がる黒と白、少しの木肌が茶色のアクセントで彼女らを歓迎する。
涙の傷跡で霞んだ視界には、「ようこそ」と闇夜の森が化け物よろしく口を開けて、こちらを食わんとばかりに映っていた。
呼吸が荒んでいた。
一心不乱の思いでニノ塔より駆けてきたらしい。
垂れる汗が伝って、彼女の仕えるべき幼子にかからないよう、十分注意して、竦んだ身で姫君を抱きしめる。
今の私の身体は、この方の為にある。
たとえこの忠義を注ぐ器が、物心つかない姫君でも構わない。
全てを捧げ、奉ずる。
例え母親を演じようともここで戸惑う訳にはいかない。
まず目指すのは雪隠ノ離宮。そこが無駄足となるならメウィリーン領。
白布に抱擁された腕の中の姫君をそっと、揺らし起こさないように走り出す。
覚悟はとうに、できている。
「止んだか?霊力も殆ど消えた。奴は半ば死体だろうな」
「瀕死のメイヴスト・ヘルメタインなぞ想像できませんよ。恐らくはこちらに気づいています。向かってこれる状況かはさておき」
再び小高い丘の上。
腰掛けた鎧の将軍は遠目がねで城を吟味していた。
あらかた壊れた雪山ノ剣城の、その二ノ塔。
恐らくは朱の双刃のどちらかが、霊術により粉々にしたであろう煉瓦造りのそれ。
「
ハイリオン帝国とは、人では無い自己を神とする存在、神族が頂に立つ大国だった。
その他にも様々な種族が神帝の加護の元臣民として受け入れられている。
共存という夢を持たないメレス皇国を滅ぼしに、軍を動かしたのかは定かでは無いが。
「星霊教の霊術は厄介ですが、この国にメイヴスト以上の強者はいません。このまま注ぐのを続けても構わないのでしょうか」
一言で形容するのならば儀式だろうか。
手にしていたその不気味な革表紙の本へ手をかざした細身の男がそこにあった。
赤く、奇妙な恐怖を覚える赤い光を撒き散らしながら。
「構わんさ!皇国最強を屠れると同時に、今回の目的が探しやすくなる。なんだ?情に駆られたか?枢機卿」
凡そ阿鼻叫喚地獄絵図の戦場を見下ろしているとは思えない、陽気な哄笑が陣地に響き渡る。
「いいえ、問題ありません」
煌めき跳ねて雪が弾く、得体の知れないその赤は何処か、夜空に君臨する星の光にも似ていた。
「...っ来ます!」
「皇国よ眠れ」
空気が一変する。
拡がりつつある赤の光を見て、煩い将軍は小さく呟いた。
そして―――
皇国首都メレス・レス・マリスは一夜にして時が凍りついた。
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