第5話 救われた命
───あら、寒くないのかしら
暗闇の中で、確かな声が聞こえる。
いや、確か灰色の空だったか。
街の一角、裏道の高い建物の壁に切り取られ鼠色の雪雲がぼんやりと見えていた。
殴られて、全身痛いたかったけれども、動けずただただ樽に背を預けて冷たいタイルに座り、曇天を眺めていただけのその時に。
血だらけの手をせめて天へ向けようと、揺れ動いた時に、霞む視界の端から天使が現れた。
───大丈夫…じゃないわね
お星様とお月様が遣わした天使だと思った。
見たこともない銀色の髪と金色の目で、とっても輝いて美しいティアラを付けて。
この人はお姫様かな。それとも天使様かな。
痣と滲んだ血で汚れた手を取ってくれたのが、遠くなりつつある感覚で分かった。
ずき、と痛み身じろぐと慌てて謝るその人に、子供ながらやさしいなあ、と不躾にも上から目線考えていた。
───施療院へ行きましょう。貴女の名前は?
せりょういん、という難しい言葉は分からなかった。けれどもぱらつく雪に冷えた手を、暖かく照らしてくれたこの人の言う事だ。
たぶん。
でも。
わたしはもうしんじゃうの、とか細く答えた。
喉に上手く息が通らず、殆ど声になっていないそれを聞きとって、天使様はにっこり笑った。
相変わらず見えるのは無表情の雲だが、お日様が顔を出したような明るさで天使様は笑った。
───貴女は死なないわ。そうだ、行く宛てが無ければ、わたしと一緒にお城に来ない?
お城、と聞いて多分その時わたしは顔に安堵か何かを浮かべたのだろう。
亡き母のお話が好きだったから。
切り紙で作られた、王子様に恋するお姫様と、それを守る騎士様の挿絵が凄く好きだったから。
こくり、と頷いた。
それから、リシェル、と自分の名前を添えて。
───いい名前。これから一緒ね
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