第2話 霊術士
「──星々が紡ぐ憤怒の瞬光よ」
静かに、斑雪の地を踏みしめる忌まわしき血と悪魔の軍勢に天誅が下される。
雪山ノ剣城、その城門前の広場には、押し寄せる悪鬼の段列。
そこを見つめてただ、己の信ずる神への崇拝を紡ぐ。
声の主、暗い華奢な人影は灰色の屋根を駆ける。
辛うじて女だとわかる程の疾走、彼女の手に銀色が光る。
白を汚せし黒の獣へ告ぐ。
「我が命力を以て魔の亡霊に蒼の猛炎と宣告を」
くすんだ瓦を蹴って人影はひた走る。
目には到底追えない、人離れした異質の残光。
頽れた白磁の噴水の欠片が点々と彼女の目に映る。
黒の蠢く広場の中空に音もなく飛び込んだ。
「渡さん」
見て取れるのは、ただ圧倒的なまでの暴力。
戦争における最も重要で、最も勁烈で、最も血を浴びる彼らの名は。
「
湧き出た蒼炎が地を舐める。
七つの輝きが全てを覆い、焼き尽くす。
辺りが熱波に包まれ、同時に青く染まる。
霊術士。
そう、霊術士という特異な存在であるメイヴスト・ヘルメタインは生身で、
何故なら星神に愛でられた存在だから。
何故なら偉大なる玉兎が選んだ存在だから。
メレス皇国の強き盾にして鋭い刃。
「こちらの戦況は?」
灰燼と化した敵兵の、朱の狂騒にメイヴストは着地する。
煙立ちのぼる肉塊に、むせ返るような腐臭。
焦げた赤色の何かを踏みつけて、メレス兵へ問うた。
「は、はい!皇子殿下と皇帝陛下はエゼル街の兵共を救出に向かわれました」
「御后様は」
「雪隠ノ離宮へ、姫様と御一緒に」
戦場の匂いが鼻につき、蒸発した血の霧が紗幕となって視界を塞ぐ。
唯一形の残った鎧や武具の類も、余熱で溶けつつある。
灼熱の爪痕残る蒼の地獄に整然と立つメイヴストは無慈悲でありながらも天使のように見えた。
浮かび靡くの黄金の髪と、静かに燃ゆるサファイアの眼光。
冷たく死体を見下ろすその表情は、正に。
天の御使い。神の使徒。
「メイヴァ団長はどちらへ?」
「でかい霊力が2つ城へ向かっている。生き残っている霊術士を西門へ向かわせろ。わたしは近いのを貰う」
若いメレス兵は顔を曇らせて敬礼し、駆けていくその背中を彼女は蒼の目で見送った。
夜の空気がしんとメイヴストを包んだ。
残雪の白が月明かりで光る。
手で印を組み、再び霊力の欠片を探る。
彼女は瞑目の中、見えぬ何かを見ようと集中する。
肺に、蒼炎の余波か生暖かい空気が満ちる。
タイルの上、彼女の雰囲気は祈りのそれで、星へ己を捧ぐその姿は何処か神々しかった。
胸の前で組んだ指を僅かに動かす。
「来たか」
きっと直上を睨み、印を崩す。
彼女に言わせてみれば知らない霊力の反応。敵とひて惹かれあったその邂逅と戦闘は必然で。
「
指を真上に向けて1つ呟く。
寸毫、空が焦げた。
付近は海のように染まり、蒼が埋め尽くす。
メイヴストから放たれた焔が広がり、巨大な青い太陽が出現する。
「いやぁー歓迎御苦労サン!」
彼女は死の爆炎の支配する向こう側から聞こえた声に忌々しく目を細め、右手に何処からか現れた槍を握った。
紺の宝玉が嵌められた銀の槍を、メイヴストは振るう。
「阿呆が」
濃密なブルーに穴が開く。
敵軍の同類、霊術士。
口の端を歪めてメイヴストは笑った。
「でもちょっと地味だな」
凄絶に中空の敵は笑った。
赤髪赤目、血色の男は剣を携えて夜空より襲う。
「このわたしに貴様程度を差し向けた事を悔いろ」
「死んでくれるなよ、
「
男より飛んだ空気を割る斬撃と、青白い火球がぶつかり合う。
澄んだ空気がかき消され、残るのは殺意と闘争。
彼女の切っ先と彼の白刃が重なり、姿が掻き消えた。
霊術士とは、神を崇め神より加護を頂く者であり、メレス教において言えば天に最も近い者の総称。
人ならざる速さで剣戟を繰り広げる2人の周りで塵と雪が散る。
赤と金が時々見える程度で、それ以外はただ、刃物の閃が見えるのみ。
連続に次ぐ連続の斬り合いによって、最早1つの音にも聞こえるその金属音が響く。
見るものを魅了する人外の激闘。
一際高い音が鳴って、2人の剣士は後退し勢いを殺し、体勢を直した。
「成程、そう言うだけの実力はある」
「っせぇ!」
相対した彼らの間で眼光がぶつかる。
しかしその様相は全くもって違った。
血赤の男はぜいぜいと荒い息を白くし、兵としての自覚を忘れ去った獣の目をしていた。鎧には細かな傷が無数につけられ、鮮血が滲む所も点々と浮かんでいる。
そして何より左手が無く、その先からは赤黒い液体が吹き出していた。
「タフだな。肩まで持っていくつもりだったが」
返答はない。
ぎらぎらと輝く野生の瞳が見つめる先には、何ら変わらぬメインヴスト・ヘルメタイン。
力の差は明らかだった。
勝てない。男は本能でそれを悟る。
「貴様に敬意を表し、一撃で焼く」
正直な所、彼に動く体力など残っていない。
霞がかかる視界の中、彼女は揺るがぬ賛美の詩を神に捧ぐ。
「───
彼が見た景色は、ひたすらに青かった。
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