作戦会議

第6話 日本の [ お墓 ] 事情は、あまり例がない

 ‐セントアポノス都市シティ


『死体は捨てる』という文化が生まれており、『遺骨に霊魂が宿る』という教えもなければ、『けがれは死と絶望を運ぶ』という教えもなかった。


 死ねば肉体は、ただの『廃棄物』。それは四半世紀前の話だった。いまは感染症や疫病の流行により、繁栄期の人口の半分に満たない。働き手不足の大飢饉だいききんの時代へと突入していた。


 餓死した屍をこぞって奪い合う。子供や婦女子の太股は、塩漬けにして保存食として市場に出回り、心臓や胆のうを『不老長寿薬』として、質の悪い麻薬とセット販売されていた。それゆえ、豪商へと成り上がる商家も多く、貧富の差は拡大していく。


 魔獣を狩る職人[ギルド] は衰退していき、魔獣は生存エリアを拡大していく。

田畑は荒廃し、人々の住居エリアは縮小の一途をたどっていった。


 かつて、肥沃ひよくな大地の恩恵を与えてくれていた‐黄昏の森‐は、森林都市となり、樹木が住居を侵食し、未知の病原菌が再び猛威を振るっていた。


 かつて、聖アポノス都市は、その都市との交易で栄えた都市まちだった。

[竜王] が守護してくれる都市としても有名であった。いまでは見る影もない。昼は人攫いが値踏みをし、夜は [小鬼ゴブリン] が跋扈ばっこする都市へと変わってしまった。


 そんな都市で、幅を利かせているのが『スミス家』と『ジョーンズ家』の2大商家であった。侯爵家や伯爵家と懇意になって、事件は“もみ消される”ようになっていった。また、[竜王] 亡き王家は、かつての威光を放つことはなく、民草の糾弾きゅうだんに悩まされる日々を送っていた―――。



 莉拝りはい心咲みさきとルトアは、検問所で足止めをくっていた。

[検問所] とは、交通の要所や国境などに設けられた施設で、国を守るためなどの理由で関所を通過する人や物を検査する場所のはず。なのに、誰も姿を現さなかった。



「おいおい、どうなってるんだよ!」 莉拝が、癇癪かんしゃくを起した。

「昨日も朝早くから並んだのに、誰も現れませんでしたね」 心咲が、追随ついずいした。


「……………………よし。変身して、ぶち破るか?」

「だ、ダメですよ!

 こういうのは、ピンチのときに変身するから盛り上がるんです!

 『コンテンツの美学』は、絶対です!」


 何やら、熱い議論を展開しはじめた。

未だに、変身後のバトルスーツを見たことがない莉拝は、変身したくて “うずうず”していた。反対に、コスチュームデザインを神様と話し合って決めた心咲は、観客に飢えていたのだ。


「おい、ふたりとも。前を見ろ」


 ルトアに促されるように、ふたりは検問所の柵の向こう側を見た。


 ガリガリにやせ細った男性が、よたよたと歩いてくる。

その後ろから、その姿を見て笑っている2人組の男がいた。


「ハハハ。それで逃げてるつもりか? だっせー!」

「おらおら。もっと早く走れよ。[ 遊びゲーム ]にならねぇだろが!」



 そういって、背後から男性を蹴り飛ばす。



 ―――いったい何が起きているのか? 3人には見当が付かないでいた。


 だが、どう見ても放ってはおけない状況だった。


 (これは、恩を高く売れるチャンスだ!) と、莉拝は心の中でほくそ笑んだ。



 ガ―――ン!! 心咲は、ショックを受けてしまった。



 同じ職場で働き、少なからず好意を持っていた相手が、この状況で、それを思ってしまうとは。クールな熱血漢で、[わんこ攻め] じゃなかったの?!(。ŏ﹏ŏ)


「おい! 今こそ、変身のときだ!」

「お断りします!」


「…………え? な、なんでぇえええ?!」

「ぷいっ」 と効果音を口にする心咲。その胸中は、とても複雑だった。


「おい! これを使え!」 ルトアは何もない空間から『聖剣エクスカリバー』を取り出すと、莉拝に向けて投げた。


「おぉ! ついに、強化された筋肉の披露目か!

 魔改造された『ステータス』。その真価を見せてやるぜ!」


 莉拝は受け取った『聖剣』を鞘から抜き、片手で持って、大きく構えた。


(きっと。このポーズは、カッコイイに違いない……)


「はぁああ! どりゃーーー!!」


 振り下ろした、つるぎは軽々と鋼鉄の柵を切り裂き、その真空波は2人組の男の片方を真っ二つにしてしまった。


 青ざめた心咲。


死体から崩れ出す内臓が、人殺した莉拝への恐怖が―――、

思考を停めた。


「…………いや、違うんだ。」 莉拝は混乱した。


(俺じゃない、俺じゃない……。

 そうだ! きっとVRだ。よく出来た、ゲームなんだよ…。

 だから、早く電源を落として)


 ある筈もないゴーグルを探し、必死に冷静になろうとしていた。


「おい、何をしている?」 ルトアが、怪訝けげんな顔で見つめる。


「オ、俺は、人を殺してしまった……。俺は、!?」

 そういうと、自らの右手を凝視した。


「貴様は、何に怯えている?

 人を殺したことか?

 それても、殺した仲間からの報復か?」


 問うルトアの言葉に、莉拝が耳を傾けた様子はなかった。ただ、


 莉拝は、あろうことか、聖剣を左手に持ち替え、


(悪いのは、俺じゃない! この右手なんだ!!)

―――自分の右手を 切り落としてしまった!!


「な、ッ?!」 


 ルトアは、この奇怪な行動に驚く。自傷行為ほど、馬鹿げた行為はない。



「う、ひょーーー! なんだなんだ、この兄ちゃん。ラリッてんのか?

 ……にして。良い肉してんな、おまえら」 男は、ゴクリと唾を呑みこむ。


 ガリガリの男性を追いかけていた2人組の男性の生き残りが、話しかけてきたのだ。はじめは、こちらに驚きもしていたが、どこか頭のネジが飛んだ感じがする。



  パンッ!


と、乾いた音が鳴る。ルトアが脇に隠しておいたホルダーから大型自動拳銃デザートイーグルを抜き取り、発泡した音だった。


 弾丸は眉間を打ち抜き、相手を行動不能にした。

倒れた男に、心咲は悲鳴をあげた。


「落ち着け、ふたりとも」


 そういうと、銃口をガリガリの男性に向けて、引き金を引いた。 パンッ!

ふたたび、銃声が鳴る。


 

 莉拝も心咲も、理解が追いついてこない。


 ここは、剣と魔法のファンタジー世界じゃなかったのか?

そう、彼らは失念していたのだ。魔法があれば、鉄を錬成しやすいことを。

 そして、移動手段や衣食住に科学技術を発展させるよりも、軍事力に大きく舵を切っている事を彼らは、まだ知らなかった。


「お前たちの云う、ヒーローは敵をまったく殺さなかったのか?

 戦闘員は? 幹部は? 心を入れ替えることを前提に、捕縛をするだけなのか?」


 莉拝は、そのひと言に心を大きく揺さぶられた。


「わ、私たちの国では、敵キャラさんたちは、自爆したり。その、爆発したり」

「では、そのヒーローたちは敵を殺した後で、法律で罰せられたことはあったか?」


「い、いえ――。………ありませんでした」

「だろうな。この国では、[薬中] と呼ばれる [麻薬常習犯] を殺しても、法で罰せられる事はない。そちらの国でいうところの [敵キャラ] と同じく、だ」


「「…………」」


 ふたりの思考は、未だにエラーを繰り返していた。


「この者たちは、[薬中] だ。現に、行動が異常だった。それに……」


 ルトアは、切り落とした莉拝の右手を拾う。


 ドーパミンによって、一時的に麻痺した感覚の右手の付け根を、まるで拡大したドット絵を見て繋ぎ合わせるかのように、綺麗に繋ぎ合わせる。

縫合ではなく、パソコンの中でデータを繋ぎ合わせるように治してしまった。

 

「お前たちの肉体は、不死性に近いモノを持っている。

 そんな肉を魔物にでも食われてしまったら、ゾンビが出来上がってしまうだろ」


 たしなめるように、とても優しい口調で言う。


「いまのは、いったい……何をしたんだ?」 困惑する莉拝。

「さっさと、街中に入るぞ。さぁ、立て」 激励を飛ばす、ルトア。


「今の銃声で『スミス家』か『ジョーンズ家』のどちらかが、ここへ向かってくるに違いないからな。全員、殺してしまっても良いが、それでは任務に支障が出る」


「分かった。とりあえず、ここから離れよう。花牟さん、行こう」

「でも、――この方々を火葬しなくても宜しいのでしょうか?」


 心咲は、当然のように [儒教の思想] を口に出した。


日本で『火葬』を推奨したのは明治政府であった。[キリスト教の思想] を好ましく思わない、または恐怖した政府が推し進めた [国家神道体制] そのモノである。

『富国強兵』を謳ったがゆえに、キリスト教の『先祖の偶像化を禁止した』教えは、国民の理念を揺るがしかねないモノだった。


「出来れば、目立った行動は避けてもらいたい。

 まずは、この国の現状を見て、今後の方針を決めてもらいたのだが?」


「…………、わかりました」


 莉拝と心咲は、いま一度、遺体に目を向けて合掌をした。




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